穏やかなる日々の階段を
役所からの帰り道、2人は山ほどの書類とパンフレット抱えて夕飯前の賑わう商店街を抜ける。
「今夜も簡単なものにしよう。悪いが歓迎会はまだまだ先になりそうだ」
エルビアンの提案にキョウは同意した。
役所でキョウは別室へ連れられ、義眼の有無や感染症、既往歴のメディカルチェック。言語能力や、前職、果てには利き腕まで調べられた。体中を調べられ正直、ヘトヘトだ。
一方、エルビアンも膨大な書類に役員と格闘していた。なんとか「不備なし」と役員に認められるまで、たっぷりと3時間。一生分のサインを書いたよとはエルビアンの談だ。
各住宅から夕飯の匂いが漂う中、2人は集合住宅へ着いた。
荷物を置き、それぞれ部屋着に着替え、2人はパンに青野菜と肉の薄切りを挟んだものをちぎって口の中へ放り込んだ。朝にエルビアンが用意してくれたものと具は違うが旨かった。食後のお茶を出しながらエルビアンは尋ねる。
「キョウ、熱心に職業斡旋所のパンレットを持って帰ってきたが、気になる仕事はあるのかい」
パンフレットを見比べながら出されたお茶を一口飲む。紅茶に似た味がした。
「ゲストの僕が出来る仕事は限られていそうだ。役員の話だと僕は義務教育を履修したばかりの15歳らしい」
「日本にいた頃のスキルは活かせたりしないのかい?」
「逆に聞きたいが、この国でテーブルゲームが職業として成り立っていると?」
「聞いた私が馬鹿だった」
「と、なると肉体資本の仕事狙いかなぁ」
「焦るもんでもないさ、ゆっくり探しな」
「そうもいかない、日本には働かざる者食うべからずって言葉があるんだ」
「この国には食うに困る者があれば干し肉を差し出せって言葉もあるよ」
キョウは肩をすくめ降参だ、と意思表示をした。こんな他愛もない会話を楽しめるのは全てエルビアンのお陰だ。
ゆっくりと流れる時間を楽しむ2人。そんな時間を壊したのは玄関をノックする音だった。
「僕が出ようか?」
「相手は想像がつく。座ってな」
エルビアンは重い腰を上げ玄関を開ける。キョウの座る角度から相手の姿は確認出来ないが、声だけはハッキリと聞こえた。
「エルビアン先生!先日、私の持ってきたレポートは読んで頂けましたか!?」
「相変わらず暑苦しい男だね、近所から苦情が来ちまう。とりあえず入んなよ」
「ハッ!!失礼します!」
「だから声がいちいちでかいんだよ」
「恐縮であります!」
「褒めちゃいないよ」
エルビアンに連れられた青年と目が合う。キョウが15歳の見た目に対して、少しだけ大人びた、17歳前後の青年。見た目こそ長髪、小太りの眼鏡をかけた、この街のどこにでもいる青年だった。
「先生、このゲストは?」
「あぁ、今日から家族になった。名前はキョウ・エルビアン・ナナオだ」
ミドルネームが勝手に追加されていた。何も言うまい。
「初めまして。キョウと言います。えぇと」
「ディッシュ・アルバロス。ディッシュでいい」
「よろしくディッシュ」
簡単な挨拶を交わし、3人はテーブルを囲む。
「こいつはね、錬精機の基礎設計師の卵さ、酔狂者で埃被った大昔の私の知識と技術を知りたいんだとよ」
新しく入れた紅茶をディッシュに差し出しながら言った。
「いただき熱ぅ!」
「頭はいいがうつけだ」
山のように重なった資料やパンフレットにディッシュが以前、持参したであろうレポートが加わる。
「ディッシュや、戦争は終わった。あんたは工学学校で学んでいるんだろう、それで充分じゃないか」
「そういうわけにはいきません。他国では次々と新型の錬精機がロールアウト、試験配備、評価改良されています」
「あんたのレポート読んだけどね、魔錬精機を目指す?発想としちゃ悪くない。悪くないがそいつは人の手に余るってもんだ」
錬精機はエルビアンから聞いたが魔錬精機という単語は初耳だった。キョウは口を挟む。
「魔錬精機?錬精機とは違うのか?」
「一言で言えば錬精機を超えたオンリーワンモデル群。そいつが魔錬精機さ。過去の戦争の話はしたろ?設計は同じ。だが、契約精霊と操縦者の力量でパフォーマンスは大きく変わる」
「契約精霊が同じ《雨系統》だとしよう。霧雨と台風、どちらの精霊と契約完了できたか、どちらが出力が大きいか想像に難くないんじゃないか」
エルビアンとディッシュのレクチャーは恐ろしく分かりやすかった。
「そして操縦者の錬金学。イメージと言い換えてもいい。相手小隊の弱点を素早く見つけ、正確、強烈に突く」
「前戦争で莫大な成果を挙げた偶然にも高位の精霊と契約が出来た7体。操縦者は亡くなった者も多い。ただ、戦後報酬でそれぞれの国へ分配、引き渡しが行われた」
「この国には?」
「精霊月と契約に成功した魔錬精機ル・セレーネが1体。首都、大霊峰に安置されている。操縦者は暫定だがシャムル様となっている」
「栓なき話さ、今のジルチは小競り合いすらあれ、大規模な戦争を起こせる人も金も潤沢な国なんてあるもんか」
話は終わりだ、と言わんばかりにエルビアンはテーブルに重なる書類を片付け始めた。
「ところで先生、私の基礎設計した錬精機の稼働テスト、見に来て頂けますか?」
「ディッシュ、何度も断っているだろう。工学学生のままごとに付き合う暇は無いよ」
「先生の現場の生の声を頂きたいのです!」
「操縦者も大方、元錬精機乗りの天下り。精霊契約無しの鉄クズにどんなコメントすりゃいいんだい」
そうだ、とエルビアンは手を叩く。
「キョウ、あんた行っておいでよ、錬精機を見るのは初めてだろう。後学になるかは分からんが、ジルチに生きる以上、見ておいて損はないと思うよ」
「確かに興味が無いと言えば嘘になる。就職活動の一環としてはいいかもしれない」
「決まりだね、ディッシュ、キョウを頼むよ」
「先生…」
それぞれの思案はあったが、話はまとまった。ディッシュは肩を落としエルビアン家を後にした。
登場人物は等しく私の血を分けているつもりですが、初登場のディッシュ君に関してはギャグパートを担当してもらいたい都合上、なかなかの異端児となりました。これからの彼がどう考え、どんな価値観をキョウ君にぶつけるか、私自身も楽しみにしています。




