第八話:作戦会議
翌日、九月二十五日。
大道学園の校門から統京大学の駐車場まで、師匠の車で三十分弱。十五時三十分過ぎには、私達は、大学の図書館にある第二グループワーク室に到着した。例によって、私、優香、静流さん、師匠にミカエラが、顔を合わせていた。前回と違うのは、このメンバーにさくらさんが加わる予定だということだ。さくらさんは、勤務先であるこの大学の研究室から、第二グループワーク室に直接来てくれる約束になっていた。やがて、部屋の扉が控えめにノックされた。
「どうぞー。さくらさん、いらっしゃい」
「これで全員集合だね」
ミカエラが、嬉しそうに声を上げた。
「こんにちは。昨日、仲間に入れてもらいました。秋葉さくらです」
「赤川創太です。ここの情報学部の四年生です」
「対馬静流です。優香の兄で、大道学園の高等部二年生です」
二人は、簡単な挨拶を返した。そこで、まず、私と優香は、静流さんと師匠に向けて、さくらさんを仲間に入れた経緯を説明した。
「まさか、オコジョに詳しいお姉さんに再会できるとは思っていなかったな。しかも、仲間にしちゃうなんて、真保ちゃんも優香ちゃんもお手柄だよ」
「オコジョに詳しい?」
「最初に会った時、オコジョは今なら冬毛のはずだとか、飼育しちゃダメなはずとか、色々教えてもらいましたよね。それで、メンバーではすっかり『オコジョに詳しいお姉さん』で定着しちゃってたんです」
「そういうことね。ふふふ」
さくらさんは、小さく笑った。
「実は、私もオコジョをペットにしたいと思って、色々調べたことがあったの。飼育できないって知ってがっかりしたのよ。だからあの時、肩にオコジョを乗せた真保さんに、思わず話しかけてしまったのね」
さくらさんは、納得の理由を口にした。
「あの時は、【認識阻害】魔法の前でしたし、飼育できないとも知らずに連れ歩いてしまっていました。無知って怖いですよね」
私の言葉に、さくらさんは頷いた。
「それでも、それが、こんな御縁になるのだから。不思議なものね」
さくらさんの言葉に、私も優香も頷いた。まさか、あの時偶然すれ違っただけの人と、二つの世界を守るための仲間になるだなんて。
「改めて、これから、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
さくらさんと優香は頭を下げ合い、なんだかおかしくなって笑ってしまった。さくらさんは、物静かで和やかな雰囲気が不思議と似合う、そんな人のようだった。
「さっきの話だけど。俺は、本の魔物が気になるな」
こちらの話題が一段落すると、静流さんがそう口を開いた。
「魔法とかには慣れてきたけど、学園の図書室で魔物に遭遇するっていうのが、どうも引っかかる」
静流さんは、いつもの冷静な視点でそう続けた。
「でも、アンデザイト達の企みの一つ、って言うのもちょっと違う気がしない?」
優香が、静流さんに聞き返した。
「確かに、二つの世界の切り離しには関係なさそうに見える。とすると、全然別の何かなのか……」
静流さんは、なおも気にかかっていそうだ。
「静流さんは、剣道部なのよね? 武闘派なだけじゃなくて、みんなの参謀役なのね。私も、本の魔物については考えてみたんだけど」
そんな静流さんに、さくらさんが口を開いた。
「例の稀少本が、魔法世界について書かれているものだってことが関係している気がするわ。手に取った人が、魔物に対処できるかどうか、試しているとか」
「それも一理ありますね。でも、誰が、何のために?」
静流さんは、さくらさんの案に、さらに疑問を返した。
「うーん、そうねぇ……」
さくらさんは、すぐには答えを返せず、首を傾げた。
「それは、本の著者が、本を読む資格があるかを見定めるため、じゃないですか?」
私は、さくらさんの考えを補足する案を口にした。
「つまり、著者は魔法使い?」
ん、そうか。それはおかしい。
「ごめんなさい、矛盾しますね。本が書かれたのは二つの世界が衝突する前の時代です。機械世界の人間である著者が、魔法使いであるとは考えられません。となると、本が書かれた後、二つの世界が衝突して以降に、魔法使いが図書室に来て魔物を召喚した、と考えるべきでしょうね」
「となると、何のために? という疑問に戻るな」
私の言葉を受けて、師匠が先程の疑問を繰り返した。
「うん。この話題は保留にしよう。おそらく、今、オレ達が持っている情報だけでは結論が出ないと思う。それより、明日に向けた準備をした方が良い」
師匠が、この話題の保留を提案した。
