第六話:反省
第一の攻防から一夜明けて、翌日、九月十八日。時刻は十五時三十分。
今日も私達――私、優香、静流さん、師匠、そしてミカエラは、一同に顔を合わせていた。
場所は、分京区にある統京大学のキャンパス内にある図書館。その第二グループワーク室だった。広い図書館の中でも、防音された個室で、自由にディスカッションができるスペースだ。事前に師匠が予約しておいてくれたのだ。
今日は、中学高校組はブレザー姿だ。大道学園の前で待ち合わせて、師匠の車に直接乗り込んだからだ。師匠には、毎回車を出してもらって、本当に感謝しかない。中高生には望めない機動力だ。
「さて。今日集まってもらったのは、昨日の第一の攻防の反省会をするためだ。ちゃんと反省して、第二の攻防に備えようと思う。では早速、反省点や意見のある人は?」
師匠が場を仕切ってくれた。
「はい。事前準備の時間が足りなかったかなー、と思いました」
「確かに。第一の攻防の詳細が判明したのが、前日だったからね」
「特にわたしは、マギカプリの操作にも慣れていなかったのが反省点です」
「スマホを渡したのが当日だったからな。そうか、言われてみれば、移動中の車の中で先に渡しておくこともできたな。気が回らなくて、申し訳なかった」
頭を下げる師匠に、優香は慌てて両手を振った。
「創太さんは、運転も、時間管理も、全部やってくれていました。それに加えて、アプリの初期設定もしてもらって。反省点と言うなら、創太さんに任せすぎたな、って」
「優香の言う通りです。甘えていた私達も反省しないといけないし、全部抱えていた師匠も反省が必要です」
「そうだな。オレも、もっと皆を頼るようにするよ」
そして、師匠はさらに言葉を続けた。
「オレの反省点と言えば、当日の作戦だな。打合せはしたものの、とても作戦と呼べる物じゃなかった。良く言ったとしても方針くらいだった」
「いえ、あの作戦は、あの時点で考えられる最善だったと思います」
静流さんが、落ち着いた調子でそう反論した。
「むしろ、作戦があったのに、それが機能しなかった方が問題なんです」
静流さんの言う事は、なんとなく分かる気がした。私達は、作戦通りに動けていなかった――と言うより。
「連携ができていなかった、ですね」
「振り返ってみれば、チームワーク不足だった、と言っても良いと思います」
静流さんの言葉に、私達は何度も頷いた。
「チームワーク不足か。それじゃあ、当日の動きを順番に振り返って見るか」
師匠がそう言った。
「アンデザイトとプルナスが現れたところからだな」
続く師匠の言葉に、最初に答えたのはミカエラだった。
「ボクは、時間稼ぎしか出来なかったのが悔しい」
それは、反省点ではなかったが、気持ちは分かった。
「ミカちゃんは、プルナスのせいで魔法が使えない状態なんだから、仕方ないよ。その不足を補うために、わたし達がいるんだから」
「うん、分かってるよ。ありがとう」
「時間稼ぎは大成功だった。五分も消費できたんだから、大金星だ」
静流さんも、ミカエラをフォローした。
「俺の反省は、プルナスに小手を打って、ひるんでしまったことだ」
今度は、静流さんが自分の反省を口にした。
「悲鳴を上げられ、防具もつけていない相手に木刀を振ったのは、初めてだって気付いたら……。アンデザイトに言われた通り、覚悟が足りなかった」
「気にするな。静流ちゃんの剣道を当てにしていた、オレ達全員の責任だ」
師匠がそう言うと、静流さんは頷いた。
「プルナスが美人さんだから、お兄ちゃん、見とれちゃったんでしょー?」
「バカ」
優香の発言は、兄を元気づけようと茶化したものだと分かった。静流さんもそれが分かっていて、本気で怒る訳でもなく、妹の頭をぐしゃぐしゃとかき回しただけだった。
