Eシステム
役所の仕事は早かった。2人で役所へ行ってから3日。朝刊と一緒にエルビアンの集合住宅のポストへ1通の書類が投函された。中身は勿論、キョウの身分証明及び国籍発行書。
今日はディッシュが通う工学学校へ錬精機の見学へ行く予定だったのでタイミングとしては最高だった。
「日本のIDパスとほとんど一緒だな」
紅茶を2人分淹れながら手のひらに収まるサイズのIDを天に掲げる。
新聞に視線を落としながら紅茶を一啜したエルビアンもどこか嬉しそうだ。
「そんなことより、支度は済んでるのかい?」
日本であれば外出に必要な物は鍵、財布、携帯電話。これは必須だ。しかし、今のキョウにはそのどれも持っていない。支度と言われても着替えだけだ。外出用の衣類も1着しかない。
「あんたの分の合鍵と財布は用意しておいた。無駄使いするんじゃないよ」
エルビアンは無造作に放り投げたのはこの家の鍵と2つ折りの財布だった。
「エルビアン、ありがとう」
何度、この言葉をこの3日間で言ったことだろう。早くこの恩を返せる自分にならなくては。
ディッシュが待つ工学学校へは徒歩だと1時間以上かかる為、エルビアンの事前のナビに従いバスを使った。初めての車窓や支払いにとまどいこそあったが、トラブルは無く、無事に到着することが出来た。
校門の前で携帯電話をいじるディッシュを見つけ、声をかける。今日は工学学校の制服らしく、斜めかけの鞄。長ズボンにブレザー姿だった。今日は長髪を一つに結んでいたことで、先日とまた違った印象を受けた。
「遅かったか?今日は宜しく」
「まだ30分以上余裕はある。会場は室内模擬演習場だから時間まで中のカフェで雑談でもしよう」
ディッシュに連れられ大小様々な建物を通り過ぎ、大きな看板の出ている平屋へ入る。
「ここのパフェは旨いぞ、オススメはチョコレートソースにナッツを追加だ」
「そんな余裕は無い、エルビアンに無駄使いするなと言われていてね」
「む、先生の言うことは守ったほうがいい。お前は水だけ飲め。無料だ」
お茶を飲むくらいの余裕はある。なんでコイツはエルビアンにそこまで心酔しているのか。
注文を済ませ席に着くと、程なくして大きすぎるパフェと水が運ばれてきた。嫌な顔一つしない店員にプロの気概を感じた。ガラス張りの店内から外の様子を眺める。日本の大学とさほど変わらない風景が広がっていた。
「ところで…」
パフェの長いスプーンでキョウを指す。
「お前と先生は一体どんな関係なんだ?」
「親子ってことになった」
「それは聞いてる。そこじゃない。そこじゃないが全く持って羨ましい。先生の講学を聞きたがる設計師はいくらだっているぞ」
「ゲストが珍しかったんじゃないか。それよりエルビアンって凄い人なんだな」
ディッシュはエルビアンの事を聞かれ我が事のように目を輝かせた。
「凄いなんてもんじゃない。かつては近代錬精の母とまで呼ばれた方だ。先生の書いた設計図を見るだけで俺は丼5杯はいけるね」
設計図がおかずになる話は聞いたことが無いが、とにかくエルビアンの技術は相当な物らしい。あと、5杯は流石にやり過ぎだ。
「技術顧問をやってたってのは聞いていたけどそこまでとはね」
「ああ、この国に安置されている唯一の魔錬精機だって先生がメンテナンスを一任されていた。俺達学生は見学だってさせちゃもらえない」
「なんで今はやってないんだ?頭脳職なんだから引退は本人次第だろうし、給料だって良さそうだ」
「知らん。先生は魔錬精機について話したがらない。弟子は師匠の話は聞いても聞き出すのはご法度だ」
「弟子だったのか」
「自称だけどな。いつかは先生と同じ現場で働くのが俺の目標だ」
パフェを食べる手を止めずにディッシュは言った。
パフェと水の入った机が小刻みに振動した。キョウの中で危険予測が最大警報を鳴らした。
「ディッシュ伏せろ!!」
声と同時に遠い場所からの爆発音。ガラス張りの窓が粉砕、雹のように降り注ぐ。幸い窓際の席に客はおらず、店員と客達の悲鳴が店内を包み込んだ。
「ディッシュ、聞こえるか!?」
「あぁ、一体、何が起きてるんだ」
「こっちが聞きたい。ここは絶対に危険だ、外に出るぞ。走れるな?」
2人は起き上がり、全力で走り出した。震源地から離れなくてはならない。窓は全て吹き飛んでいたので出入口なんて関係なかった。
「キョウ!キョウ!ストップ!吐く!吐く!」
