フェアリー(前職:花粉散布係)
「前職は?」
「花粉散布係!」
「チラシ配布および季節告知経験あり、と」
アーベルが面接用紙にそう書き込むと、受付机の上に着地した妖精は、胸を張った。
「私、目立つ仕事がいいわ!」
履歴書をどんと置いたつもりらしい。
実際の音は、ぱさ、だった。紙より本人の方が軽そうだからだ。
妖精の名前はピピル。
背中の羽は薄く、光を受けるたびに虹色へ揺れる。髪には花粉がついている。服にも花粉がついている。履歴書にも花粉がついている。
つまり、受付机が黄色くなった。
補佐のリィナは、昨日も使った換気表示をまたひっくり返した。
『換気中』
「局長。花粉をチラシ扱いしましたね」
「軽い。広がる。回収が難しい」
「求人票で一番やってはいけない性質です」
「だから広報ではなく、まず掲示板管理補助だ」
リィナは拭き布を取ろうとして、アーベルに止められた。
まずは換気。次に花粉落とし。順番を間違えると、書類の隙間まで黄色くなる。
相談室の方から、サキュバスのメルが顔を出した。
「私の時より早くない?」
「花粉は書類に残る」
「私の香りは?」
「相談室に戻れ。三回制限、今ので一回だ」
メルは不満げに羽を揺らし、相談室へ戻った。
ピピルはその様子を見て、ぱっと顔を輝かせる。
「すごい! あの人、受付じゃないのに存在感がある!」
「存在感の前に花粉を落とせ」
「存在感を?」
「花粉を」
リィナが小さな皿を出した。花粉落とし用ではない。菓子皿だ。
ピピルは素直にその上で羽を震わせた。ぱらぱらと黄色い粉が落ち、皿の上に小さな山ができる。
「これ、食堂に回せる?」
「種類による。自己申告では配給に回せない。スライムの検査に出す」
「検査される花粉、初めて見たわ」
「職安ではよくある」
リィナは履歴書の花粉を払い、用紙を確認した。
氏名、ピピル。
種族、フェアリー。
前職、花粉散布係。
希望職種、広報。
希望職種欄を見た瞬間、リィナの眉が少し寄った。
アーベルも同じ欄を見た。
危険だった。
「花粉散布係としての業務をまとめろ」
「春の丘、北の果樹園、魔王城裏庭を飛んで、花を見つけて、風に乗って、花粉を運ぶの! 咲いた場所を知らせたり、次に飛ぶ子へ伝えたり、みんなが気づくようにきらきら飛んだりもしたわ!」
アーベルは面接用紙へ書き足した。
飛行能力。
広域巡回。
花、果樹、季節変化の把握。
軽量物配布。
季節告知。
視認性。
高い発話量。
情報管理、要研修。
最後の行だけ太字になった。
「局長。情報管理、要研修が太字です」
「最重要だ」
「本人、もう待合室の全員に聞こえる声量です」
「だから太字だ」
待合室の魔物たちは、すでにピピルを見ていた。
インプは楽しそうにしている。ゴブリンは花粉皿を気にしている。ミノタウロスのバルドは手持ち看板を持ったまま、ピピルの飛行経路を目で追っている。
保管庫前のミミック、ミクだけが静かだった。たぶん寝てはいない。箱だから分かりにくい。
「希望職種は広報、とある」
「目立つから! 楽しそうだから! みんなに知らせられるから!」
「何を」
「ええと、いい感じのことを!」
アーベルは羽ペンを置いた。
「不採用寄りだな」
ピピルは机の上で跳ねた。
「早くない!?」
「広報は、何を、誰に、いつ、どこまで知らせるかを決める仕事だ。大きな声で言えば届く仕事ではない」
「でも、噂の方が求人票より早いわ」
「早いものは、間違ったまま遠くへ行く」
「みんな聞くわよ」
「聞くから危険だ」
ピピルは目をぱちぱちさせた。
理解していない顔だったが、アーベルが続けると羽の動きが少し遅くなった。
「勇者側にも届く」
「……あ」
「再軍備派にも届く」
「あ」
「ブラック商会にも届く」
「ちょっと待って」
「情報が漏れる時は待ってくれない」
ピピルの羽が少しだけ下がった。
目立ちたがりではある。だが、馬鹿ではなさそうだ。少なくとも、今の三つには反応した。
「じゃあ、私は何も言えないの?」
「言える。掲示してよいことだけだ」
「掲示」
「紙に書かれたこと。許可されたこと。時間と場所が決まっていること」
「それ、広報?」
「掲示補助だ」
ピピルは明らかに不満そうな顔をした。
「補助」
「初日に広報は任せない」
「小さい仕事?」
「小さい仕事を雑にする者に、大きい仕事は渡さない」
アーベルは求人棚から一枚抜いた。
派手ではない。だが、今のピピルにはちょうどいい。
「これだ」
リィナが読み上げる。
職種、求人掲示板管理補助。
業務内容、求人票の掲示、期限切れ求人の回収、掲示位置の整理、新着求人の案内、誤掲示の報告。
歓迎経験、巡回、軽量物配布、視認性、広域への連絡、季節変化への感度。
注意事項、許可されていない求人を広めない。求人内容を盛らない。締切を勝手に延ばさない。噂で採用条件を変えない。
リィナは最後の行をゆっくり読んだ。
「噂で採用条件を変えない」
