第三話:友達
「ミカちゃんはお泊りかー。お泊りいーなー」
「もう遅いよ。椙町駅まで送って行くから」
今にも『わたしもお泊りしたい!』と言い出しそうな対馬に、私はそう言った。
「真保ちゃん――!」
ほら来た。なにやら決意を固めた対馬に、先行して私は言った。
「今日のところは帰るの。いいね、優香」
「そこをなんとか――え? あれ? 今――?」
まあ、何と言うか。今日あったような出来事を一緒にくぐり抜けて、部屋にまで上げて、お泊りを提案されそうな関係なら――まあ良いか、と思ったのだ。
「真保ちゃん、今、私のこと」
「今まで通りが良ければ元に戻すけど」
「いえ。その必要はありません。優香で良いです。優香が良いです!」
そう言って、対馬は――優香は笑った。彼女に犬の尻尾がついていたら、千切れそうなほど振っているに違いない。機嫌を良くした優香は、素直に帰宅することにしたようだ。
そつなくお母さんとも挨拶を交わした優香を連れて、椙町駅へ夕暮れ過ぎの道を歩いた。私の右肩には、当然のように、ミカエラが乗っている。
「そう言えば、オコジョって何食べるの?」
「?」
私は、ミカエラに尋ねたが、彼女も首を傾げるだけだった。
「何か特別な物が必要なら、買って帰らないといけないでしょ?」
「AI検索モード。オコジョが何を食べるのか教えて」
私の言葉を受けて、優香が自分のスマホに向かって喋りかけた。スマホでできることは、魔法だけではない。音声入力やAI検索をはじめ、便利な機能が一杯ある。
『オコジョは、虫や小動物を食べます。時に、自分の体より大きな鳥を襲って食べることもあります』
優香のスマホから、すぐに流暢な機械音声が返ってきた。
「自分の体より大きな鳥を襲って食べる」
「小動物」
私と優香は、順番にそう繰り返した。
『虫』
そして、私と優香が声をそろえた。
「ぼ、ボク虫なんて嫌だよ。真保達と同じ物をお願いしたいです」
オコジョの顔を青くして、ミカエラは慌てた。その様子に、私達は顔を見合わせて笑った。つられてミカエラも笑ってしまっていた。
名残惜しそうに手を振りまくる優香を椙町駅で見送ると、私達は、今度は誰かに話しかけられることもなく、無事に帰宅した。
「ただいま」
声をかけながら、玄関をくぐる。ミカエラは優香から譲り受けた紙袋の中だ。
「おかえり。すぐにご飯できるよ」
お母さんの言葉通り、キッチンとつながっているリビングでも、おいしそうな香りがした。夕食は、生姜焼きかな。
夕食時、私はふと思いついて、ミカエラを紙袋から出した。予想通り、お母さんも、仕事から帰っていたお父さんも、食事の途中でギシリと体をきしませて動かなくなった。
「真保、どうしたの?」
ミカエラの疑問の声に、私は頷いた。
「ちょっと実験」
そう簡単に答えて、私はミカエラを紙袋へとしまった。両親が、動きを再開する。
「ねえ、聞いて欲しい大事な話があるの。二つの世界を切り離そうと企んでいる人達がいてね――」
私は、そう口を開いた。
オコジョの姿がなければ、事情を話せるのではないか。それを確かめるための実験だった。しかし、お父さんもお母さんも、私が何を話そうとしているのか意識が向いた瞬間に、ギシリと体をきしませて動かなくなってしまった。やっぱりダメか。
「仕方ない。ミカエラは、二人が固まっているうちに、ご飯食べちゃって」
そう言って、再度ミカエラを紙袋から出してやる。それから、私のお皿からミカエラの分を取り分けた。私の分は減ってしまうけど、オコジョの体ではそれほど多くを食べられないようで、私が空腹に苦しむこともなさそうだった。
