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ダンジョンにハローワークを開いたら魔物が面接に来た  作者: あゆと


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17/20

フェアリー(前職:花粉散布係)

「前職は?」

「花粉散布係!」

「チラシ配布および季節告知経験あり、と」


 アーベルが面接用紙にそう書き込むと、受付机の上に着地した妖精は、胸を張った。


「私、目立つ仕事がいいわ!」


 履歴書をどんと置いたつもりらしい。

 実際の音は、ぱさ、だった。紙より本人の方が軽そうだからだ。


 妖精の名前はピピル。

 背中の羽は薄く、光を受けるたびに虹色へ揺れる。髪には花粉がついている。服にも花粉がついている。履歴書にも花粉がついている。


 つまり、受付机が黄色くなった。


 補佐のリィナは、昨日も使った換気表示をまたひっくり返した。


『換気中』


「局長。花粉をチラシ扱いしましたね」

「軽い。広がる。回収が難しい」

「求人票で一番やってはいけない性質です」

「だから広報ではなく、まず掲示板管理補助だ」


 リィナは拭き布を取ろうとして、アーベルに止められた。

 まずは換気。次に花粉落とし。順番を間違えると、書類の隙間まで黄色くなる。


 相談室の方から、サキュバスのメルが顔を出した。


「私の時より早くない?」

「花粉は書類に残る」

「私の香りは?」

「相談室に戻れ。三回制限、今ので一回だ」


 メルは不満げに羽を揺らし、相談室へ戻った。

 ピピルはその様子を見て、ぱっと顔を輝かせる。


「すごい! あの人、受付じゃないのに存在感がある!」

「存在感の前に花粉を落とせ」

「存在感を?」

「花粉を」


 リィナが小さな皿を出した。花粉落とし用ではない。菓子皿だ。

 ピピルは素直にその上で羽を震わせた。ぱらぱらと黄色い粉が落ち、皿の上に小さな山ができる。


「これ、食堂に回せる?」

「種類による。自己申告では配給に回せない。スライムの検査に出す」

「検査される花粉、初めて見たわ」

「職安ではよくある」


 リィナは履歴書の花粉を払い、用紙を確認した。


 氏名、ピピル。

 種族、フェアリー。

 前職、花粉散布係。

 希望職種、広報。


 希望職種欄を見た瞬間、リィナの眉が少し寄った。

 アーベルも同じ欄を見た。


 危険だった。


「花粉散布係としての業務をまとめろ」

「春の丘、北の果樹園、魔王城裏庭を飛んで、花を見つけて、風に乗って、花粉を運ぶの! 咲いた場所を知らせたり、次に飛ぶ子へ伝えたり、みんなが気づくようにきらきら飛んだりもしたわ!」


