第十四話:物語の結末
「今なら、まだ――あの魔法を破壊できる」
私は、ゆっくりと言葉にした。
「真保ちゃん。何か思いついたな。今ならまだ、って言うのは?」
師匠の言葉に、私は頷いた。
「計算と検索の精霊によると――あの魔法は、今は外側だけで、中身はカラの状態です」
説明を始めた私に、師匠だけでなく、静流さんも、優香も、集まってくれた。
「アンデザイトは空の巨木の魔法を使う前に、【認識阻害】魔法を【解除】していました。それは、人々にあれを認識させるためです」
「確かに、【認識阻害】があったら、空の魔法には気付けないな。あれを認識させたい、というのは?」
静流さんが、いつもの冷静な調子で、聞き返してくれた。
「あの魔法は、あれを認識した人々の恐怖や驚きを魔力に変換して、巨木の質量に変えるものです。刻一刻と巨木の質量は増え、三日後――いえ、明日の朝には世界を切り離すのに十分なエネルギーを持って、射出されます」
「明日の朝……」
優香が、私の言葉を繰り返した。
「つまり、それまでの間に、あれに対抗できる手段を考えれば――」
「普通はそう考えるよね。でも、別の視点から見れば――今なら、中身がカラの外側だけを、破壊することができる」
私は、そう言い切った。本当は、私達の魔法では、外側だけでも破壊できない可能性もあるし、現時点で破壊しきれない質量を持っている可能性もあるけど――ネガティブな可能性は全部無視だ。今、できることをやるしかない。
「でも、真保ちゃん。オレ達の手持ちの魔法で、あの巨木を――外側だけだとしても――破壊できるような物はないんじゃないか?」
「まずは、師匠の奥の手その一である、マギカプリブースターの【雷神の一撃】。これが使えたとしても、空の巨木を破壊するには、足りないと思います。まあ、マギカプリブースターはオーバーヒートでもう使えないので、ここでは除外しておきましょう」
私は、順に状況を確認することにした。
「奥の手その二である、複合魔法。その攻撃魔法【主神の四方陣】ですが、私達の最大火力には違いないんですが、これでも恐らく足りないでしょう」
私は、人差し指を立ててみせた。
「私の切り札【グリッド・コンピューティング】――これは魔法の威力を何倍にも強化するものですが、私達が現状で使える中級魔法を強化しても超上級魔法になる程度、これでも足りないと思います」
私は、そう言って、中指も立てた。
「えーと、つまり、やっぱり打つ手なし?」
私は、首を横に振って、優香に笑顔を見せた。
「加えて、ミカエラが元の姿に戻れば、強力な魔法が使えるかも。ミカエラ、どう?」
私は、右肩の上のミカエラに話を振った。
「かなり無理をして、【雷神の一撃】を一発撃てる。それが、ボクの最大火力だよ」
私は、その言葉に頷いてから、念のため――。
「ミカエラは、【認識阻害】魔法は使えない?」
「大規模複雑系魔法は、専門外だよ」
私は、それを聞いて、薬指を加えて三本の指を立てた。
「ということで、使えるのは、ミカエラの超上級魔法」
「それでも、足りないんだろ?」
静流さんが、変わらない状況に首を傾げる。
「足りません。そこで――」
私は、三本の指を握り込んだ。
「そのアイディアを、全て混ぜます」
『混ぜる?』
師匠達が、声をそろえて聞き返してきた。
「まず、私達四人が使える中級魔法を用意します。【炎の投擲】、【風の斬撃】、【水の奔流】、【土の乱杭】――これをそれぞれ、私の切り札で強化します。中級魔法を超上級魔法くらいまで強化できるはずです。そして、これにミカエラの【雷の一撃】を加えて――複合します。超上級魔法五発による複合魔法――名前は、そうですね……【主神の四方陣】の強化版なので、【黄昏の五芒陣】でどうでしょう」
私は、皆の顔を見回した。
「これで、空の巨木に届くはずです。これで足りなければ、もう知りません」
冗談めかした私の言葉に、皆の表情に笑顔が戻った。
「そいつは、すごいな……。しかも、少しの改良だけで実現可能だ」
師匠が、シンプルな感想を口にした上で、同意してくれた。
「待って待って! 普通に作戦に組み込まれてるけど、ボク、オコジョのままで元に戻れないよ。魔法使えないよ。明日まで待つの?」
