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魔錬精機  作者: 渡瀬 理央
祈りの国編

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魔錬精機

 時刻は深夜。今夜は三日月。ジルチからでも月は見えるんだな、月の満ち欠けが存在するのか、三日月で固定されているのかは分からない。キョウは赤い目を細める。街の塀の一歩外。即興の集団キャンプは宴もたけなわ、イビキを搔いて幸せそうに眠るブルーカラー風の男。失恋が原因ですすり泣く女性。アコースティックギターのような楽器を弾きながらハミングを繰り返す若者。過ごし方は様々だった。

 老婆と少年。この2人組の奇妙な組み合わせが生んだミスマッチ感。これのお陰かはわからないが、キョウとエルビアンの話に参加する者は居なかった。仮に居たとしても面白い話ではない。ジルチに生きる者にとっては義務教育以前の知識なのだから。エルビアンからキョウへ1つ質問を投げかける。

 「キョウ、あんたの世界において錬金学と精霊学ってどの程度の知名度なんだい?」

 キョウは間髪入れずに答える。

 「まず、錬金学?精霊学?そんな言葉、僕の周りで学んだ人間を知らない。居たとしても変わり者ってレッテルは請け合いだ」

 錬金術なら漫画やゲームの世界ではよく聞く、路傍の石コロを金に変えるだかでお馴染みだが、普通の生活をしている人間が実際に触れることは稀であろう。精霊学に至ってはそもそもそんな学問があることをキョウは初めて知った。

 「実に赤目らしい反応だねぇ。結構結構」

 エルビアンはキョウを決して馬鹿にするでも無知を侮蔑するでもなく、淡々と語る。キョウはそんなエルビアンの態度に好感を持った。

 「私の婆さんのそのまた婆さんがまだガキの時分の頃さ、地球では産業革命が起きてイギリスって国を皮切りに機械化が爆発的に広まったらしいね。その頃ジルチでは様々な学問を掛け合わせる学問の融合、統合が大流行してね。大抵は失敗した。そりゃあそうさ、そもそも違うジャンル同士のカクテルだ」

 キョウはサラブレッドを思い出す。ただ速く、強い馬を作り出す。そのために徹底的に改良された血統。駄馬同士を掛け合わせればやはり駄馬で終わるパターンが多い。ただ、優秀な血統を持つ同士の配合からも駄馬が産駒となる確率も低くない。まれに駄馬同士でも活躍するスターホースが誕生することもある。

 「成功例は確かにあった。代表的なものは物理学と錬金学、精霊学の融合。一見すると相反する奇妙なマリアージュはお互いの弱点を補い合った」

 具体的にはこうさ。エルビアンは焚火の中に薪と小石を放る。

 「さて、キョウや。私が今、薪と小石を焚火の中に入れた。3つの学問から。予想でいい。どんな結論に至る?」

 キョウはそれぞれの分野に精通どころか門外漢だ。キョウの専門分野は職業柄、統計学と心理学。思いついたことを答える。エルビアンがどんな答えを期待しているかは分からいが、呆れや中傷はしないだろう。キョウはエルビアンに対して人間的信頼を既に意識していた。

 「まず、物理学から。自然の法則性に則るのならば薪は焚火の熱によって燃焼する、小石は燃えるには焚火の火力では融解することはないと思う」

 「続けて」

 エルビアンはキョウへ促す。

 「次に錬金学。薪を剣に小石を黄金に。僕のイメージでの錬金学は無価値から価値ある物へ。そんなところだ」

 「続けて」

 「最後に精霊学。これは聞いたことも無い。完全にフィクションの世界の受け売りになる。例えば火の精霊が存在する仮定で進めると…何もしない。何故なら既に焚火の炎は充分な安心感を僕らに与えてくれている」

 「ふむ…」

 エルビアンは正解とも不正解とも言わず、キョウの回答を咀嚼した。何度か頷き、何度か月を見上げるとキョウの赤目をじっと見つめた。相変わらず笑顔は崩さない、しかし、その瞳は真剣そのものだった。

 「そう、キョウの答えは一つの正解だ。何か力が働けば大自然の摂理がまず働く。そして学者の想い、願いを通し、精霊は人々の願いを精霊自身で判断し回答に至る」

 エルビアンの演説は続く。

 「物理は摂理。錬金は想像。精霊は超越」

 この3つが化学反応を起こすとどうなるのか。キョウは全く。答えを持ち合わせなかった。

 「結論を話す前に、キョウ。ジルチの獣はもう見たかい?」

 街の門番が言っていたことを思い出した。夜になると獣がうろつくぞ、と。

 「いや、見たことはない。狂暴な獣が夜中は跋扈(ばっこ)するらしいね」

 「ジルチの獣たちはそりゃおっかない。地球の獣は知らんがね。ここでは3メートルを超える大型の甲殻を持つ獣たちが生態系暴力の頂点だ。理由は単純明快で鍛冶職人の鍛えた刃も、肉食獣の牙も固い甲殻を貫けないのさ」

 何故、学問の話から生態系の話へ飛んだのか。エルビアンは賢い女性だ。無関係な訳がない。

 「人間は獣と違い、罠や毒、相手の弱点を徹底的に突く。生き抜く為にはどんな搦め手も知恵も使う」

 「そこで手に入れた甲殻類の頑強な骨格をベースに先程の3つの学問を掛け合わせる」

 「動力系統は物理だ。地球の作業用ロボットと同じ理屈。フレームは3メートル弱の軽量かつ恐ろしく頑丈な」

 「次に錬金学が人々の願いを乗せる。もっと俊敏に、もっと正確に、もっと強烈に」

 「最後に精霊達が判断する。この操縦者の想いに答えるべきなのか」

 「そうして出来上がったのが最初の錬精機。地球の産業革命と同じさ。爆発的に錬精機は広がりジルチ全土の生産力は上がった」

 キョウは考える。生産力を上げる機械化だけならば錬金学と精霊学は要らないのでは。

 「地球でも生産力が上がった後は何が起きた?大量に作った製品を売りさばく客が、土地が必要だ。その為に起こっただろう?奪い合い。戦争だよ」

 とても腑に落ちる。どちらの世界でも、違うルートを辿っても、人々は争った。

 「そこで残りの2つが加わる。より強い武器を願い、そして一刻も早い終結を。錬金学も精霊学も操縦者依存の不安定なものだ。それでも設計図通りにしか動かせない錬精機よりも遥かに戦果を挙げた」

 「これがジルチの錬精機と戦争の歴史だ、地球でも戦争は常に何処かで行われている、ここも一緒さ。各国の小競り合い程度なら明日は晴れ、くらいなもんさ。誰も驚きゃしない」

 エルビアンがため息を吐く。空を見上げると、朝靄と共に日の出が上がっていた。

バンドがバンド名と同じタイトルのアルバムや曲を発表するセルフタイトルが好きなので自分でもやってみました。

10話までにはタイトル回収という小さな目標が達成出来て嬉しいです。

これからも体力の続く限り(ほぼ)毎日投稿は続けていこうと思っています。

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