表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンにハローワークを開いたら魔物が面接に来た  作者: あゆと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/12

業務報告書 ミノタウロス(仮採用一日目)

 大型区画の通路整理係に、ミノタウロスを置いた。


 結果から言う。

 通路は、過去最高に静かだった。


 静かすぎる、とリィナは言った。

 食堂前通路で小走りになるインプがいない。荷車の前へ飛び出すゴブリンもいない。スライムは壁際で幅を縮め、オークは荷物を抱え直してから曲がり角へ入る。


 ただし、全員が一度止まる。


 理由は明白だった。

 ミノタウロスのバルドが、手持ち看板を持って立っているからである。


 看板には、アーベルが書いた。


『こちらです』


 ただそれだけの看板である。


 だが、それを持っているのが、片目に傷のある巨体のミノタウロスだった。角は天井梁すれすれ、肩幅は通路の半分、鼻息だけで軽い伝票が揺れる。

 案内というより、降伏勧告に見えた。


「こちらです」


 声量は、昨日より落ちている。

 それでも、食堂へ向かうインプ三匹が同時に背筋を伸ばした。


「ありがとうございます! 食堂へ急ぎます! 逆走しません!」


 誰も逆走の話はしていない。


 バルドは真面目に頷いた。


「よい通行です」


 インプたちは、通路の右側をきれいに一列で進んだ。走らない。押さない。曲がり角では減速する。

 食堂前で昨日まで毎回起きていた衝突事故が、今日は一度も起きていない。


「局長。効果はあります」

「なら問題ない」

「問題が、効果と同じ顔をしています」


 リィナの視線の先で、バルドは次の通行者へ手持ち看板を向けていた。


 そこへ、小麦袋を積んだ荷車が来た。


 食堂の仕込み用だ。小麦袋は十二。荷車を押しているゴブリン二匹は、採用されたばかりの仮作業員である。二匹とも、バルドを見た瞬間に止まった。


 右から食堂へ向かうインプ。左から戻ってくるスライム。奥には空の木箱を抱えたオーク。曲がり角の向こうからは、何かが転がる音もする。

 普通なら混ざる。混ざると詰まる。詰まると小麦袋が落ちる。


 バルドは手持ち看板を横へ向けた。


「荷車を先に通す。歩行者は壁側。スライムは、広がるな」


 スライムがきゅっと縮んだ。

 オークは木箱を胸に抱え直した。

 ゴブリン二匹は顔を見合わせ、荷車をゆっくり押した。


 小麦袋は落ちなかった。


 アーベルは手元の確認票に丸をつける。

 通路整理、適性あり。

 大型荷物通行時の判断、良好。

 声量、要継続調整。


「迷宮番人は、通路の詰まりを見慣れている」

「詰まったら倒していた方ですよね」

「今日は倒していない」

「成長基準が物騒です」


 問題は、その十分後に起きた。


 迷子である。


 診療所へ行くはずのコボルトの子が、食堂前で固まっていた。手には診療券。耳は伏せている。案内板を見ているが、文字が多すぎて読めていない顔だった。

 バルドが気づく。


「迷子か」


 子コボルトは跳ねた。


「違います! 少しだけ、目的地が逃げました!」


 目的地は逃げない。

 ただ、その気持ちは少し分かる。


 バルドが一歩近づいた。

 子コボルトが一歩下がった。


 リィナがアーベルの袖をつかむ。


「局長、近いです」

「近いな」

「止めないんですか」

「止める前に、学習するか見る」


 バルドは子コボルトをじっと見た。

 その顔に、昨日の面接で見た迷いが浮かぶ。広場に道が五つあると言っていた顔だ。道を知らない者の足音は遅くなる、と言っていた顔でもある。


 バルドは二歩下がった。


「こちらです」


 声は低い。

 だが、今度は通路の奥ではなく、案内所くらいの声だった。


 子コボルトの耳が少し上がった。


「倒さない?」

「迷子は倒さない。研修で、そうなった」


 子コボルトは診療券を握りしめたまま、そろそろと歩き出した。

 バルドは先に立たない。横にも立たない。三歩前を歩き、曲がり角ごとに止まり、手持ち看板を見せる。


『こちらです』


 手持ち看板は、少し曲がっていた。

 角で一度こすったらしい。


 それでも、子コボルトは診療所の前までたどり着いた。扉の前で振り返る。


「ありがとう、ございました」

「次は案内板を見ろ」

「文字が多いです」

「分かる」


 バルドは深く頷いた。

 そこは共感するのか。


 夕方、仮採用一日目の業務報告書が提出された。


 紙は厚紙だった。

 字は大きい。筆圧も強い。何度か紙を貫きかけた跡がある。リィナが両手で持ち、アーベルの机に置いた。


 アーベルは報告書に目を通した。

 リィナは横から覗き込み、最後の行で手を止める。


「局長。備考が強いです」

「大事なことだ」

「大事ですけど、業務報告書に書くと圧があります」

「書けるなら守れる」


 アーベルは採用経過欄へ印を押した。


 その日の夜、魔物職業安定所に一枚の業務報告書が届いた。


【業務報告書】

配属者:バルド

配属先:大型区画の通路整理係

雇用形態:試用一日目

担当業務:通行整理、荷車誘導、迷子誘導、危険箇所前の立哨

勤務区画:食堂前通路、診療所前通路、倉庫搬入口

対応件数:通行整理二十六件、荷車誘導四件、迷子一件、逆走防止三件

良好点:大型荷物通行時の判断、危険箇所前の停止指示、迷子誘導

注意点:声量、接近距離、角の接触確認

破損物:手持ち看板一枚、案内板の角少し、天井梁に擦過跡

未破損:玄関、荷車、小麦袋、迷子

改善案:曲がる前に角の位置を確認する。手持ち看板をもう少し大きくする。声を案内所にする

備考:迷子は倒さない。本人より「案内板は文字が多い」と申告あり

所見:明日も出勤を許可。本人用の大きな手持ち看板を作成予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