「吐いていい!それよりも足を止めるな」
「マジ!?引かない?」
「いいから走れ!エルビアンには黙っておいてやるから!」
キョウは後ろで吐しゃ物の流れる音を聞いた。5分ほど全力疾走した後、学区内とはいえ開けた道路から脇道へ入り振り返る。先ほどまでは綺麗に区画整理されていた地域だった物は黒煙と炎、硝煙の匂いに包まれた。
「うー胃がひっくり返ったみたいだ」
「この建物に入ろう。水道が生きてるうちに口を濯げ」
ディッシュが戻るのを確認すると二人は黒煙の中心部に目を向ける。
「地震ってわけじゃないよな?」
「違う。地震で硝煙の匂いなんてするわけがない。日本は地震大国なんだ」
ディッシュが鞄から双眼鏡を取り出す。
「錬精機が居る、ここから見えるのは4機だ。それに《餓狼団》のシンボルマーク!!」
「何者だ?そんな物騒な名前の連中聞いたことも無い」
「隣の剣の国の特攻部隊。斥候、偵察、先遣を専門にした百戦錬磨のテロ鎮圧部隊だ!」
「ヤバいってことだけは分かった。ディッシュ、降りだ。徹底的にベタ降りするぞ」
「何だそれ?」
「麻雀くらい知っておけ」
2人は歩く。歩きながら次の1手を探る。
「まずは街の反対側にあるエルビアンの元へ帰ろう。彼女の無事を確認したい」
「異議なし」
「その為には徒歩だと時間がかかり過ぎる。行きに使ったバスは駄目だろう。他に安全かつ速度の出る交通機関は?」
「バスが駄目なら道路は駄目だろ?そうなると空路だろうけど、この街には空港なんて無い」
「錬精機はどうだ?元々作業用なんだから荒廃地でも速度は徒歩より早いだろ?」
「ここらで動かせる錬精機なんて…あるわ。1体だけ」
「ディッシュ、最高だ。何処にある?」
「期待はするなよ、こっちだ」
ディッシュが案内したのは先程のカフェへ戻るルートだった。学区内の外れにある誰も使っていない整備室だった。
「良かった、鍵は掛かってない」
ディッシュは観音開きの扉を電子キーで開けると先へ進む。鉄床を歩く甲高い音だけが響き渡る。
「ここは場所が不便でね、教師も生徒も使わない。そこに俺が目をつけた。オークションで見つけた格安のフレーム、中古のエンジン、武器は一つも搭載しちゃいないが動かすだけなら問題ないはずだ」
薄暗い建物に非常灯の赤い明かりが灯る。目の前には全長7メートル弱。巨大な漆黒のマントを被る人型錬精機がそこには有った。
「錬精機、フレームベースの蝙蝠からバッド=バットって名前を付けた」
「お前…天才か?」
「先生の足元にも及ばない、それにコイツはまだ精霊契約を交わしていない、セットアップは30秒で出来る。待ってな」
ディッシュは見た目とは裏腹に素早い身のこなしでマントの隙間から胸部にある操縦室に乗り込む。
キョウもディッシュに続き、操縦室へ乗り込んだ。
「起動システムオールクリア、来た、Eシステム。俺はドンパチに関してはサッパリだ。キョウ、麻雀ってのは戦争なんだろ?お前が選べよ」
「麻雀が戦争か、言い得手妙だ。今はエルビアンの元に誰にも見つからずに、迅速に戻るのが目的だ、コイツで行こう」
キョウが指さしたのは黒煙滾る荒廃した大地だった。
「いいか、精霊詠唱はさっき教えた通り一回のみだ。そこで精霊が応えなければ話は終わり。システムを組み直す時間は無い。俺はまたゲロ吐きながら全力疾走だ。マジで頼むぞ」
「やってみる。あと、お前はパフェ止めろ」
キョウはEシステムと表示された画面に向かって語り掛ける。
「キョウ・エルビアン・ナナオの名に於いて汝との対話を求める」
「風の精霊、低位、砂塵、解放」
ここへ来る道中、ディッシュによるレクチャー通りの言葉を重ねた。精霊には嘘も見栄も通用しない。あくまで対等な立場での対話。これが全てだと教わった。
「どうだ…?」
Eシステム…クリア。ドライバー登録…キョウ・エルビアン・ナナオ。クリア。
「来たっ!」
キョウとディッシュは抱き合った。この瞬間こそ後に書物や伝記で数多く語られる。錬金学の最高傑作、キョウ・エルビアン・ナナオと魔術師、ディッシュ・アルバロスの初めての共同作業であった。
「祈りの国編」と言うべき本章は法王君主VS王制国家VSレジスタンスという構図で進める予定でしたが、初戦闘ということもあり説明すべきことが多すぎる為に今回のような、シンプルな形に落ち着きました。




