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ダンジョンにハローワークを開いたら魔物が面接に来た  作者: あゆと


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13/20

ミミック(前職:偽装宝箱)

「前職は?」

「偽装宝箱」

「貴重品保管および不正開封対応経験あり、と」


俺が面接記録にそう書き込むと、補佐のリィナは受付机の前に置かれた宝箱を見下ろした。

昨日から入口の横に置かれていた宝箱である。木目は古い。金具は鈍く光り、蓋の隙間からは何も見えない。ただ、番号札だけはしっかり挟んでいる。

履歴書は出ていない。

本人確認も難しい。

そもそも、本人がどこからどこまでなのか分かりにくい。

「局長。不正開封対応というのは」

「手を入れた者への反応だ」

「反応の方法が、たぶん噛みつきですよね」

「対応方法が過剰だった。そこを研修する」

リィナは宝箱へ丁寧に声をかけた。

「お名前を確認したいので、可能な範囲で、蓋を少しだけ開けていただけますか」

宝箱は、かたん、と小さく鳴った。

拒否らしい。

待合室にいた魔物たちが、少しずつ距離を取った。通路整理係のミノタウロス、バルドだけが手持ち看板を持ったまま宝箱を見下ろしている。

「こちらです」

「バルド、案内しなくていい。宝箱は動かないものが多いが、今回はその前提を信用しすぎるな」

俺は受付机から長い木の棒を取った。職安備品である。用途欄には「届かない書類を引き寄せるため」と書いてあるが、実際にはよく分からない応募者を確認する時にも使われる。