「明日までは待てない。朝になれば、取り返しのつかないほどの、恐怖や驚きが集まってしまう。だから――」
私は、視線を優香へと向けた。
「へ? わたし?」
自分の顔を指差す優香に、私は頷いた。
「プルナスに頼んで欲しい。【変身の強制】を【解除】するように。優香が適任」
私の言葉に、優香はほんの少しの間だけ目を閉じて――開いた時には、笑顔だった。
「任せて! わたし、やってみる!」
優香がそう言って、プルナスの方へ歩き出した。
「優香。アンデザイトは、まだ生きてる」
優香は、背中を向けたまま、右手を挙げて見せた。
「その間に、師匠と私はシステムの改修に取り掛かります。静流さんも、やり方伝えますから、アップデート作業とか手伝って下さい」
私は、師匠と静流さんにも頭を下げた。
「おっけー、任せとけ! まずは、オレと真保ちゃんのノートパソコン取ってくる」
師匠は、一旦、車へと走って行った。
「俺は、自販機だ。皆、水分補給が必要だろ」
静流さんも、自分にできることから、率先してやってくれるようだ。
「あ、静流さん。できれば、プルナスの分も――」
背中を向けたまま右手を上げる静流さんの姿は、先程の優香そっくりだった。
そして、その優香は――。
「プルナス――」
優香は、歩み寄ったプルナスへと、静かに声をかけていた。プルナスは、倒れたアンデザイトの頭を膝に乗せて座り、空の巨木を見上げていた。
「何です? 私にできることは――あなた達にできることも――何もないはずですよ?」
「ううん。わたし達は、まだ諦めていないよ。――だからね。ミカちゃんにかけた【変身の強制】を【解除】して欲しいんだ」
「ミカエラの魔法でも、アンデザイト先生の魔法には、届かないはずです」
プルナスの言葉は冷静だった。
「それは、色々考えてるから、大丈夫!」
優香は、ぐっと、両手の拳を握って見せた。
「【認識阻害】魔法は【解除】されちゃったんだし、三つの攻防も終わっちゃったし、もうオコジョの意味ないよね?」
優香はさらに頼み込んだ。
「それはそうですが……」
「ねえ、プルナス。アンデザイトは、まだ生きてるって。あの魔法が射出されるまでは、死んでないって」
「ええ。かすかですが、まだ息があります」
「アンデザイトを、助けたくない?」
「先生は、この魔法に命をかけました。先生の望みが、私の望みです」
「そう言うと思った。でもね――」
優香は、空の巨木に視線をやって、言葉を続けた。
「もう一度話ができたら、もう一度笑い合えたら、嬉しいでしょ?」
優香のその言葉を聞いて。プルナスは、一筋、涙を落とした。
「優香、これ――」
そのタイミングで、静流さんがペットボトルを持って、優香へと声をかけた。
「わ、気が利くね。ありがと」
当然のように二本あったペットボトルを、優香は受け取った。
「プルナスもどうぞ。お兄ちゃんのおごりだから、気にせず飲んで」
優香は、そう言って、二本のうち一本をプルナスに差し出した。
「あなた達は……本当に……」
そう言って、再び涙を落として、プルナスはペットボトルを受け取った。
「【変身の強制】――【解除】」
プルナスは、呪文とともに、ぱん、と手を叩いた。音が響き渡ると同時に、ミカエラの体が、白い光に包まれた。やがて、銀の髪をなびかせた、魔法騎士の姿のミカエラが現れた。それを確認して――。
「プルナス。ありがと」
「やって見せて下さい。先生の命か、あなた達の全力か、どちらが未来をつかむのか」
「うん。見ててね!」
優香は立ち上がると、静流さんに飛びつきながら、こちらへ向けて歩き出した。
「優香!」
元の姿を取り戻したミカエラと手を取り合っていた私が、声をかけると、優香は手を振ってくれた。
「こちらの準備も、そろそろ完了だぜ――と言っても、ミカエラちゃんの魔法を主軸に、四魔法複合を、五魔法複合に書き換えただけだけどな」
師匠が、気軽な調子でそう言った。
「師匠、アップデート作業を静流さんと分担して下さい」
私も、念のため師匠に預けてあった自分のノートパソコンを操作していた。
「こちらも、あとちょっとです。スマホとサーバー群を、四つのクラスタに分離して、それぞれに中級魔法を担当させます。魔法の強化割合は二十五パーセントに減少しますが、その後で複合するから、総合火力としては跳ね上がるはずです。これで――完了です」
