表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンにハローワークを開いたら魔物が面接に来た  作者: あゆと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/12

ミノタウロス(前職:迷宮番人)

006 ミノタウロス(前職:迷宮番人)


「前職は?」

「迷宮番人です」

「通路封鎖および危険区域管理経験あり、と」


 アーベルが大型履歴書にそう書き込むと、補佐のリィナは玄関と応募者を交互に見た。


 大型履歴書。

 ミノタウロス用の厚紙である。

 普通の紙では指で裂ける。


 その厚紙を、バルドという名のミノタウロスは、分厚い指で慎重に押さえていた。片目に古い傷があり、首は丸太のように太い。鼻息だけで机の紙が揺れるが、本人はいたって真面目な顔をしている。


 ただし、面接開始までに少し時間がかかった。


 玄関の扉の枠いっぱいに、巨大な角が引っかかったからである。


 リィナは受付机から身を乗り出し、角の向きを指示していた。


「少し斜めにしてください。いえ、逆です。反対側です」

「反対にすると、壁に刺さります」

「刺さない方向でお願いします」

「努力します」

「努力ではなく、角度で守ってください」


 玄関の向こうで、しばらく沈黙があった。

 巨大な角が、壁に刺さらない方へゆっくり倒れる。


 アーベルは机の上の書類を横へ避けた。椅子を出すか一瞬だけ考えたが、考えるまでもなかった。


「リィナ。面接室は使わない。待合の端でやる。椅子も出すな」

「壊れますものね。床敷きを持ってきます」


 リィナは判断が早かった。大型魔物用の厚手の床敷きを広げ、椅子の命を守った。

 玄関の向こうで、バルドは慎重に身をかがめる。片角を先に入れ、頭、肩、背中の順に通し、最後にどう見ても扉幅より太い腰がゆっくり入ってきた。


 待合の魔物たちが自然に道を開ける。

 オークのボルガでさえ一歩引いた。


 そしてようやく、冒頭の質問へ戻ったのである。


 前職は、迷宮番人。

 アーベルはもう一度、その文字を見た。


「担当していた迷宮は」

「第六迷宮、牛頭回廊です。十二年、奥の通路にいました」

「業務内容をまとめて説明しろ」

「迷宮の奥で待ち、侵入者が来たら道を塞ぎます。罠の手前、狭い通路、血溜まりの間へ続く分岐で止めます。斧を構え、必要なら倒します。逃げる者は追い返します」


 リィナが渋い顔をした。


「局長。いま、必要なら倒しますとおっしゃいました」

「警備職では過剰対応だ。研修対象にする」

「研修で抜けるんですか」

「抜けなければ配置しない。そこは包まない」


 アーベルは履歴書へ職務経歴を書き足していく。


 迷宮構造把握。

 足音による位置把握。

 罠、狭路、危険区域の判別。

 通路封鎖経験。

 長時間待機耐性。

 侵入者対応。

 大型装備保持。


 リィナが横から覗き込んだ。


「すごくまともな職務経歴になっています。倒しますがなければ、ですが」

「実際、かなり優秀だ。倒しますは研修で抜く」


 バルドの耳が、わずかに動いた。


「優秀、ですか」


 その声は、玄関を塞いでいた時よりずっと小さかった。

 アーベルは履歴書から目を上げる。


「十二年、迷宮の奥を任されていた。奥にいる者がいなければ、迷宮は奥まで来られる。ただ立っていたのではない」

「……そう、ですか」


 待合室の端で、ハーピーのフレアが小さく頷いた。上から見る者には、通路を塞ぐ者の価値が少し分かるらしい。

 バルドは口を閉じた。大きな体が、少しだけ動かなくなる。


 アーベルが牛頭回廊の現状を尋ねると、バルドの大きな手が履歴書の端を押した。

 厚紙が、ほんの少しへこむ。


「閉じました。魔王軍解散のあと、人間の斥候が外門まで来ました。少しだけ戦いましたが、入口を守っても、奥にはもう誰もいませんでした」


 リィナは羽ペンを止めた。


 迷宮番人。

 それは、迷宮があるから成り立つ仕事だ。侵入者が来るから立ち、奥があるから塞ぐ。守る奥が消えた番人は、ただ大きな体と斧の扱いだけを持て余す。


 バルドは淡々と続けた。


「罠の音も、曲がり角の匂いも、血溜まりの間までの歩数も覚えています。でも、守る奥がありません。最後は、封鎖石を落として、裏道から出ました」


 待合室の空気が、少しだけ重くなった。

 だが、バルドは泣き言を言っている顔ではなかった。終わった通路を、終わった通りに報告している顔だった。


「逃げたと思っているのか」

「番人が入口を捨てました」


 バルドの声は低かった。責めてほしいわけではない。ただ、そう分類するしかない顔だった。


「奥を空にして入口を閉じたなら、撤収だ。守る奥がない通路に立ち続けても、腹は膨れない」

「撤収……腹は、減ります」


 その言葉だけ、妙に正直だった。


「なら、次の仕事を探す」


 アーベルは黒い羽ペンを持ち直した。

 赤では書かない。これは不採用通知ではない。


「道順は覚えていたか」

「全部覚えています。第一分岐から血溜まりの間までなら、目を閉じても歩けます。床石の音で罠の場所も分かります。侵入者の位置は足音と匂いで分かります。迷った者は、足音が遅くなります」