「創太さんが、チームのまとめ役なのね。あ、でも、ちょっと待ってくれる? 明日の話をする前に、私から一つ良いかしら?」
「もちろん。なんですか?」
そう前置きしたさくらさんに、師匠が先を促した。
「大人として一言、言っておかないとね」
そう言って、さくらさんは背筋を伸ばした。
「大災害を止めるような、二つの世界にかかわる大問題を、こども達だけでなんとかしようだなんて、無謀です。まずは然るべき機関や、大人達に相談して、皆で解決すべき問題です。何か困ったことがあれば、誰かに相談して、誰かに頼って、皆で解決策を探すのが大切なんです。それを覚えておいて下さい」
凛と良く通る声で、さくらさんはそう言った。それは、自分たちで何とかするという考えに染まっていた、私達に対する叱責だった。でも、今回の場合は――。口を開こうとした私に、さくらさんは頷いてくれた。
「でも、【認識阻害】魔法のことも聞いています。ミカエラさんを認識できないだけでなく、二つの世界に関わる話も認識できなくなるのよね? その事情も、ちゃんと分かっています」
そう言って、さくらさんは頭を下げた。
「私達が、当然だと思い込んでいる、普通の生活を守るために、頑張ってくれてありがとう。これからは、私も、およばずながら協力するわね。よろしくお願いします」
思いがけない感謝の言葉に、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。誰にも知られずに、誰にも感謝されずに、二つの世界を守るという目的に向かって進むものだと思っていたから。お礼を言われるなんて、思ってもいなかった。見ると、優香も目をうるませて口元に手を当てていた。
「今こうしていられるのも、協力してくれているみんなのおかげだよ。真保、優香、静流に創太も、本当にありがとう。それから、さくらも、改めてよろしくお願いします」
ミカエラが、改めて私達全員に頭を下げた。
「よし。では、作戦会議をはじめよう。――と、その前に。優香ちゃん、マギカプリ用のスマホ出してくれるか? バトル特化バージョンに、アップデートするから」
「はい、お願いします。この連休中は、ずっと開発作業だったんですよね?」
「その通り。まあ、真保ちゃんが頑張ってくれたから、オレは大変じゃなかったぜ」
師匠がそんな風に言ってくれた。嬉しいけど、師匠あっての短期集中開発だったから、ちょっとムズムズしてしまう。師匠は、優香から受け取ったスマホとノートパソコンをUSBケーブルでつなぐと、アップデート用のプログラムを実行した。
「少し待ち時間があるから、話を進めよう。――第二の攻防について、条件を確認しよう。優香ちゃん、動画再生できる?」
「もちろんです!」
師匠の言葉に、優香が元気良く応えて、自分のスマホを操作した。皆で小さな画面を覗き込む。そこには、計算と検索の精霊がアップで写っていた。
「これが例の精霊ね? ええと――」
「計算と検索の精霊ですね」
私が、さくらさんの疑問に答えた。
画面の中で、二人の小人が語り始めた。
『第二の攻防は、機械世界の日本の標準時間で、次の九月二十六日、十三時から十三時十五分の間で行われる』
精霊の声が、明瞭に再生された。優香はそこで、再生を一時停止した。
「その時の映像や音を記録して、再生できるのね。途中で止めたり、巻き戻したり。まるで魔法みたいね」
さくらさんが、私の袖をつんつんと引っ張って、小声でそう言ってきた。少しズレたところに感心しているようだ。
「普通のスマホでも、標準的にできる機能ですよ」
そう言えば、スマホも含めて機械全般が苦手だって言ってたな。学生時代とか、就職活動とか、仕事とか、どうやって切り抜けてきたのか、ちょっと気になった。
「第二の攻防は明日、九月二十六日。十三時から十五分の間に行われる、ここまでは問題ないな?」
師匠が、そう確認した。私達はそれに頷いた。
『機械世界の日本、統京都、分京区の耀石美術館の東西南北に設置されたモニュメントにはめられた、分離の力を持つクリスタルを対象とする』
次に優香が再生した内容は、第二の攻防の、対象についてだった。
「静流ちゃん、スマホ出せる? 地図アプリで、耀石美術館の周りを拡大して見せて欲しいんだけど」
「了解です。えーと、分京区の、耀石美術館。ここですね。で、歩行者目線モードにして――」
「わ、すごい。地図なのに、本当に歩いて景色を見ているみたい。便利なのねー」
さくらさんが、またしてもちょっとズレたところで感心していた。
「美術館の東側のモニュメントは、これですね」