夕食を終えてミカエラを紙袋に戻すと、両親は何事もなかったかのように動き出した。それに安堵しながらも、この状況に慣れつつある自分がちょっと怖かった。
自分の部屋に戻ってから、私はミカエラへと尋ねた。
「ミカエラ、お風呂入りたい?」
「お風呂!?」
それを聞いた途端にミカエラは、目を輝かせた。大喜びの反応だった。私は、自分の着替えを用意しながら、ふと思いついた。
「ミカエラ。念のために確認するんだけど、あなた女の子で間違いないよね?」
「た、確かにボクはボクって言っているけど。ボクは間違いなく女の子だよ!」
ふむ。わざわざ確認はしなくても良いか。プライベートは大事。
「じゃあ、一緒に入ろっか。一人だと扉も開けられないだろうし」
バスルームに向かって階段を下りる間も、ミカエラは嬉しそうにしていた。
バスルームの扉を開けると、湯気と入浴剤の香りが迎えてくれた。風呂桶にお湯を入れてバスルームの床に置いてやると、ミカエラは喜んでその中に入った。お湯を怖がらない猫のようだ。鼻歌でも歌い出しそうなくらい、上機嫌になっている。
私も、メガネを外して服を脱ぎ、髪をまとめて、体を洗い流してから湯船につかった。思わず深い溜息がもれる。温かいお湯の中で、ふうっ、と緊張がほぐれて行く。
「二つの世界、守れるかな……」
大変な決断をしてしまったな、とどこか他人事のように思った。
どれだけ時間が経っただろうか。風呂桶から上がったミカエラが、ぶるぶると体を振って水気を飛ばした。体が動物になると、自然とそういう動物っぽい動きをするようになるのだろうか。風呂上がりのミカエラに、タオルで水気を取ったうえでドライヤーを当ててやる。私の手で乾かされている間も、彼女の機嫌は良さそうだった。
部屋に戻って、さて、と思案する。私のベッドで一緒に寝てもらうのが、果たして正解だろうか。ふと思いついて、クッションの一つにタオルをくるりとかけて、即席のベッドを作った。柔らかすぎるかなとも思ったが、ミカエラは特に不満もない様子でそこに収まった。完全に、手のかからないペットを迎え入れた感覚だ。
私は、ひとつあくびをした。
いつもなら、これから宿題を終わらせて、マギカプリ開発のためにパソコンの電源を入れるところだけど。さすがに疲れたな。宿題は、明日の私がなんとかする、ということにしておく。それに、相部屋になったミカエラも、もうまぶたが重そうだ。
「電気、消すよ」
私の言葉にミカエラは、うう、とか、ああ、とか返事をした。忘れずにスマホを充電してから、部屋の電気を消して、私はベッドに横になった。
「明日からどうしようか。学校にも行かなきゃいけないし」
私は、そう呟いた。思った以上に疲れていたのか、私にも、急速に眠気が襲ってきた。
「なんとか、プルナスを見つけて……」
ミカエラが、何か喋っている。
「ごめん、ボクもう、眠くて……真保。ありがと……」
寝落ちる直前に、ミカエラのお礼の言葉が聞こえた気がした。
◆
翌日、九月十六日。私は、教室のいつもの席に座った。
「真保ちゃん、おはよー」
「優香、おはよ」
ほどなくして登校してきた優香に、私は返事をした。すると、優香は何やら立ち止まって、ぷるぷると体を震わせた。
「優香、だって。おはよ、だって。ううう、感動だよー」
感動に打ち震えていただけだった。まあ、確かに。昨日までは朝の挨拶もろくにしなかったけど。そんなに感激するほどのことか?