 迷子はよく出たらしい。

 そして、バルドはそれを案内したことがなかった。


「追い返していました。番人なので」


 リィナがアーベルを見た。顔に「まあ、そうでしょうね」と書いてある。


「番人は道を知っている。道を知っている者は、案内もできる」

「……案内」


 バルドは、その発想がなかったという顔をした。

 リィナも似た顔をしている。


 リィナはバルドの角、肩幅、床敷きの沈み具合を順番に見た。


「局長、迷宮番人を案内係にするには、少し圧が強すぎませんか」

「迷子は減る」

「迷子は減るでしょうね。逆走する勇気も一緒に減ります」


 アーベルは希望職種欄を見た。

 そこには大きな字でこう書かれている。


 迷わない仕事。


 リィナが声に出さないよう努力していた。努力が顔に出ている。


「迷わない仕事」

「そうです。迷宮の外は、道が多すぎます」


 バルドは真剣だった。


「右へ行けと言われたら右へ行けます。左へ行けと言われたら左へ行けます。しかし、広場に出ると道が五つあります。標識もあります。矢印もあります。売店もあります。匂いもします」

「情報量が多いんですね」

「多いです。迷宮は親切でした。道が狭いので」


 リィナが額を押さえた。


「迷宮を親切と評価する方、初めて見ました」

「迷宮はいい職場でした。侵入者も、だいたい前から来ました」

「横や後ろから来る場合は」

「怒ります」

「怒るだけで済みましたか」

「済みませんでした」

「だろうな」


 アーベルは求人棚を確認した。

 配送ではない。警備だけでも惜しい。案内だけだと圧が強い。バルドの適性は、通路を知り、危険を見つけ、必要な時だけ止めることだ。


 アーベルは一枚の求人票を抜いた。


「これだ」


 リィナが受け取り、読み上げる。


 職種:大型区画の通路整理係。

 業務内容:搬入経路の確認、通行止め案内、迷子誘導、危険区域前の立哨。

 歓迎経験:迷宮勤務、通路把握、長時間待機、危険察知、威圧感。

 注意事項:迷子を倒さない。通行者を追い返しすぎない。角で案内板を壊さない。


 リィナが最後の行でアーベルを見た。


「角で案内板を壊さない」

「現時点で必要だ」

「玄関で既に適性検査が終わっていますね」

「壊していない。合格だ」


 バルドは求人票を両手で持った。紙が小さく見える。


「通路整理係」

「迷う者に道を示す仕事だ。危ない場所へ行こうとする者は止める。荷物が通る時は道を空ける。迷子は案内板まで連れていく」


 バルドは少し考え込んだ。


「斧は」

「置いていけ。代わりに『こちらです』と書いた手持ち看板を持て」

「看板で、止まりますか」


 待合の魔物たちが、全員無言で頷いた。

 バルドはそれに気づき、少しだけ困った顔をした。


「怖がらせたいわけではありません」

「なら声量を落とせ。案内は威圧ではなく、聞こえるだけでいい」


 バルドは胸に手を当て、ゆっくり息を吸った。


「こちらです」


 床が少し震えた。

 リィナは首を振る。


「まだ迷宮の奥です。もう少し入口へ寄せてください」


 二度目は、鼻息が少し減った。

 三度目で、ようやく待合の紙が揺れなくなる。


「案内所くらいです」

「では、それで」


 バルドは真面目に頷いた。

 アーベルは仮採用通知を出す。厚紙だ。薄い紙では、本人が緊張しただけで折れる。


「試用期間は三日。初日は大型区画の低速巡回、通行止め看板の持ち方、迷子誘導、角の接触確認だ。通る前に角を確認しろ。迷子に近づきすぎるな。後ろに十二年迷宮の奥にいた番人が立っていたら、普通は逃げる」


 バルドは深く頷いた。

 理解は早い。問題は、理解したあとにどちらへ進むかだった。


「方向だけが多いです」

「そこは研修だ」


 バルドは仮採用通知を見た。太い指が、紙の端を慎重に持っている。

 死亡届でも、討伐命令でも、再招集状でもない。

 ただの仮採用通知だ。


「私は、これまで道を塞いでいました」

「そうだな」

「最後は、逃がすために塞ぎました」

「なら、塞ぐ意味は分かっている」

「今度は、道を教えるんですね」

「そうなる」

「迷宮の外にも、道を知る仕事があるなら、やってみます」


「その経歴なら、就職可能です」


 バルドの鼻息が止まった。

 待合室が、一瞬だけ静かになる。本人は泣いていない。泣いていないが、通知書の端を持つ指に、やけに慎重な力が入っていた。


「明日も来いと言われるまでが仕事だ」

「承知しました」


 バルドは立ち上がった。

 玄関へ向かう。そこで一度止まる。角を斜めにする。反対ではない。壁に刺さらない方だ。

 待合の魔物たちが、少しだけ感心した顔をした。


「局長。もう改善しています」

「玄関を壊さなかった。大きな成果だ」


 バルドは外へ出る直前、振り返った。


「局長。帰り道は、どちらですか」


 リィナが口を押さえた。

 アーベルは案内板を指差した。


「まず、案内板を読め」

「情報が多いです」

「そこから研修だ」

「承知しました」


 ミノタウロスは、求人票と仮採用通知を持って、案内板の前に立ち続けた。通行人が来るたび、彼は少しだけ体を横へずらし、角が当たらないか確認している。


 その横で、次の応募者が自分の順番を待っていた。


 宝箱だった。


 入口の横に、朝から置かれている。誰かの忘れ物だと思っていたが、よく見ると番号札を挟んでいる。口の位置が採用手続き上とても面倒だ。


 リィナが、入口横の宝箱を見て、ゆっくりアーベルへ視線を戻した。


「あの宝箱、応募者ですか。朝からずっといましたよね」

「番号札を持っている。待機能力は高そうだ」

「履歴書、書けますか」

「そこから面接だ」


 宝箱が、かたん、と小さく鳴った。


 どうやら次も、前職確認から難しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