画面に写ったそのモニュメントは、人の形を抽象化したような、縦に長いつるんとした銀色の本体と、腕を伸ばしたようにも見える枝の中にクリスタル――おそらくガラスでできた多面体がはめ込まれていた。
「これが、分離の力を持つクリスタル? 他も同じ感じなの?」
優香の問いに、静流さんがスマホを操作して、北、西、南と順にそれぞれのモニュメントを見せてくれた。モニュメントは同じ作りのものだが、それぞれポーズが違って、クリスタルが頭の部分にはめられていたり、胴体の中心にあったり、足で抱え込んだりしているようだった。
「なるほどなるほど。大体分かった」
師匠が、いつものようにそう言った。その言葉に促されて、優香が続きを再生した。
『これを一つでも破壊すれば、二つの世界の分離は防げる。全く破壊できなければ、分離に向けてさらに一歩進む』
「ねえ、このクリスタル、あらかじめ壊しておく、ってのはだめなの?」
「決められた時間に破壊するっていう事が、魔法的に重要な意味があるんだよ。あらかじめ壊しておいても、効果はないはずだよ」
優香の素朴な疑問に、ミカエラはそう応えた。
「そっか。そうだよね。――精霊達の言葉は、以上だよ」
優香が、動画の終わりを宣言した。
「一つでも破壊できれば勝ち、なんだよね。前回の要石よりは簡単に壊せそう」
ミカエラの言う通り、バトル特化にアップデートしたマギカプリの魔法でも、静流さんの木刀でも、直撃させれば簡単に壊れてしまいそうだった。
「今回も制限時間は有限か。今度はこちらから攻める必要があるから、第一の攻防の逆で、時間稼ぎをされないようにする必要があるな」
師匠が、そう言った。確かに、前回の作戦の第一段階は時間稼ぎだったけど、今回はその逆になる訳だ。
「問答無用、先手必勝ですね」
静流さんが、師匠の言葉に続いた。
「ミカちゃんのオコジョ姿を直す方法は、まだ分からないんだよね?」
「うん。まだみたい」
「ミカエラの魔法は、まだ当てにできないと考えた方が良いと思う」
いつ手に入るか分からない戦力を、作戦に組み込む訳にはいかなかった。
「そう言えば、静流ちゃん。マギカプリが使えるスマホ、準備できたぜ。安全装置解除済み、バトル特化バージョンにアップデート済みだ」
「そう言えばと言えば、手首できゅっと固定できるストラップも用意できてるよー」
師匠が、静流さんにスマホを渡した。それを静流さんから奪い取って、優香がストラップをスマホに取り付けた。
「基本的には、静流ちゃんは、木刀を使えば良いけど。念のため、優香ちゃんに聞いて、音声の設定をしておいてくれ。魔法が必要になる場面もあるかもしれないからな」
「はい、了解です」
「このわたしが教えてあげよう」
先輩風を吹かせたのか、優香が偉そうに胸を張った。
「お。優香ちゃんのスマホのアプデートが終わったみたいだ。はい」
ノートパソコンから切り離して、師匠が、優香にスマホを返した。優香は、早速それにストラップを取り付けた。
「はい、真保ちゃんもストラップ。創太さんもどうぞ」
「ありがと」
優香から受け取ったストラップを、私も、スマホに用意されている穴に通した。
「それで、さくらさんは、明日のところは――」
師匠が、申し訳なさそうに、さくらさんに声を掛ける。スマホが用意できないことを謝るのだろう。しかし、彼女の方が申し訳なさそうな表情をした。
「実は、明日はどうしても外せない用事があって、参加はできないの。ごめんなさい」
そう言って、さくらさんは頭を下げた。
「いえ、問題ないですよ。次までにマギカプリが使えるスマホ、用意しておきますね」
「お願いします」
さくらさんは、明日、不参加か。それも仕方がない。忙しい中、都合のつかないこともあるだろう。三つの攻防は、私達の生活スケジュールを考慮してくれる訳ではないのだから。昨日出会って、今日の作戦会議に参加してくれているだけでも有り難いのだ。
「さて、では肝心の明日の作戦だけど。最初の問題として、東西南北、どのクリスタルを狙えば良いと思う?」
師匠は、私達にそう尋ねた。確かに、それが最初の問題だろう。考える切り口としては、狙いやすそうなものはどれか、自分たちが周囲を動きやすそうなものはどれか。視点を変えて、相手が守りにくそうなものはどれか。ほんの少しの差ではあるけど、クリスタルの位置が重要になってくるかもしれない。
「ねえ。相手は、えーと、アンデザイトとプルナス? 二人だけなのよね?」
さくらさんが、そう言って確認してきた。
「はい、そうです」
