第四話:兄妹と師弟
「わたし、今、すごいこと思いついちゃったかもー」
私と優香がミカエラに協力することを、ようやく彼女に認めさせることができた。その結果を喜び合う間もなく、優香がそう言い出した。
「さっきの、真保ちゃんのまとめを聞いて、ピンと来たの。――真保ちゃんやわたしが、【認識阻害】魔法の影響を受けなかったのって、その魔法の前からミカちゃんのオコジョ姿を認識していたからなんだよね?」
「うん。そうだと思う」
「【認識阻害】魔法の前に、オコジョを認識した人が、わたし達の他にもいるの!」
その言葉を聞いて。私の頭の中に、一気に映像がよぎった。ミカエラと出会ってから、私の家の玄関で彼女が体をぞわりと震わせたところまで。何が起こって、何を思って、そして、誰に会ったのか。そうか。どうして今まで考えつかなかったんだろう。
「優香のお兄さん!」
「真保ちゃんの師匠さんも!」
「あ、それなら、あの人もそうじゃない? オコジョに詳しい、お姉さん」
もし、この三人がミカエラを認識できるとすれば、三人の――それも中学生の私達より年上の、協力者を得ることができるかも知れない。
「わたし、お兄ちゃんに電話する!」
「私も、師匠に連絡してみる」
私は、スマホからメッセージアプリLINAを起動し、師匠と書かれたアイコンをタップした。普段、師匠とはパソコン上のメールやチャットでやりとりをしているので、LINAで連絡をするのは出会ってすぐに連絡先を交換した時以来だった。ちょっとだけ緊張しながら、考えた文面を打ち込む。
『大事なお話があります。瀬尾駅のすぐ近くにある、喫茶店『カフェ・ド・セオ』まで来てもらうことはできますか?』
送信。ついでに、黒猫が深々と頭を下げているスタンプも、送信。
『LINA珍しいね。今から向かえば良い?』
ほとんど待ち時間なく、師匠から返信が届いた。どこか気が抜けた絵柄のキャラクターの『はなしきくよ』スタンプがついていた。
『ありがとうございます。今からでお願いします』
『車出すから二十分くらい待ってて』
師匠の素早い返信に、黒猫の『OK』スタンプを返した。
「――そう、とにかく来て! お願い!」
そこで、スマホで直接電話をかけていた優香も用件を伝え終わったようだ。喫茶店内だからと抑えた声なのに、勢いで頼み込んでいる様子なのがおかしかった。
「お兄さん来てくれるって?」
「うん。部活帰りのタイミングで捕まえられたから、すぐに来るよ」
「お兄さん高校生だよね? もしかして、大道学園の高等部?」
「そうだよ。後で自己紹介させるね」
「問題は、ちゃんとボクを認識できるかだね」
ミカエラの言う通りだ。お兄さんが彼女を認識できるなら、師匠も認識できる可能性がぐっと上がる。
「お兄ちゃんが壊れた音楽プレーヤーになったところも、見てみたい気がするけどねー」
いたずらっぽく笑う優香からは、仲の良い兄妹の気配がした。
「真保の方は? 来てくれるって?」
ミカエラの確認に、私は、LINAの画面をそのまま二人の前に置いた。
「車で二十分だって」
そう応えて、優香がなんとも言えない表情でこちらを見ているのに気付いた。
「真保ちゃん。『大事なお話があるから来て下さい』だけだと、なんというか……」
「やっぱりそうだよね。ボクもそう思った。こっちの世界でもそうだよね」
ミカエラもこちらを見ながら、優香に同意した。えっ、何かおかしなこと書いてる?