「そこ、そんなに大事?」
「大事だ」
「給食ありを、ごちそうありって言うのは?」
「駄目だ」
「軽作業を、ふわっとしたお仕事って」
「駄目だ」
「局長、つまらない!」
「求人票はつまらない方がいい」
ピピルは両手を腰に当てた。
「でも、つまらない求人票だと誰も見ないわ。小さい字ばっかりで、みんな通り過ぎるの!」
「読ませる工夫は必要だ」
「でしょ!」
「内容を変えるな。位置、色、見出し、期限表示。変えていいのはそこまでだ」
ピピルの羽が、また少し元気になる。
「見出しは?」
「嘘でなければ可」
「じゃあ、『急募! 小麦袋を落とさない方!』は?」
「職種は」
「食堂搬入補助」
「許可」
「やった!」
リィナが面接用紙に追記した。
見出し作成、適性あり。
ただし誇張傾向あり。
「局長、使えそうです」
「使える。だから制限が必要だ」
アーベルはピピルへ向き直った。
「初日は職安内だけ。外に出るな」
「外に出ない広報?」
「掲示板管理補助だ」
「むう」
「求人票を三枚貼り替える。期限切れを二枚回収する。新着求人は一枚だけ読み上げてよい」
「三枚貼るのに、一枚だけ?」
「一枚だ。お前の一枚は、十枚分うるさい」
待合室のインプが小さく吹き出した。
ピピルはそちらを振り返る。
「聞こえたわよ!」
「聞こえるように笑ってないです!」
「私は聞こえるの!」
「局長、聴覚もいいです」
「広報より巡回向きだな」
「広報がいい!」
リィナが小さな表示カードを三枚出した。
『掲示可』
『回収』
『読み上げ可』
「ピピルさんには、この表示カードがついたものだけ扱っていただきます。表示カードがないものは、見てもいいですが喋らないでください」
「つらい」
「仕事です」
ピピルは三枚の表示カードを見つめた。
小さな手で一枚ずつ持つ。持つたびに羽が揺れ、机の上の花粉皿が少し震えた。
「私、春の丘では、好きなところへ飛んでいたの。花が咲いたら、みんなに知らせていたの」
「ここは職安だ。求人は花ではない」
「でも、見つけてもらわないと意味がないわ」
「そこは正しい。だから掲示板だ。咲いている場所を勝手に変えるな」
ピピルは、少し黙った。
羽の音だけが、ふるふると続く。
「私が、場所を変えちゃうのね」
「やりすぎればな」
「よくやったわ。花粉も、噂も、広がる方が楽しいから」
「楽しいものほど、範囲を決めろ」
「局長って、春が嫌い?」
「無許可の春が嫌いだ」
「何それ」
「職安用語だ」
リィナが咳払いした。
笑いかけたのをごまかした顔だった。
アーベルは仮採用通知を差し出す。
「その経歴なら、求人掲示板管理補助として仮採用可能だ」
「広報じゃないのね」
「広報の入口だ」
「入口」
「入口で騒ぐな。詰まる」
「ミノタウロスさんみたいに?」
「角はないが、情報が詰まる」
「情報の角ね」
「余計な比喩を広めるな」
ピピルは仮採用通知を両手で受け取った。
紙の端に花粉がつく。リィナが即座に乾いた布を差し出す。
「まず、通知書を汚さない練習からですね」
「大事?」
「大事です。採用通知は現物なので」
「現物」
「言葉だけでは、あとで消えます」
ピピルは通知書を見下ろした。
さっきまでの騒がしさが、ほんの少しだけ落ちる。
「紙って、重いのね」
「お前には重いだろう」
「そういう意味じゃないわ」
「なら、なおさら落とすな」
ピピルは笑った。
今度は少しだけ、声量が小さかった。
リィナは求人票を一枚渡した。
ピピルは受付机の端に立ち、羽をぴんと伸ばす。
「新着求人のお知らせです! 食堂搬入補助、二名募集! 業務内容は、小麦袋の搬入、荷車整理、受領票の確認。歓迎経験は、力仕事、通路通行、数を数えること。給食あり!」
待合室のゴブリンが顔を上げた。
オークのボルガも、相談室の方から少しだけ覗いた。
ピピルは息を吸った。
そのまま何か足したそうな顔をした。
リィナが表示カードを掲げる。
『そこまで』
ピピルは口を閉じた。
閉じた。
本当に閉じた。
「局長」
「何だ」
「今、止まりました」
「大きな成果だ」
ピピルは頬を膨らませたまま、しかし求人票を勝手に盛らなかった。
アーベルは採用経過欄へ印を押す準備をした。まだ初日ではない。面接直後だ。だが、使える見込みはある。
その時、待合室の空気が変わった。
甘くもない。
明るくもない。
騒がしくもない。
ただ、静かになった。
入口に並んでいたゴブリンが一歩下がり、インプが受付机の下へ戻り、バルドが手持ち看板を持ったまま背筋を伸ばす。
保管庫前のミクが、がたん、と低く鳴った。
リィナが受付の外を見る。
「局長」
声が、少しだけ硬かった。
黒い外套の裾が見えた。
銀の髪が、入口の光を細く裂く。
小柄な影だった。
だが、待合室にいた魔物たちは、誰もその小ささを笑わなかった。
アーベルは羽ペンを置いた。
「来たか」
それだけ言って、受付机の上を片づけた。