私は、勢い良くリターンキーを叩いた。ちょっと格好つけてしまった。
「マギカプリのアップデートも終わったぜ」
「準備完了ですね。早速やりましょう」
私は、師匠からスマホを受け取りながら、そう言った。再起動したスマホから、マギカプリを選択。音声入力による、ロック解除。
「マギカプリ・オープン!」
私の声に反応して、マギカプリの準備が完了した。
『マギカプリ・オープン!』
優香、静流さん、師匠の声がそれに続いた。
「【炎の投擲】――【保持】」
私は、炎の中級魔法のアイコンと、戦術アイコンから【保持】を選択した。
「【風の斬撃】――【保持】」
「【水の奔流】――【保持】」
「【土の乱杭】――【保持】」
優香達の魔法もそれに続き、それぞれの目の前で魔法は射出されずに、空中に留まった。魔力の余波や、熱波、暴風、湿気や砂礫が私達に吹き付けた。
「切り札、行きます! 【グリッド・コンピューティング】!」
私は、マギカプリと並列に立ち上げた別アプリの、実行をタップした。
「優香っ、お願いっ!」
私は、優香へと合図を送った。
「了解っ! この日のために、コツコツ準備して来た集大成!」
優香が、マギカプリではない、自分のスマホを操作した。
「皆、力を貸して! 私の友達、百人! SNSの友達、千人! 友達の友達なら一万人! みんなにマギカプリ簡易版のインストールをお願い済み! みんなの計算力を、私達に貸して!」
優香の叫びを受けたかのように、私のスマホに、グリッド・コンピューティングへの参加台数が表示される。
「参加台数増加中! 三千、四千、まだまだ増加中!」
私の報告に、師匠も静流さんも、感嘆の息を吐いた。
グリッド・コンピューティングは、ネットワークでつながった大量のパソコンを、その計算力を統合して、膨大な計算を実行する技術だ。主に学術計算――キリのない円周率をどこまでも求めたり、素数を計算し続けたり、天文計算――天体望遠鏡で撮影した超高画質画像を解析したりといった用途に使われている。それを、今回、マギカプリの魔法強化のために応用したのだ。一台のスマホでは到底実現できない計算を、電波のネットワークを介して集めた、何百何千のスマホの計算力によって実現するのだ。
「参加台数、一万を突破! ――師匠!」
私の言葉に、師匠がノートパソコンを操作した。
「クラウドの計算力を投入! 高額間違いなしの使用料は、アンデザイト討伐部隊に請求させてもらうぜ!」
今回、グリッド・コンピューティングには、できうる限りの、世界中のサーバーの計算能力も投入した。統合された圧倒的な計算力は、私達の目の前の中級魔法を、あっと言う間に超上級魔法へと増強する。
「ミカエラ!」
「了解っ! 【雷神の――一撃】っ!」
ミカエラが、私の声に応えて、全力の魔法を展開する。
「みんな、いくぞ!」
師匠の声に、私達は、そろえて息を吸った。
『――リンク・マギカプリ!』
その音声入力を認識して、マギカプリの画面に二つのアイコンが表示された。
「間違いなく、攻撃を選択してくれよ! 複合魔法――」
師匠の声に、私達は、攻撃魔法のアイコンをタップする。瞬間――。
私達の目の前に【保持】された、五つの超上級魔法が、合わさり、混ぜ合わされ、複合された。足し算でも、掛け算でもない、乗算の規模で強化された――魔法を超えた魔法が生成され――。
「真保ちゃん!」
師匠が、叫んだ。私のスマホが、超上級複合攻撃魔法の照準を担当する。私は、スマホを、上空の巨木に――アンデザイトの命をかけた古代魔法に――向けた。
「【黄昏の五芒陣】っ!」
画面をタップした!
最初に、閃光があった。それに視界を塗りつぶされ、轟音はどこか遠くに感じた。衝撃もあったはずだけど、自分が立っているのか、倒れていいるのかも定かではなかった。
どれだけ時間が経っただろうか。必死に目を凝らし、見上げた空で――。
「――!」
――空の巨木は、粉々に爆散していた。それは、現実感なく、私の目に映り――。理解がそれに追いついてきて。
「やった……! 私達、やりまし――」
叫び声を上げかけて、私は、ふわり、と足場を失う感覚に、言葉を飲み込んだ。
え? これって――?
