我が家
長過ぎる夜が明けた。野鳥や家畜の鳴き声、教会の鐘の音。様々な手法で街の住人達へ新しい1日の始まりを告げる。
「どうせ行く当てなんざないんだろう?狭い家だが赤目一人くらいなら入れるよ」
渡りに船。エルビアンの提案にキョウは感謝することしか出来ない。彼女のそれは無償の慈愛だ。
街の入り口へ向かうと昨晩とは違い、門番達の姿はなかった。エルビアンに先導され、二人は歩く。すれ違う人々の中でキョウの赤目に驚き振り返る人たちは多かった。キョウは最後の夜、電車の中でチラチラとRMリーガー七尾京プロを覗き見していた若者達を思い出した。
「エルビアン、門番達は?」
「あぁ、奴等は教会の懺悔室で銭勘定でもしてるだろうさ。礼拝堂じゃあ祈るも許すも金次第。まったく度し難い連中共さ」
「この国は歪んだ信仰の力が横行しているようだね」
「今じゃこんな国だけどね、戦争前はジルチで一番の清い国だった。武器商人の真似事みたいに錬精機開発事業や自己中心的な錬金学に頼らず、誰もがシャルムと精霊達を信じ、崇め、祈った。国民は本当によく働いて、よく食べて。何よりよく笑った。そんな勤勉な国民に祈りの対象は応えた。実にいいサイクルじゃないか。私はそんなこの国が大好きだったよ」
横目に見た昔を懐かしむエルビアンは目を細め少女のように笑った。エルビアンは常に笑顔を絶やさないが、今までみた彼女の表情で最もチャーミングな笑顔だった。同時にこの祈りの国がどうして崩壊してしまったのか。エルビアンのあどけない笑顔を見て、キョウは疑問を胸にそっと閉まった。
「着いたよ、狭いし汚いが、獣に襲われることも人間に無心されることもない」
街の中心部から離れた一角。レンガ造りの集合住宅。4階建てで正面から見える窓の数は横に5つ。
「年寄に階段はキツくてね、右端の1階さ」
エルビアンは入り口のドアノブの鍵を開け、玄関へ進むと、昨晩焚火へ迎え入れてくれた時と同じ動作で手招きした。
「お邪魔します」
「キョウ、客を呼んだ覚えはないよ、わかるね?」
「ただいま…?」
「おかえり。疲れただろう。まずは風呂入ってひと眠りしな。起きたら役所へ二人で行くよ。なんせあんたは国籍も戸籍も無いんだ」
日本で悲しすぎる夜を味わい、ジルチで全てが初体験の夜を超えたキョウは心の安らぎを得た。眠気も感じ、空腹も覚えた。極限の緊張感の中ではそれどころでは無かった。隠す気も無く腹の虫が大きく鳴く。
「やれやれ、朝ご飯が先かね」
エルビアンはキッチンへ向かう。キョウは頭を掻き、俯くと恥ずかしそうに笑った。
会社でお茶会(先輩のありがたい話にそうですねと繰り返す作業)があった為、文字数も少なく投稿時間も2時間遅れ。
ですが、初めてキョウ君が笑ってくれて、私としては非常に喜ばしいエピソードになりました。