「そんなことより、これからどうしよう?」
昨日、何度も繰り返し自問した言葉を、私は改めて口にした。二つの世界を守る、なんて決意したは良いけど、具体的に何をどうするのか、全く方針がない状態だった。
「真保ちゃんとの朝の挨拶は、『そんなこと』なんかじゃないよ」
まずは私の言葉を否定して、それから優香は腕を組んでみせた。
「でも、確かに、うーん」
優香がうなっていると、担任の先生が教室に入って来た。これから今日の授業が始まるということだ。今は、授業に集中しよう。……そう思ったにも関わらず、授業の内容は全然頭に入らなかった。今日の全ての授業が終了した。
「全然集中できなかったー」
優香も同じ状態だったらしい。彼女は、自分の机に突っ伏して、うー、と伸びをした。ちょっと、私の背中がぐいぐい押されているんだけど。
「さりげなくスキンシップをしているのだー」
「さりげなくない」
優香を押し返した。その勢いで体を起こした優香は、よし、と一つ頷いた。
「真保ちゃん。パフェ。瀬尾駅前の喫茶店『カフェ・ド・セオ』で、季節の新作が出たらしいよ。一緒に食べに行こう」
「それ、昨日やった」
「冗談じゃなくて。わたし達が何をすべきか。今やれることをやるべきなんだよ」
「それがパフェ?」
「そう。今必要なのは、三人の友情を育むこと。それから、状況の確認だと思う」
「結局、パフェが食べたいだけじゃないの?」
「食べたい」
優香は、本心を認めた。はあ……。まあ、素直でよろしい、かな。
――そして、私達は、『カフェ・ド・セオ』にいるのだった。
案内された四人がけの席に着いてしばらくすると、ご注文はお決まりですか、と店員さんに尋ねられた。お目当ての季節の新作パフェは非常に高価で、お小遣いピンチ間違いなしだったので、なんとかなりそうなミニサイズを注文した。私と優香の前に届いたパフェは、ミニサイズながら食べ応えがありそうだった。
ミカエラと言えば、相変わらずの紙袋の中だ。ただし、テーブルの上で紙袋を横に倒して、私達とは会話しやすく、他の人からはオコジョの姿が見えない、そんな状態にしていた。私は、小皿をもらって取り分けたパフェを、紙袋の中にこっそり差し入れた。
「甘くて、冷たくて、美味しい!」
ミカエラも、パフェを気に入ったようだ。だいたい食べ終わったところで、私は本題を切り出した。
「さて。それでは、作戦会議ね」
「それなんだけど……。やっぱり、ボク一人でやるべきだと思う」
「えっ?」
優香が驚いて声を上げた。私も、同じく声を上げるところだった。
「昨日一晩泊めてもらったのも、ご飯やパフェを食べさせてもらったのも、とっても助かったし、とっても美味しかったし、とっても嬉しかった。真保と優香には、どれだけ感謝しても、感謝しきれないくらいだよ。……でも、アンデザイトやプルナスと戦うのは違う。魔法で攻撃されればケガをするし、もっと悪ければ――」
もっと悪ければ、か。そんな最悪の可能性についても、私は考えていた。理解しているつもりだ。覚悟があるかと問われれば、十分ではないかも知れないけど。
「ミカエラは、二つの世界を分離する企みを阻止したいって言ってたよね。二つの世界で、大きな災害が起こるかもしれないから、って。――私は、そんな事になって欲しくない。自分だけじゃなくて、家族にも、知り合いにも――全然知らない誰かにも、そんな目に遭って欲しくない」
大災害が起きる、それは『もっと悪ければ』よりさらに悪い。
「だから、ミカエラに協力する。一緒に二つの世界を守る、それじゃあダメ?」
「ダメじゃない、ダメじゃないけど――」
「もっと簡単に考えてみたら?」
優香が、あえてそうしているのか、気楽そうな調子でそう言った。
「わたし達、ミカちゃんに助けてもらったでしょ。そのせいで、ミカちゃんは困った状況になった。だから、今度はわたし達がミカちゃんを助ける。私達、友達だから」
「友達……。いや、ダメだよ。甘えられないよ。友情なんて、ボクには必要ない!」
どこかで聞いたセリフだった。そうか、言われた方は、こんな気持ちになるんだ。そんな言葉を返されながらも、根気よく話しかけ続けてくれた優香は、すごいな。
そうだ。優香が私にしてくれたように、私も、一度くらいの拒絶で諦めたりしない。
「その結論を出す前に、ちゃんと状況を整理してみない? それくらいは付き合ってくれても良いでしょ?」
私は、根気よく同意を引き出すことにした。そのために、状況を確認して、問題を切り分けて、必要な対策を考える。プログラムの実行結果が自分の思い通りに行かなかった時に、どこにミスがあるのか探し出す手法の応用だ。
「それくらいなら、まあ……」
しぶしぶと言った様子で、ミカエラは頷いた。
「まずは、二つの世界を切り離す――この企みを阻止するには、どうすれば良いの?」
「それは――決められた三つの攻防に、一回でも勝利すること」
「三つの攻防?」
「衝突した二つの世界がこうして離れずくっついているのは、魔法世界と機械世界に、重要なポイントがあるからなんだ。結束しているためのポイント。分離するためのポイント。そんなポイントを壊したり、守ったりすることで、二つの世界を切り離してしまおうと、アンデザイト達は企んでいるんだ。――ということは、それを邪魔して、特定の時間の間何かを守り切ったり、特定のタイミングで何かを破壊したりすれば、二つの世界の切り離しを防ぐことができる、らしい。この攻防のタイミングが合計三回ある、らしい」
「らしい、って言うのは?」
「ボクも、魔法世界で他の人の説明を聞いただけだから」
「あ、そういうことねー」
「それで、その三回の攻防の、具体的な場所やポイントっていうのは?」
「それが、分からないんだ。二つの世界の間の、結束したり分離したりする力の大きさとタイミングとか、破壊したり守ったりした時の影響の大きさとか、色々を計算して導き出せるらしいけど」
「分からないって、どうすれば分かるようになるの?」
「それは――計算のための色々な条件を計測して、それに基づいて計算する、とか」
「それ、ミカエラができるの?」
「ごめん、できないと思う。だから、プルナス達を見つけて、尾行して、その瞬間を妨害するしかないと思うんだ」
それは、確かにできるかもしれないけど。でも、三回も同じ手で妨害されてくれるだろうか。いや、一回勝利すれば良いという条件なら、なんとかなるのか?