「真保!」
ミカエラが、私に向かって、手を伸ばしている。
私も、彼女に向かって、右手を伸ばして――。
――つかんだ。
同時に、轟音が、私の感覚に戻ってきた。
風も吹き荒れている。
「――吸い込まれてる!?」
そうだ。
後方に向かって、私の体は浮かび上がり、吸い込まれようとしている。ミカエラの腕一本で、私は、なんとか繋ぎ止められている。
「どうなってるの!?」
叫んだ私に、左肩で破裂音が応えた。
「強すぎる魔法の反動で、時空間に穴が空いたのです」
それは、計算と検索の精霊だった。
風に吹かれて飛ばされそうな彼らを、反射的に左手でつかんだ。
「穴が閉じるまでの時間は、概算で――」
「三十秒!」
それだけ告げると、精霊達は、再び破裂音を残して消えてしまった。
私は、空になった左手も、ミカエラに向けて伸ばす――片手じゃ無理だ。
「ミカエラ!」
「真保!」
見ると、ミカエラの体から下は、真っ黒な何かで地面に繋ぎ止められていた。
あれは、プルナスが以前使っていた【影の拘束】。
確かに、あれなら飛ばされない。
でも、私は、もう――。
「真保ちゃん!」
優香の手が、私の右手をつかんだ。
彼女も、足元を、影の魔法で固定していた。
「塚井!」
「真保ちゃん!」
静流さんと師匠も、私の手をつかんでくれた。
「んんん――!」
私は、渾身の力で右手をひっぱり、左手を伸ばすことに成功した。
私の両手を、皆がつかんでくれている。
ああ。
なんだか、それだけで私は、安心してしまった。
私の体は、まだ、時空間の穴に向けて吸い込まれようとしているけど。
きっと大丈夫。
私達が力を合わせているんだから。
私が手を伸ばして。
皆が手を伸ばしてくれているなら。
何も、心配いらないのだ。
そして、三十秒よりずっと長く感じた時間が過ぎると。
現れたのと同じ様に唐突に――風が止んだ。
「きゃっ――!」
私達は、力を入れていた反動で、皆で転がってしまった。
私は、そのまま仰向けになって空を見上げた。地面に触れた背中が冷たい。皆も同じく寝転んだ気配がした。
「今度こそ、終わったんだよね……」
私の言葉が、見上げた夜空に消えていった。
◆
こうして、私達は、無事に世界を守ったのだった。
私一人では決して達成できなかった。優香と二人でもきっと無理だった。静流さんと、師匠がいて。ミカエラもいて。さくらさんは、結局、プルナスだったけど、ほんの少しだけ力を借りて。
そう言えば、魔法が破壊された後、アンデザイトは息を吹き返していた。私達によって魔法が破壊されたと聞いて、ただ一言、そうか、と応えていた。どこか穏やかな表情で――。
なんだか、全てが上手く行ってしまった。私は、今、改めて思う――。
「あのさ。友情も、悪くないね」
私の心を読んだかのような言葉は、ミカエラのものだった。そんな彼女に笑顔を返して、私は空を見上げた。人々の恐怖を吸い上げる巨木は、もう存在しない。
「――え? はい、ミカエラ=プライマルシールドです」
突然、ミカエラが空中に向かって声を上げた。急いだ様子で、人差し指を伸ばした右手を耳元に当てた。
「ゲートより先に、通信だけ回復? 良かった……ええ……こちらからも、報告しなければいけないことが、たくさんあります」
ミカエラは、どうやら回復したらしい通信の先へ、言葉を続けた。
「いえ。アンデザイトの企みは、阻止しました。ええ……二つの世界は守られました。……大災害は、起きません」
予想より早く通信が回復したということは、ゲートも早く復旧するはずだ。ミカエラは、自分の世界に帰ってしまうだろう。それでも、きっと、いや、絶対に――遠く二つの世界に離れてしまっても――私達は友達だ。
「いえ、それほどでもありません。……大切な、友人達のおかげです」
通信でそんな風に言ったミカエラが、ちらりとこちらを見たので――。
私は、今の私の気持ちを素直に表した、そんな笑顔を返したのだった。
(『友情マギカプリ』――完)