 アーベルは面接用紙へ書き足した。


 飛行能力。

 広域巡回。

 花、果樹、季節変化の把握。

 軽量物配布。

 季節告知。

 視認性。

 高い発話量。

 情報管理、要研修。


 最後の行だけ太字になった。


「局長。情報管理、要研修が太字です」

「最重要だ」

「本人、もう待合室の全員に聞こえる声量です」

「だから太字だ」


 待合室の魔物たちは、すでにピピルを見ていた。

 インプは楽しそうにしている。ゴブリンは花粉皿を気にしている。ミノタウロスのバルドは手持ち看板を持ったまま、ピピルの飛行経路を目で追っている。

 保管庫前のミミック、ミクだけが静かだった。たぶん寝てはいない。箱だから分かりにくい。


「希望職種は広報、とある」

「目立つから! 楽しそうだから! みんなに知らせられるから!」

「何を」

「ええと、いい感じのことを!」


 アーベルは羽ペンを置いた。


「不採用寄りだな」


 ピピルは机の上で跳ねた。


「早くない!?」

「広報は、何を、誰に、いつ、どこまで知らせるかを決める仕事だ。大きな声で言えば届く仕事ではない」

「でも、噂の方が求人票より早いわ」

「早いものは、間違ったまま遠くへ行く」

「みんな聞くわよ」

「聞くから危険だ」


 ピピルは目をぱちぱちさせた。

 理解していない顔だったが、アーベルが続けると羽の動きが少し遅くなった。


「勇者側にも届く」

「……あ」

「再軍備派にも届く」

「あ」

「ブラック商会にも届く」

「ちょっと待って」

「情報が漏れる時は待ってくれない」


 ピピルの羽が少しだけ下がった。

 目立ちたがりではある。だが、馬鹿ではなさそうだ。少なくとも、今の三つには反応した。


「じゃあ、私は何も言えないの?」

「言える。掲示してよいことだけだ」

「掲示」

「紙に書かれたこと。許可されたこと。時間と場所が決まっていること」

「それ、広報?」

「掲示補助だ」


 ピピルは明らかに不満そうな顔をした。


「補助」

「初日に広報は任せない」

「小さい仕事?」

「小さい仕事を雑にする者に、大きい仕事は渡さない」


 アーベルは求人棚から一枚抜いた。

 派手ではない。だが、今のピピルにはちょうどいい。


「これだ」


 リィナが読み上げる。


 職種、求人掲示板管理補助。

 業務内容、求人票の掲示、期限切れ求人の回収、掲示位置の整理、新着求人の案内、誤掲示の報告。

 歓迎経験、巡回、軽量物配布、視認性、広域への連絡、季節変化への感度。

 注意事項、許可されていない求人を広めない。求人内容を盛らない。締切を勝手に延ばさない。噂で採用条件を変えない。


 リィナは最後の行をゆっくり読んだ。


「噂で採用条件を変えない」

「そこ、そんなに大事?」

「大事だ」

「給食ありを、ごちそうありって言うのは?」

「駄目だ」

「軽作業を、ふわっとしたお仕事って」

「駄目だ」

「局長、つまらない!」

「求人票はつまらない方がいい」


 ピピルは両手を腰に当てた。


「でも、つまらない求人票だと誰も見ないわ。小さい字ばっかりで、みんな通り過ぎるの!」

「読ませる工夫は必要だ」

「でしょ!」

「内容を変えるな。位置、色、見出し、期限表示。変えていいのはそこまでだ」


 ピピルの羽が、また少し元気になる。


「見出しは?」

「嘘でなければ可」

「じゃあ、『急募! 小麦袋を落とさない方!』は?」

「職種は」

「食堂搬入補助」

「許可」

「やった!」


 リィナが面接用紙に追記した。


 見出し作成、適性あり。

 ただし誇張傾向あり。


「局長、使えそうです」

「使える。だから制限が必要だ」


 アーベルはピピルへ向き直った。


「初日は職安内だけ。外に出るな」

「外に出ない広報?」

「掲示板管理補助だ」

「むう」

「求人票を三枚貼り替える。期限切れを二枚回収する。新着求人は一枚だけ読み上げてよい」

「三枚貼るのに、一枚だけ?」

「一枚だ。お前の一枚は、十枚分うるさい」


 待合室のインプが小さく吹き出した。

 ピピルはそちらを振り返る。


「聞こえたわよ!」

「聞こえるように笑ってないです!」

「私は聞こえるの!」

「局長、聴覚もいいです」

「広報より巡回向きだな」

「広報がいい!」


 リィナが小さな表示カードを三枚出した。


『掲示可』

『回収』

『読み上げ可』


「ピピルさんには、この表示カードがついたものだけ扱っていただきます。表示カードがないものは、見てもいいですが喋らないでください」

「つらい」

「仕事です」


 ピピルは三枚の表示カードを見つめた。

 小さな手で一枚ずつ持つ。持つたびに羽が揺れ、机の上の花粉皿が少し震えた。


「私、春の丘では、好きなところへ飛んでいたの。花が咲いたら、みんなに知らせていたの」

「ここは職安だ。求人は花ではない」

「でも、見つけてもらわないと意味がないわ」

「そこは正しい。だから掲示板だ。咲いている場所を勝手に変えるな」


 ピピルは、少し黙った。

 羽の音だけが、ふるふると続く。


「私が、場所を変えちゃうのね」

「やりすぎればな」

「よくやったわ。花粉も、噂も、広がる方が楽しいから」

「楽しいものほど、範囲を決めろ」

「局長って、春が嫌い?」

「無許可の春が嫌いだ」

「何それ」

「職安用語だ」


 リィナが咳払いした。

 笑いかけたのをごまかした顔だった。


 アーベルは仮採用通知を差し出す。


「その経歴なら、求人掲示板管理補助として仮採用可能だ」

「広報じゃないのね」

「広報の入口だ」

「入口」

「入口で騒ぐな。詰まる」

「ミノタウロスさんみたいに?」

「角はないが、情報が詰まる」

「情報の角ね」

「余計な比喩を広めるな」


 ピピルは仮採用通知を両手で受け取った。

 紙の端に花粉がつく。リィナが即座に乾いた布を差し出す。


「まず、通知書を汚さない練習からですね」

「大事?」

「大事です。採用通知は現物なので」

「現物」

「言葉だけでは、あとで消えます」


 ピピルは通知書を見下ろした。

 さっきまでの騒がしさが、ほんの少しだけ落ちる。


「紙って、重いのね」

「お前には重いだろう」

「そういう意味じゃないわ」

「なら、なおさら落とすな」


 ピピルは笑った。

 今度は少しだけ、声量が小さかった。


 リィナは求人票を一枚渡した。

 ピピルは受付机の端に立ち、羽をぴんと伸ばす。


「新着求人のお知らせです! 食堂搬入補助、二名募集! 業務内容は、小麦袋の搬入、荷車整理、受領票の確認。歓迎経験は、力仕事、通路通行、数を数えること。給食あり!」


 待合室のゴブリンが顔を上げた。

 オークのボルガも、相談室の方から少しだけ覗いた。


 ピピルは息を吸った。

 そのまま何か足したそうな顔をした。


 リィナが表示カードを掲げる。


『そこまで』


 ピピルは口を閉じた。

 閉じた。

 本当に閉じた。


「局長」

「何だ」

「今、止まりました」

「大きな成果だ」


 ピピルは頬を膨らませたまま、しかし求人票を勝手に盛らなかった。

 アーベルは採用経過欄へ印を押す準備をした。まだ初日ではない。面接直後だ。だが、使える見込みはある。


 その時、待合室の空気が変わった。


 甘くもない。

 明るくもない。

 騒がしくもない。


 ただ、静かになった。


 入口に並んでいたゴブリンが一歩下がり、インプが受付机の下へ戻り、バルドが手持ち看板を持ったまま背筋を伸ばす。

 保管庫前のミクが、がたん、と低く鳴った。


 リィナが受付の外を見る。


「局長」


 声が、少しだけ硬かった。


 黒い外套の裾が見えた。

 銀の髪が、入口の光を細く裂く。


 小柄な影だった。


 だが、待合室にいた魔物たちは、誰もその小ささを笑わなかった。


 アーベルは羽ペンを置いた。


「来たか」


 それだけ言って、受付机の上を片づけた。

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