「まあ、真保はそんな感じなのが魅力かもね」
「師匠さんは、ちょっと可哀想だけどねー」
ミカエラと優香は、顔を見合わせて『ねー』などと声を合わせている。一体、何? 私達が、そんなやりとりをしていると。やがて、優香のお兄さんが店内に入って来た。
「優香。お兄さん、来たみたい」
「ほんとだ。お兄ちゃん! こっち!」
店内を見回していたお兄さんは、突然の大声に渋い顔をしてから、こちらに来た。
お兄さんは、当然ながら私達と同じ灰色のブレザー姿で、大きな荷物と竹刀袋を持っていた。部活というのは、剣道部だったらしい。優香の隣に座りながら、店の邪魔にならないように荷物を足元に押し込んだ。
「突然呼び出して、何の用だ? ――あー、昨日の」
「昨日はしっかり挨拶もできなくて、すみませんでした。私、優香さんのクラスメ――友達の、塚井真保です」
「聞いた? 友達だって!」
ばしっ、とお兄さんの肩を叩いて優香は喜びを表現した。
「痛っ。何なんだよ」
お兄さんは、話が見えないらしく、困った表情をしていた。
「俺は、対馬静流。一応、こいつの兄です」
私と同様に頭を下げてくれる優香のお兄さん――静流さん。
「口調とか普通にして下さい。部活の後輩くらいに扱ってもらえれば」
「そうか、助かる。じゃあ、塚井な」
「はい、静流さん」
実は丁寧語が慣れなかったのか、ほっとした様子で静流さんは表情を緩めた。
そこで、喫茶店の店員さんが注文を聞きに来て、静流さんはコーヒーを頼んだ。
「真保ちゃん。いきなりで良いよね? ――お兄ちゃん、昨日のオコジョなんだけど」
そう言って、優香は紙袋の中身を静流さんに見せた。果たして、動きを止めてしまうのか、壊れた音楽プレーヤーになってしまうのか。
「うわ、まだ連れてたのか。もしかして、塚井の家に押し付けたんじゃ――」
静流さんは、普通に驚いて、体をのけ反らせた。ぱっ、と優香が顔を輝かせた。
「まだだよ。――ミカエラ」
私は、喜ぶ優香に待ったをかけて、ミカエラにゴーサインを出した。
「こんにちは、静流。ボクの言ってること分かるかな?」
ミカエラが発したのは、どうと言うことのない挨拶だった。でもそれは、【認識阻害】魔法を超えられるかどうかの試金石だった。例えオコジョの姿が認識できても、それをミカエラとして認識できなければ、協力者にはなれないだろう。三つの攻防の最中に、壊れた音楽プレーヤーになってしまうようならば戦力にならないのだ。
そして――。
「っ――!?」
静流さんは、悲鳴を押さえるために、口に手を押し当てた。良かった。ちゃんと聞こえたし、ちゃんと認識できたようだった。
「やった!」
両手を上げた優香につられて、私は彼女とハイタッチをしてしまった。
「これは一体――?」
「静流さん。この子はミカエラ。魔法世界の魔法騎士です。今は魔法でオコジョの姿になってしまっているんです」
私は、要点が伝わるように気をつけながら、言葉にした。
そこで、タイミングが良いのか悪いのか、静流さんが注文していたコーヒーが届いた。それを受け取るために、静流さんは、普通のテンションに戻らざるを得ない。
「滅茶苦茶びっくりしたけど、落ち着いてきた」
店員さんがいなくなると、静流さんは、完全に冷静さを取り戻したようだった。
「優香、お前、何か面倒事に巻き込まれてるな」
「そうなの。お兄ちゃんにも、手伝って欲しくて」
「危ないことじゃないんだろうな?」
「それは……危なくない、ことは、ないんだけど……」
その応えに、はあ、と静流さんはため息をついた。
「なら結論は出ているな。俺は手を貸せないし、優香も危ない真似はよせ」
「やだ! わたしミカちゃんに協力するって決めたの!」
「優香、ちょっと落ち着いて。――静流さんも聞いて下さい。どうしようもない理由のある事なんです」
「……分かった。話を聞くくらいなら」
部外者の私の説得に、静流さんは、話を聞いてくれるようだった。彼が優香の手をひっぱって出ていってしまう可能性もあったのだから、悪くない状況だと言えた。
何から説明すれば良いだろう。私が口を開こうとしたところで、店内を師匠が覗き込むのが見えた。
「あ、静流さん、少し待ってもらっても良いですか? もう一人の協力者候補が来たみたいです。一緒に事情を説明しますから」
そう静流さんに断ってから、師匠に向けて手を振ると、すぐにこちらに気付いてくれた。師匠は、私の隣の席に着いた。注文を聞きに来た店員さんに、カフェラテを頼んでいる師匠に、早速、用件を切り出す事にした。
「師匠、今日来てもらったのは、あるお願いをしたいからなんです。で、そのために、ちょっと確認したいことがあるんですが」
私はそう言って、師匠に紙袋を示した。ちょろりと、ミカエラが姿を見せた。
「お。昨日のオコジョか」
さすが師匠、突然のオコジョにもあんまり動じてない。動きも止まっていない。しっかり認識できている。第一段階はクリアである。
「真保の師匠さん。こんにちは、ミカエラです」
私の目配せを受けて、ミカエラが再度言葉を喋った。私は、優香と静流さんも、息を飲んで師匠のリアクションを凝視した。
「おお。しかも喋るのか」
師匠は、滅茶苦茶冷静だった。全く驚かないことってある?