「局長、それで開けるんですか」

「開けない。噛まれない範囲で反応を見る」

宝箱の正面に立ち、棒の先で蓋を軽く叩いた。

こん。

宝箱は動かない。

二度目も動かない。

三度目で、蓋がほんの少しだけ開いた。

内側に、歯があった。

リィナが無言で一歩下がった。バルドが手持ち看板を構える。構えるものではない。

俺が棒を引くと、宝箱の蓋が、がちん、と閉じた。

「ミミックですね」

「ミミックだな。宝箱ではないが、応募者ではある」

宝箱、いやミミックは、かたん、と鳴った。

どうやら否定ではない。


箱の内側から、低い声が響いた。

「……ミク」

名乗ったらしい。

どこを見て話せばいいのか分かりにくいが、俺は蓋の金具あたりへ視線を置いた。

「ミク。第七迷宮の偽宝物庫で働いていた、という理解でいいな」

「八年」

「業務内容をまとめろ」

「待つ。宝箱のふりをする。開けられる。手が入る。噛む。閉じる。残った物を中に入れる」

リィナが顔をしかめた。

「局長、最後がだいぶ不穏です」

「後で確認する」

俺は面接記録へ書き込む。

長時間待機。偽装保管。開閉管理。収納物保持。貴重品識別。不正開封時の即応性。噛み癖、要矯正。

「噛み癖と書くと、犬みたいです」

「噛み癖だ。犬より危険だから太字にした」

ミクの金具が、かすかに鳴った。

緊張しているらしい。分かりにくいが。

「開閉回数は」

「平均、三回。勇者候補試験は、多い。二十七回」

「二十七回すべて噛んだわけではないな」

「二十六回」

「残り一回は」

「鍵を開けられなかった」

リィナが眉を寄せた。

「今の、どう処理します?」

「開錠耐性あり。開けにくい箱は、保管業務で価値がある」

「人を噛む箱ですよ」

「人を噛まない研修をする。どうにもならなければ採用しない」

ミクはしばらく沈黙した。

蓋の隙間が、ほんの少しだけ狭くなる。

「希望職種は、宝箱のままか」

「宝箱」

「できることは、待つ、閉じる、開く、隠す、噛む。最後は外す」

「困る。噛まないと、空っぽだとばれる」

リィナが少しだけ黙った。

ミミックにとって、噛むことは攻撃である前に、仕事だったのだろう。もちろん、噛まれる側には関係ない。


「中身はあるのか」

俺が聞くと、ミクは長く動かなかった。

それから、蓋を少しだけ開けた。

中には、古い銀貨が三枚、割れた指輪、錆びた短剣、誰かの折れた鍵、名前の削れた小札、湿った布が入っていた。

宝物庫と呼ぶには少ない。罠と言い切るには、湿った布が妙に生活に近かった。

「拾った物か」

「残った物」

「何が残した」

「持ち主」

「その言い方は採用後に矯正する」

「考える」

リィナは、それ以上やさしい顔をしなかった。

ミクは宝箱に化けて、開けた者を噛んできた魔物だ。だが、八年も偽宝物庫に置かれていたなら、開ける者も、開けられない日も、置き去りにされた物も見てきた。


俺は木の棒を机へ戻し、面接記録の余白を開ける。

「第七迷宮は閉じたのか」

「閉じた。宝物庫に、誰も来なくなった」

「ここへはどう来た」

「逃げるゴブリンが、運んだ。落とされたら置いていかれるから、開いた。でも、噛まなかった」

「番号札を挟んだのは」

「待つ場所だと聞いた」

リィナが、番号札を見直した。

確かに、箱の前金具に器用に挟まれている。手はない。だが、待つ場所と順番は守っていた。

「開ける者がいない宝箱は」

ミクの蓋が、かすかに沈む。

「ただの箱」


俺は求人棚から一枚抜いた。

「これだ」

リィナが受け取り、読み上げる。

職種、重要物品保管箱。業務内容、鍵付き書類の保管、夜間の不正開封検知、盗難時の警報、運搬時の内容物保持。歓迎経験、長時間待機、開閉管理、偽装、貴重品保持、侵入者対応。注意事項、職員を噛まない。申請者を噛まない。中身を勝手に消化しない。警報は鳴らすだけにする。

リィナは最後まで読み、求人票を見直した。

「警報は鳴らすだけにする、とは」

「噛むなという意味だ」

「上にも書いてあります」

「二回書くほど重要だ」

ミクは求人票を見ている。

たぶん見ている。目は見えないが、蓋の角度がそう言っている。

俺は説明をまとめた。

「箱のまま働ける。正規の鍵なら開く。不正に開けられたら音を鳴らす。中身は守る。噛まない。少しもだ」

ミクは、かたん、と鳴った。

小さい。

次は、がたん。

三度目は、ガタン。

「警報としては弱いが、初日はそれでいい」

バルドが横から低く言った。

「私が立てば、盗まれません」

「誰も近づかなくなる。業務が止まる」

「よい保管では」

「過剰だ」

リィナが、警報欄に小さく追記した。

必要時、通路整理係と連携。ただし常時配置は不可。

「ミミックとミノタウロスの連携、絵面がもう罠部屋です」

「重要物品保管には向いている」

「職安の奥に置いたら、誰も申請書を取りに来なくなります」

「置き場所は考える」


俺はミクに向き直る。

「試用期間は三日。初日は書類保管庫の夜間警報だ。中身は人事書類。食べるな。湿らせるな。正規の鍵なら開ける。不正なら鳴る。噛まない」

ミクは沈黙した。

待つことは得意なはずなのに、今だけは箱の金具が小さく震えている。

「噛まない宝箱は、役に立つ?」

「役に立つ。空っぽなら、これから中身を預ける」

俺は求人票を指で押さえた。


「奪う者を待つのではなく、預けられた物を守る仕事だ」


ミクの蓋が、ゆっくり閉じた。

それから、かたん、と鳴る。

「守る」

「そうだ」

「宝箱みたい」

「宝箱だからな」

リィナが小さく言った。

「局長、それは翻訳じゃなくて原点回帰では」

「職務経歴の再定義だ」

「便利な言葉ですね」

「職安ではよく使う」


俺は仮採用通知を厚紙で出した。

ミクは受け取れない。手がない。仕方ないので蓋の隙間に挟む。噛まれない角度を選ぶのも、職安業務の一部である。

「明日、保管庫前に配置する。すでに待機能力は基準を満たしている。昨日の朝から待っていたからな」

「もう、いる」

「遅刻はなさそうだ」

リィナは、仮採用通知を挟んだミクを見て、ようやく少し肩の力を抜いた。

「履歴書はどうしますか」

「こちらで代筆する」

「噛まないなら、書けない。前は、手を入れた者が勝手に書いてくれた」

リィナが固まった。

俺は面接記録の余白に、ひとつだけ線を引いた。

履歴書代筆、必須。

ミクが、かたん、と満足げに鳴った。

保管庫行きの仮採用通知を挟んだ宝箱は、入口横でまた静かに待機を始める。昨日までと違うのは、番号札ではなく通知書を挟んでいることだ。


そして待合室の外から、甘ったるい香水の匂いが流れ込んできた。

リィナが鼻を押さえる。

「次の方、香りが強いですね」

「履歴書を確認しろ」

「前職欄が……誘惑担当、士気低下工作、夜間接触任務」

「サキュバスか」

「希望職種は、受付です」

俺は、そっと受付机の上の書類を裏返した。

「まず、服装規定から面接する」

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