業務報告書 ミミック(仮採用一日目)
書類保管庫の前に、ミミックを置いた。
見た目は宝箱である。
場所は保管庫前である。
つまり、知らない者が見ると「なぜ保管庫の前に宝箱が置いてあるのか」という疑問が出る。
その疑問を持った者は、だいたい手を伸ばす。
「局長、開始三分で危険性が分かりました。倉庫番のゴブリンさんが、もう開けようとしました」
「理由は」
「宝箱だったので」
「理由としては正しい。職場としては危険だな」
リィナは保管庫前に貼り紙を増やした。
『これは備品です』
『開ける場合は申請してください』
『申請前に手を入れないでください』
『噛まれても労災処理に時間がかかります』
最後の一枚だけ、やけに効いた。
通りかかったインプが、伸ばしかけた手を引っ込める。
「労災処理は嫌です」
「嫌なら開けるな。宝箱ではなく職員だ」
ミミックのミクは、保管庫前で静かに待機していた。昨日まで入口横で番号札を挟んでいた時と、見た目はほとんど変わらない。
違うのは、蓋の隙間に仮採用通知ではなく、小さな表示板が挟まれていることだ。
『重要物品保管箱 仮採用中』
リィナの字である。
その下に、俺が赤字で一行足した。
『噛む前に鳴ること』
ミクが、かたん、と鳴った。
「今のは返事ですか」
「たぶん不満だ」
「不満で済むなら良い方ですね」
試験用の保管物は、三種類にした。
人事記録の写し。
食堂の小麦受領票。
診療所の薬草在庫票。
本物ではない。
だが、失くすと現場が困る紙である。重すぎず、軽すぎない。保管箱の初日にはちょうどいい。
俺は三枚の書類を封筒に入れ、ミクの前に置いた。
「中身を預かる。これは小麦ではなく小麦受領票だ。薬草ではなく薬草在庫票だ。人事記録も含めて、全部食べるな」
「紙」
「紙だ。だから食べるな」
「匂いがする」
「票についた匂いだ。食べるな」
リィナが小声で言う。
「局長、今の確認、毎回必要ですか」
「必要だ。誤食は初日に潰す」
「紙を食べる保管箱、怖すぎませんか」
「食べない保管箱にする」
蓋が、ゆっくり開く。
中には昨日と同じ、古い銀貨、割れた指輪、錆びた短剣、折れた鍵、湿った布が残っていた。
「保管業務と拾得物の抱え込みは別だ。中を空にしろ」
「保管していた」
「今から職場の書類を入れる。私物か残置物かは後で仕分ける」
リィナが木箱を持ってきた。
ミクは不満げに、古い銀貨三枚と割れた指輪と錆びた短剣と折れた鍵を吐き出した。湿った布だけは最後まで出し渋った。
「それも出せ。保管物が湿る」
「敷物」
「敷物ではなく湿り気の原因だ」
「出します」
湿った布が、べちゃりと木箱に落ちた。
リィナが無言で木箱の蓋を閉める。
「これは廃棄物処理に相談します」
「そうしろ」
「スライムのプルムさんですね」
「前職のつながりが出たな」
「職場って、こういうものなんですか」
「前職の後始末が、別の前職の仕事になることはある」
ミクの中が空になった。
そこへ封筒を入れる。
蓋が閉じた。
かちん。
小さな音がした。
「鍵をかけたらしいな。開ける時は、俺かリィナの指示で出せ」
「局長。受付兼補佐」
「認証されたようですね」
「宝箱に認証される日が来るとは思いませんでした」
リィナが少し複雑そうな顔をした。
最初の問題は昼に起きた。
食堂のゴブリンが、小麦受領票の確認に来たのである。受領票はミクの中だ。
俺が声をかけると、ミクの蓋が少しだけ開いた。
ゴブリンのギギが手を伸ばす。
蓋の内側で歯が光った。
ギギの手が止まった。
「研修中の噛まない宝箱から素手で書類を取るのは、少し勇気が要りますね」
「初日は木ばさみを使え」
リィナが横から木ばさみを差し出した。
ギギは木ばさみで封筒を取り出した。
噛まれなかった。
ミクは蓋を閉じ、かたん、と鳴る。
「今のは警報ですか」
「我慢だろう」
「我慢で鳴らないでください」
午後には、不正開封訓練を行った。
リィナが申請なしで近づく。
ミクは鳴らない。
リィナが蓋へ手をかける。
ミクは鳴らない。
リィナが蓋を少し持ち上げる。
がたん。
鳴った。
「噛んでいないのは合格だ。だが、鳴るのが遅い。手をかけた時点で鳴れ」
「開ける前」
「そうだ。開けてからでは遅い。噛む前でも遅い」
ミクはしばらく黙った。
それから、蓋を閉じたまま、かたん、と鳴った。
「今のは」
「練習だな」
「よし」
バルドが通路整理の途中で見に来た。
巨大なミノタウロスが、手持ち看板を持ったまま保管庫前に立つ。宝箱とミノタウロス。どう見ても罠部屋だった。
「不正開封者を止めますか」
「今日は止めなくていい。鳴ったらリィナを呼べ」
「倒さない」
「倒さない」
リィナが俺の袖を引いた。
「局長、連携すると防犯力は上がります」
「上がるな」
「同時に、職員の精神的な通行難度も上がります」
「配置距離を調整する」
「宝箱とミノタウロスが並ぶ職場、普通に怖いです」
「普通の職場ではない」
夕方、ミクの業務報告書が提出された。
提出された、というより、ミクの蓋に挟まっていた紙をリィナが木ばさみで抜いた。
字は、リィナの代筆である。本人、いや本箱は署名欄だけ歯形をつけていた。
俺は採用経過欄へ印を押した。
仮採用継続。
ミクが、かたん、と鳴った。
今日は警報ではない。たぶん返事だ。
「明日も保管庫前だ。警報を早めろ。紙を湿らせるな」
「努力する」
「努力ではなく乾け。リィナ、乾燥剤を手配しろ」
「宝箱に乾燥剤を入れる日が来るとは思いませんでした」
「人事記録が湿るよりましだ」
保管庫前で、ミクは静かに蓋を閉じた。
番号札ではなく、表示板を挟んでいる。
『重要物品保管箱 仮採用中』
『開封申請は受付へ』
『手を入れる前に、人生を見直してください』
「リィナ。最後の貼り紙は何だ」
「職員向け注意喚起です」
「少し強い」
「ミクさんより弱いです」
その日の夜、魔物職業安定所に一枚の業務報告書が届いた。
【業務報告書】
配属者:ミク
配属先:書類保管庫前
雇用形態:試用一日目
担当業務:重要書類保管、正規開封対応、不正開封警報、内容物保持
保管物:人事記録写し一通、小麦受領票一通、薬草在庫票一通
開閉回数:正規開封三回、不正開封訓練二回
警報回数:三回
噛みつき回数:零回
誤食:零回
湿り気:ややあり
破損物:木ばさみの先端に歯形
良好点:長時間待機、内容物保持、正規開封時の封筒返却
注意点:警報が遅い。紙に匂いがあると食べ物と誤認しやすい。湿り気あり
改善案:手をかけられた時点で鳴る。封筒は噛まずに挟む。私物を中に戻さない。乾燥剤を入れる
備考:噛まない宝箱も、宝箱
所見:明日も出勤を許可。重要物品保管箱として試用継続