「静流ちゃんが足を止めた時、フォローする攻撃魔法を撃たなきゃいけなかったんだ。でも、オレが選んだのは、要石を守るための目眩ましの魔法。この連携が悪かった」
「私と優香の連携も悪かったです。相手の魔法一つに対して、防御魔法を二人同時に使ってしまいました。本当は、順番を決めて交互に、お互いの隙を補うように動くのが理想でした」
「もっとお互い声を掛け合えば良かったんです。わたし達は、飛んでくるボールに対して、オーライも言えていなかった」
確かに、声掛けは大事だ。突然の開戦と、実戦の緊張で、いろんなことが出来ていなかったのだ。
「敵の魔法は強力でした。簡単にふっとばされるくらい――そして、手加減された」
静流さんは、悔しそうにそう言った。
「オレも魔法を受けた時、思ったよりも軽いと感じたよ。悔しいけど、アンデザイトが手加減していたことは間違いない」
「でも、それは悪いニュースじゃないよ。――アンデザイト本人も、機械世界の皆を傷つけたくないって言っていたし」
ミカエラの言う通りだ。
「プルナスは、【武装解除】の魔法を使いました。手がしびれて、スマホを落としちゃって――でも、スマホにストラップをつけて手首に固定すれば良いと思います」
優香の前向きな内容に、師匠も笑顔を見せた。
「それはナイスだな。次までに全員分用意しよう」
「あ、ストラップくらいならわたしが用意しますよ。分担分担。真保ちゃん、一緒にスマホショップ行こー」
師匠の言葉に、優香が手を挙げた。その言葉の後半は、私に向けたもので――OK、買い物くらい、付き合ってやろう。
「よし、大体、出尽くしたかな。じゃあ、これまでの反省を活かして、次につなげよう。それで、肝心の――」
師匠が言葉を切った。
「第二の攻防って、いつになるんだ?」
まるで、その言葉を待っていたかのように――。
『計算、完了~!』
唐突な声とともに、ぽんっ、と聞いたことのある破裂音を響かせて、テーブルの上に見たことのある二人の小人が現れた。
「計算と検索の精霊!」
ミカエラの言葉通り、複雑な計算や記録の検索を司る、計算と検索の精霊だった。
「ご依頼のあった『第二の攻防の時間と場所と内容』の計算が完了しました」
赤い三角帽子と衣装の小人が、そう口を開いた。
「タイミングばっちり!」
優香が嬉しそうな声を上げた。というよりも。
「出て来るタイミングを見計らってそうだな」
私も静流さんに同意だった。
「偶然です」
緑の三角帽子と衣装の小人が、短く否定の言葉を口にした。ますます怪しい。
『よろしいか?』
二人の小人が声をそろえた。
「うん。教えて!」
録画のためにスマホを向けた優香が頷くのを確認して、ミカエラが続きを促した。二人の精霊は、声をそろえて語りだした。
『第二の攻防は、機械世界の日本の標準時間で、次の九月二十六日、十三時から十三時十五分の間で行われる。機械世界の日本、統京都、分京区の耀石美術館の敷地の東西南北に設置されたモニュメントにはめられた、分離の力を持つクリスタルを対象とする。これを一つでも破壊すれば、二つの世界の分離は防げる。全く破壊できなければ、分離に向けてさらに一歩進む』
第二の攻防について、日時、場所、内容が、完全に明らかになった。私達は、顔を見合わせて頷きあった。二十六日なら、時間に余裕がある。十分な準備ができそうだった。
『次の調べ物をご指示下さい』
前回同様、二人の精霊がそう言った。
「じゃあ、同じく、第三の――」
「待った!」
第三の攻防の詳細を指示しようとしていたミカエラを、静流さんが遮った。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「この精霊に、オコジョの姿から元に戻る方法を、聞くことはできないのか?」
それは――。正直、盲点だった。静流さんの言う通り。もし、ミカエラがオコジョの姿から魔法騎士に戻れるなら、これほどの戦力アップはない。