「真保ちゃん。まさかとは思うけど、変身魔法ってことは――」
もう凄すぎて呆れてしまう。頭の回転も、発想の飛躍も、私達の比じゃない。いや、普段から魔法で頭が一杯だから、一周回って当然の話なのかも。
「その通りなんですけど。えーと、順番に説明しますね」
「あ、その前にちゃんと自己紹介しましょう」
優香が、そう口を挟んでくれた。確かに、きちんと挨拶をしていないメンバーもいるし、必要なことだった。
「わたしは、対馬優香です。真保ちゃんの友達で、私立大道学園中等部の二年生です。で、こっちがわたしの兄で」
「対馬静流です。妹と同じく大道学園の高等部の二年生。今日、突然妹に呼び出されて、オコジョと挨拶はしたけど、事情の説明をまだ受けていない状態です」
そのタイミングで届いたカフェオレを受け取って、師匠が静流さんへ話しかけた。
「静流ちゃんは剣道部か。剣道長いの?」
「静流ちゃん……まあいいか。こどもの頃からずっとです」
突然のちゃん呼びに一瞬ひっかかりながらも、静流さんは自然に答えていた。師匠のどこか気安い性格のおかげかも知れない。
「おお、長いな」
「いえ」
静流さんと短いやりとりをして、師匠は改めて口を開いた。
「オレは、赤川創太ね。統京大学四年生の二十二歳。真保ちゃんが師匠って呼んでくれているのは、マギカプリ開発の関係で色々教えてるからだね」
「創太さん、って呼んで良いですよね。マギカプリに詳しいんですか?」
優香がそう質問した。ん、創太さんか。いや、まあ別に問題ないんだけど。
「違うの優香、詳しいとかじゃなくて」
口を挟んだ私を気にせず、師匠が応えた。
「おうよ、マギカプリはオレが作ったからな」
師匠は、マギカプリを作った伝説的な初期開発者の一人なのだ。当時高校生だった師匠は、大人たちに混ざって、大人たち顔負けの開発をしていたと聞いている。自然に答えられた衝撃の内容に、優香も静流さんも目を白黒させていた。
「で、最後に真保ちゃん」
自己紹介の順番が回ってきた。
「塚井真保です。大道学園中等部の二年生です。私も、最近だけどマギカプリ開発にちょっと関わっています」
「塚井もプログラマーってこと?」
静流さんの確認に、私は頷いて見せた。
「そうです。そして、そのマギカプリを使えることが、ミカエラと関係しているのですが――」
そう言って、私は昨日からの出来事を、順番に説明することにした。
昨日、私と優香が、魔法バトルに巻き込まれたこと。ミカエラが、二人をかばってくれたこと。その隙を突かれたミカエラが、プルナスにオコジョの姿に変えられてしまったこと。その結果、魔法が使えなくなってしまったこと。マギカプリを使って、プルナスを退けたこと。アンデザイトとプルナスの企みのこと。優香が、ミカエラに協力すると決意したこと。優香の家に向かい、静流に会って、オコジョは飼えないと言われたこと。それから私の家に向かったこと。師匠や、オコジョに詳しいお姉さんに会ったこと。【認識阻害】魔法のこと。他の誰も頼れなくなったこと。私も、ミカエラに協力すると決意したこと。今日、この喫茶店で確認した、三つの攻防とその詳細が不明なこと、援軍も通信もないこと、ミカエラの魔法が使えないこと。先遣隊のこと、ゲートのこと。ミカエラを認識できる機械世界の人間が、まだいるかもしれないと気付いたこと。そうして、静流さんと師匠を呼び出したこと。
「――これが、これまでの経緯です」
優香やミカエラに補足してもらいながら、ようやく私は、語り終えた。
「話は分かった」
「なるほどなるほど。オレも大体分かったよ」
「優香、どうしてもミカエラに協力するんだな?」
「うん。私達にしかできないから」
静流さんの問に、まっすぐに視線を返しながら、優香は答えた。静流さんは、ふうっとため息をつき、それから一つ頷いた。
「優香がどうしても止めないって言うのなら、仕方ない、俺も協力する」
「ほんと? ありがとうお兄ちゃん!」
「オレも協力するぜ。面白そうだからな。あと、真保ちゃんの保護者枠として」
「ありがとうございます。このメンバーで、アンデザイト達の企みを阻止しましょう」
私は、そうまとめた。
「こちらが四人プラスオコジョに対して、あちらは魔法使いが二人、で間違いないか?」
師匠は、戦力を比較し始めたようだ。
「そうだよ。敵は、魔法使いアンデザイト=ロッククリフと、その教え子兼助手のプルナス=オータムリーヴスの二人」