「つまり、ミカエラをのぞいた俺達四人で、どうやって二人を突破して、クリスタルへの一撃を届かせるかが重要だと思います」
シンプルすぎた私の応えに、静流さんが補足をしてくれた。
「お兄ちゃんもマギカプリが使えるスマホをもらったから、四人で魔法を使うのか、それとも、木刀プラス三人の魔法にするのか、って言うのも悩みどころだよねー」
優香もそう言葉を重ねた。
「今度は攻める側なんだから、フォーメーションのようなものも意識した方が良いと思うんだよな。できるだけ柔軟に、二人を相手にできるような布陣を考えないと」
師匠もそれに続いた。
「前回の反省点だったチームワーク不足もなんとかしたいよね。みんなでちゃんと声を掛け合わないと」
最後にミカエラも課題を口にした。解決したい課題が多すぎて、最適解がイメージできなくなっている気がする。これを、これから相談してなんとかする必要があって――。
「そうじゃなくてね」
さくらさんは、私達の課題を、そうじゃなくての一言で片付けてしまった。
「こちらが四人で、あちらが二人なのよね? だったら、四人で同時に別々のクリスタルに向かったら、二人では守りきれないんじゃないかしら」
さくらさんは、平和そうな調子で、そう言った。
確かに。最初の一歩を固定して考えてしまっていた。四人で一つのクリスタルを狙わなくてはと、思い込んでしまっていたのだ。そうじゃなくて、四人で別々のクリスタルに向かうなら。アンデザイトとプルナスがそれぞれ一箇所ずつを守ろうとしても、残り二箇所がノーガードになる。防御を突破する必要もなくなる。静流さんは、木刀でもマギカプリでも好きな方を使えば良い。フォーメーションを考える必要も、チームワークを改善する必要も、今回に限って言えば、なくなってしまうのだ。
「さくらさんナイス」
「頭良いー」
「確かに、それで問題なさそうですね」
「こんな解決策があったか。いやー、さくらさんに仲間になってもらって良かった」
「私も、貢献できたみたいで嬉しいわ」
さくらさんは、顔の前で手を合わせ、嬉しそうに笑った。後は、誰がどのモニュメントに向かうかを相談しておけば、明日に向けての準備はばっちりだ。
その後、必要な相談をして、私達は、作戦会議を終えることができた。
「さて、良い時間だな」
師匠はスマホで時刻を確認すると、そう言った。
「今日は解散ですか?」
私の言葉に、師匠はにっ、と笑ってみせた。
「実は、十六時半から、グラウンドと人数分のラケットを借りてあるんだ」
師匠の言葉に、私達は頭の上にハテナマークを浮かべた。
「みんなでバドミントンしようぜ。気分転換と、友情パワーをアップさせるために」
師匠は、そう宣言した。そういうことかぁ。さすがは師匠だ。
そうして――。
「先に言ってくれれば、制服じゃない格好も準備してきたのにー」
「そうですよ、師匠。さくらさんなんかヒールあるんですから」
「バドミントンなんて、上手にできるかしら」
「ルールとかはどうするんです?」
「チーム分けはするけど、あとは適当だな」
「わかります。力の限りぶち飛ばし、力の限りぶち返すんですねー」
「何それ?」
私達は、わいわい喋りながら、師匠が予約してくれていた図書館裏のグラウンドに向かった。広いグラウンドの全部はとても使い切れないので、その隅っこで、私達は円形に並んだ。
「チーム分けするぞ。せーの、グーとパー!」
師匠が掛け声をかけるが、全員の息がそろわず、ずっこけてしまう。
「掛け声が違うー」
「掛け声が違います」
優香と私が声を上げた。
「グッパで合わせ、だよね」
「グとパで合わせましょ、ですよね」
驚くことに、優香と私でさえ、認識が違っていた。
「静流ちゃんの掛け声は?」
「グッパ! ですね」
「掛け声が違うー」
「掛け声が違います」
静流さんの冷静な回答に、優香と私が再び声を上げた。
『さくらさんは?』
一同が声をそろえた。
「うーん、私、そういうのやったことないから」
その応えに、全員で笑ってしまった。つられてさくらさん本人も笑ってしまっていた。グーとパーのチーム分けを経験せずに、どうやって学生生活を切り抜けて来たのか、ちょっとどころではなく気になった。
そして始まったバドミントンは、ルールなんてないようなものだったけど、汗だくになりながら、シャトルを追いかて走り回って、ぶんぶんラケットを振って、とにかく笑って、とにかく楽しかった。ミカエラも、私の肩に上でぴょんぴょん跳ね回ってはしゃいでいた。気分転換にせよ、友情パワーをアップさせるにせよ、大成功に違いなかった。