「静流ちゃん、ナイス。いつも冷静でいてくれるから、助かるぜ」
師匠も、静流さんに向けて親指を立ててみせた。師匠、多分それ、ちょっと古いです。
「それじゃあ、次は、【変身の強制】魔法でオコジョになったボクが元の姿に戻れる方法を、調べて計算して報告して」
『かしこまりました』
ミカエラの言葉に二人揃って頭を下げ、小さな破裂音を響かせて、計算と検索の精霊は消えてしまった。
第二の攻防の詳細も判明した。ミカエラも、元の姿に戻れる可能性が出てきた。次に向けた、大きな進歩だった。
◆
図書館での反省会を終えて、師匠の車で送ってもらい、私は無事に帰宅した。もちろんオコジョ姿のミカエラも一緒だ。
自室に入り扉を閉めると、私は流れるような動作でパソコンデスクに着いた。まあ、デスクと言っても、その実態は小学生の頃から使っている学習机なんだけど。ともかく、私は、椅子に体を預けると同時に、パソコンの電源を入れた。
「また、マギカプリの開発?」
「うん。反省と言えば、マギカプリに反省点はなかったかな、と思って」
起動したパソコンにパスワードを入力し、マギカプリの統合開発環境を起動する。これは、プログラム作成をサポートしたり、バグ取りに便利な機能があったり、プログラムの実行結果をシュミレーションしたりできる、これ一つでマギカプリの開発が十分できるアプリケーションだ。
そこで、ふと思いついて。
「魔法世界の魔法騎士の目から見て、マギカプリの魔法ってどうなの?」
「そうだね。基本に忠実な魔法使い、って感じかな」
「それはそうだよ。魔法の基本を再現するように設計されてるんだから」
狙い通りの性能が出ているとするなら、それは良い評価と言えた。
「初心者って言うのは、熟練していないし、工夫が足りないって意味?」
私は、ミカエラにそう聞き返した。それが、悪い評価の方だった。基本から応用に踏み込んだ魔法使いがやるべきことが、できていないのだ。
「うん、そんな感じ。例えば、【風の矢】。スマホを操作して、矢が作られて、発射される。基本はこれで問題ないんだけど。――魔法バトルでは、矢の生成と発射はほぼ同時になる。あるいは、矢をいくつも作って保持しておいて、相手の動きや間合いに応じて、散発的に発射したりするんだ」
前半は発射までのラグの問題点で、後半は応用編についてだった。
「なるほど。生成と発射の時間差は、別々のサブルーチンを素直に順番に呼び出しているのが原因だから、非同期処理にすれば改善するかも。でも、保持とか任意発射は、スマホの操作だけだと難しいかな。いや、魔法と戦術の組合せを選択できるようにすれば……」
ぶつぶつと言い始めてしまった私に、ミカエラは笑ったようだった。
「何?」
「いや。なんだか昔のボクを見ているような気がして。ボクが魔法の勉強をしていた時も、多分、そんな感じだったんだろうな、って」
ミカエラはそう言った。なんだかお姉さんぶっているんだけど。
「ミカエラって、何歳?」
「ん? 十五歳だよ」
「私と一つしか違わないじゃない。――でも、十五歳で魔法騎士って」
「うん。最年少記録。そういう意味では、ボク、結構有名なんだよ」
ミカエラ、優秀なんだ。
「じゃあ、話題を戻して。マギカプリの魔法の強さはどう?」
「同じ魔法で比較すると、弱いかな。マギカプリの【風の矢】とアンデザイトの【風の矢】が正面からぶつかったら、相殺するんじゃなくて、打ち負けちゃうよ」
「やっぱりそうだよね。うーん、魔法を強くするには、もっと多くの魔力が必要だよね。でも、電魔変換素子の容量が決まっているから……」
私は、またしてもぶつぶつ言い出してしまう。ミカエラは、マギカプリのプログラムが表示されているパソコンのディスプレイを覗き込んだ。
「ボク、プログラムって全然分からないんだけど、例えば【風の矢】を撃つ時、どこが何をしてるの?」