「二人の強さは?」
「公園での魔法バトルの印象だけど、プルナスよりボクの方が強いと思う。だけど、アンデザイトは、大規模複雑系魔法の教科書に名前が載っているような大魔法使いなんだ。魔法バトルになれば、どこまで太刀打ちできるか分からないよ」
「シンプルなバトルの強さじゃなくて、三つの攻防で勝てば良いんだろ? しかも一回でも勝てば良いんだから、やりようはあるんじゃないか?」
静流さんは、口元に手を当ててそう言った。確かに、魔法をぶつけ合う必要はない。何かを守ったり、壊したり――言ってしまえばゲームのようなものに、勝利すれば良いのだ。しかも三回中一回勝利すれば良いと言う条件なのだから、不可能ではないはずだ。
「でも、肝心の三つの攻防が、詳細不明なんだよねー」
優香の言葉に、ミカエラはうなだれ、他のメンバーはため息をついた。
まるで、その瞬間を待っていたかのように――。
『計算、完了~!』
突然の声とともに、ぽんっ、と小さな破裂音を響かせて、それがテーブルの上に現れた。
手の平に乗るほどのサイズ――オコジョよりもさらに小さい、二人の小人だった。片方は赤い三角帽子に赤い衣装を身にまとって、手にした小さな黒板に向かってガリガリと何かの数式を書き込んだり消したりしていた。もう一方は、緑の三角帽子に緑の衣装で、分厚い辞書のような本を持ってページをめくったり読み込んだりしているようだ。
その唐突な登場に、私達は息を飲んだり、悲鳴を押し殺したりしてしまう。
「計算と検索の精霊!? なんでここに?」
それに心当たりのあるらしいミカエラが、声を上げた。いや、そんなことより。
「みんな近くに寄って下さい。こんな、いかにも魔法関係のもの、他の人に見られたらまずいです」
私の言葉に、四人は顔を寄せ合った。四人の体で、精霊の姿を隠すことができたはず。
「ミカちゃん、何の精霊って言ったの?」
「計算と検索の精霊、だよ。複雑な計算がしたい時とか、世界中の知識の中から必要な情報を探す時に使うんだけど――一体、何の計算が完了したの?」
ミカエラの言葉の後半は、二人の精霊に向けられたものだった。それを受けて、赤い小人が口を開いた。
「ご依頼のあった『第一の攻防の時間と場所と内容』の計算が完了しました」
それは――。まさに私達が知りたかった情報だ。でも、ミカエラはそんなこと全く言っていなかったはず。
「ボクの魔法じゃないよ」
「そうですね。アンデザイト討伐部隊の司令官様の魔法でございます。部隊の全員に、この計算結果を共有するように、ご依頼を受けています」
今度は緑の小人がそう言った。
「そう言うことか。――ミカエラちゃん、これはラッキーだぜ。その司令官様の魔法で、第一の攻防の詳細が分かるってことだ」
『よろしいかな?』
二人の小人が声をそろえた。
「うん。教えて」
ミカエラが、続きを促した。優香が慌ててスマホを操作している。あ、動画を撮っておくつもりか。優香ナイス。
二人の小人は、声をそろえて語りだした。
『第一の攻防は、機械世界の日本の標準時間で、次の九月十七日、十八時から十八時十分の間で行われる。機械世界の日本、統京都、分京区の巌根神社にある、結束の力を持つ要石を対象とする。これを守れば二つの世界の分離は防げる。守れなければ、分離に向けて一歩進む』
これは――。第一の攻防について、日時、場所、内容が、完全に明らかになったと言えた。私達は、顔を見合わせて頷きあった。
『次の調べ物をご指示下さい』
二人の精霊がそう言った。
「え、ボク、今魔法が全然使えないんだけど、お願いして良いの?」
『問題ありません。むしろ、調べ物の依頼があると嬉しいのです』
精霊の答えに、ミカエラは紙袋の中で、ぴょんと飛び上がってみせた。
「それじゃあ、第二の攻防について、同じように調べて計算して報告して」
『かしこまりました』
ミカエラの言葉に頭を下げてから、現れた時と同様の小さな破裂音を響かせ、計算と検索の精霊は消えてしまった。
第二の攻防の詳細も、待っていれば分かる状態になってしまった。学校で頭を悩ませていた頃から考えれば、大進歩だ。
「九月十七日って言ったよな。明日、か」
師匠が確認するように言った。
「はい。そして、十八時から十分間です」
静流さんも、改めて言葉にした。
「分京区の巌根神社の――」
優香がそう言って。
「要石を守る」
私が、続けた。それが、判明した第一の攻防の全容だった。