「それも難しそうだけど。じゃあ、別の切り口で質問するね」
私は、三つの攻防を一旦保留して、次の質問を考えた。
「魔法世界からの増援はないの?」
「増援は来ない。本当にボク一人なんだ。――昨日、全てのゲートが、アンデザイトの魔法で閉じられてしまったんだ」
「ゲートって、二つの世界を行ったり来たりできる、あのゲート? 世界に何十箇所もあるゲートが、全部?」
「うん、さすがに全部この目で確認した訳じゃないけどね。今回のアンデザイトの一件は、アンデザイト討伐部隊――魔法世界にある色んな国の魔法騎士や捜査官で構成された大部隊で対応することになっていたんだ。ボクは、その先遣隊の中でも、事前調整のために機械世界にやってきた、最初の一人だったんだよ。先遣隊も、本体部隊も、後から続いて来る予定だったけど。ボクだけが通り抜けたタイミングで、ゲートは全て閉じられてしまった。その上、機械世界の人達は、ゲートの異常を認識できないように魔法をかけられているんだ」
ゲートが閉じられるなんて、そんな大事になっていたのか。しかも、その異常を認識できないなんて。
「ゲートが閉じちゃう前に、別の用事とかで、機械世界に来ていた魔法世界の人がいるんじゃないの? その人達に助けを求めたりはできないの?」
「それは、いるとは思うけど……。誰がどこにいるのかも分からないし、連絡をとる手段もないよ」
「魔法世界との通信は?」
「できないよ。電波にせよ魔法にせよ、ゲートが開いていないと」
「ゲートの修理は、いつまでかかるの?」
「わからない。でも、復旧を待っていたら、三つの攻防は終わってしまうかもしれない」
「それじゃあ、切り口を変えるね。オコジョの姿で使える魔法は?」
その質問に、これまで以上にミカエラはうなだれた。
「色々試してみたけど、全然使えないみたい。ただ、翻訳の魔法みたいに、事前に使った魔法の効果は、継続しているみたい」
そうか。確認すべきことは、大体確認できたと思う。そして、ほとんど結論は出ていると言って良い。
「話をまとめるね――第一に、三つの攻防の詳細は分からない」
私は、人指し指を立ててみせた。
「第二に、魔法世界からの増援もない」
そして、中指に続いて薬指も立てた。
「第三に、頼みの魔法も全く使えない。ないない尽くしね」
逆に、あるものを教えて欲しいくらいだ。
「ううっ……」
分かりやすく整理されて、現実が直視できたのか、ミカエラは呻いた。
「結論を言うと、ミカエラには機械世界の協力者が絶対必要です。しかも、【認識阻害】魔法の影響を受けない、私達みたいな人が必要」
そう結論づけて、ミカエラを見つめた。優香も頷いて、同じようにオコジョを見た。二つの視線を向けられて。
「――その通りです」
ようやく観念したのか、ミカエラは認めてそう言った。
「友情かどうかはともかく、私や優香が協力しても良いよね?」
「はい。こちらからも、どうかお願いします」
紙袋の中で、ミカエラが深々と頭を下げた。それを見て、張り詰めていた息を吐き、私と優香は顔を見合わせて笑ったのだった。