ミカエラの言葉を受けて、私は、究極的にはアルファベットと記号の羅列でしかないプログラムを、マウスのポインタで示しつつ説明する。
「この辺りは、インタフェース関係だから無視ね。で、最初にここで【風の矢】を選択すると、こっちのサブルーチンがセットされる。で、スマホのバッテリーを消費して、電魔変換素子から魔力をもらって、【風の矢】の呪文に通して、次に射出のための――」
「そこ。魔力を呪文に通したところ」
ミカエラが、私の説明を遮った。
「余った魔力はどうなってるの?」
「ん、どうだったかな。必要な分しか持って来なかった気がするけど、放熱? 返却? ここ重要?」
私は、ミカエラに聞き返した。
「ボクだったら、魔力の量が決まっていたら、一気に呪文に通すんじゃなくて、細かく分けて何回も通すんだ。その方が、魔法が発現する時の無駄が少ない――と思ってる」
「え、魔力を絞って、代わりにループさせるの? そんな発想なかったよ」
私は、試しに、開発用のプログラムから該当部分だけを切り分けて、ミカエラの助言に従って、プログラムを改修してみた。例えば、魔力量を千分の一にして、ループを千回繰り返すように。魔力の代わりに、余裕がある計算力を消費する感じだ。
「できた。シミュレーションしてみる。まずこっちが、従来の【風の矢】」
クリックすると、画面の中で、風の矢が生成されて、一瞬の後に射出された。見慣れた魔法の発現と同じだと感じた。
「で、こちらが改良版」
プログラムを切り替えて、こちらもクリックする。風の矢が――私の想像よりはるかに大きく、密度も高いものが――生成され、射出された。明らかに強力な魔法だった。
「すごい……。大成功!」
「やったね!」
飛び上がる私とミカエラ。
「ちょっと待って。スマホの電力は限られてるけど、計算力はまだまだ余裕があるから、ループの回数をもっと増やせる。もっと強い魔法が撃てる」
「すごいすごい! プルナスどころかアンデザイトにも負けないかも!」
私の思いつきを、ミカエラが手放しで褒めてくれた。
「ねえ、真保。マギカプリって、何が得意で、何が苦手なの?」
ミカエラが、次の改善点を探そうとばかりに、私に質問を投げかけた。
「得意なことは、基本的な属性魔法。疲れないこと、間違えないこと、何度でも繰り返せること。そこが本物の魔法使いと違うところだよね」
私の応えに、ミカエラはつぶらな目を見開いた。
「そっか。機械が決められた動作を何度も何度も繰り返すイメージだね。機械世界の真骨頂だ」
「その代わり、魔法の効果を継続させるのが苦手。プルナスが使っていたような拘束魔法とか、変身とか呪いとか常時翻訳とか。あとは、召喚魔法とか、人の心に作用する魔法みたいな複雑系も苦手かな」
「複合魔法は? 炎を巻き込む竜巻とか、毒の沼とか、帯電した豪雨とか」
「なんだか物騒だなぁ。でも、確かに複合魔法は無理じゃないかも。さっきのループと非同期処理を組合せて、複数の呪文を同時に励起できれば……」
「真保」
ミカエラが呼びかけてくるけど、ちょっと待って。
「なんかすごいこと思いつきそうかも」
「真保ったら」
ミカエラが呼ぶ。
「呪文と魔力って、切り離して処理できないかな。途方もなく大きな回転機を別の場所で作っておいて、絞って加速した魔力を一気に……。これならMPUがないスマホとも連携して……。いや、クラウドの計算力も……。一人じゃ無理、師匠にも連絡しないと」
楽しい。何だこれ。私は、胸の奥から込み上がる熱を、確かに感じていた。
「真保」
ミカエラの声に、ようやく私の目はオコジョの姿に焦点を合わせた。
「楽しいね」
ミカエラが、まるで私の心を読んだかのようにそう言った。ああ、そうか。私は、唐突に分かった気がした。仲良くなるってこういうことだ。
「そうだね、ミカエラ」
私は多分、笑顔を浮かべている。




