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「それで? 言い付け一つ守れないレイラの、言い訳とも言えないであろう言い訳を、どうかこの俺に教えていただけますか?」
そしてわたしは、ジオ…エリオン殿下に無理矢理連れて来られた王宮の一室で。
笑いながら凄まじい圧を放っている殿下の、真向かいのソファに座り。
震える手で紅茶をいただいていた。
多分すごく高級なお茶なんだろうけど、全く味がしない。
それになぜだろう、背筋がぞくぞくする。
つい先ほどまでは。
お兄様との別れが悲しすぎて、それはそれは大泣きしてしまったわたしを慰めてくれていたのに。
「あなたに泣かれると、どうしたらいいかわからなくなるといったでしょう」とか「望むものは全て取り揃えますので、泣き止んでください」とか言って、物凄く優しくしてくれたのに。
なのに今のジオエリオン殿下からは、優しさなど一切感じず、ただただ数時間ほど前に感じていた死の恐怖と、似た恐さを感じる。
わたしが死ぬ未来は無事回避できたはずなのに……おかしい。
「おや、だんまりですか? いいですよ、レイラが話したくなるまでいつまでも待ちますよ。 俺は基本、お嫁さんには優しくするつもりですので」
言いながらとても美しい所作でお茶を飲んでいる姿を見ると、本当にジオは王子様だったんだなと痛感する。
仕事の覚えが早かったはずだ。
侍従としての仕事はともかく、貴族のマナーや所作などは、とっくに習得済みだったんだろうから。
そこまで考えて、はたと思い至った。
ジオがジオエリオン殿下であるなら、わたしは非常にやばいことをしてしまったのでは?
第一王子殿下を三ヶ月にわたって私邸に軟禁し、労働まで強いて。
誘拐罪、国家反逆罪、それに勿論不敬罪も適応されるだろうし。
あ、そういえばさっきからジオエリオン殿下がわたしのこと「お嫁さん」とかありえない呼び方をしているから。
誘惑罪?とかも付け足されたりするのかな。
あ、わたしの人生終了したわ。
「せめてわたし一人の命でなんとかしてくれな……して頂けませんか……」
思わずボソリと呟けば、「は?」とジオエリオン殿下に怪訝な顔を向けられる。
「わたし、誘拐罪と国家反逆罪、それに誘惑罪で、死刑確定、ですよね?」
せっかくお兄様が助けてくれたのに、どうあってもわたしの死亡は回避できないらしい。
でも罪はわたし一人で背負うので、お父様は助けてほしい。
モンロー公爵家も、使用人も助けてほしい。
後できれば処刑は、非公開で。
方法も、なるべく痛くない方法でお願いします、等など。
思いついたことを次々と口にすれば、「あなたは本当に馬鹿なのですか」と物凄く嫌そうな顔で怒られた。
「何故俺が、自分の大事な奥様を処刑しなければいけないのですか」
「勝手に死ぬなんて許さないといいましたよね」とジオエリオン殿下は不機嫌そうな顔をわたしに向ける。
「いや、でも…その大事な奥様っていうのもどういうことかなぁ、と…」
「俺と婚約を結び直す、って約束しましたよね?」
「まさか本当に記憶に問題があるのですか?」と本気で驚いているジオエリオン殿下に、わたしこそ驚いてしまう。
「いや、覚えてる……覚えてます、けど。 あんな口約束は、無効、ですよね?」
そもそも一国の王子の婚約が、あんなに簡単に決まっていいものではないはずだ。
ジオエリオン殿下も、わたしを慰めるためについ言ってしまって、引っ込みがつかないだけだろうし。
そもそもまだ正式に書類を交わしたわけじゃない。
だったらわたしが気を利かせて先に「冗談だったんですよね、わかってますよ」と言おうとしたんだけど。
「は?」
向かいから聞こえてきた凄まじく低い声に、ビクリと体が跳ね上がった。
「つまりあなたは、俺とは結婚したくない、と。 そういうことですか?」
「え…? いえ、あの……」
「……結局お嬢様は俺の体目当て、だったんですか?」
わたしを見つめていた黄金色の瞳が、揺れたような気がして。
っていうか体なんて一度も触らせてもらってないわよ、と思いつつもわたしは「違うわ」と声を上げていた。
「わたしは、ジオが大切よ! ジオが行方不明って知らせを受けて。 うっかり自分の死亡宣告を忘れて、屋敷から飛び出しちゃうくらいには大切なの!」
「は? 行方不明?」
「だってしょうがないじゃない? あなたまでいなくなってしまうかも、と思ったら、いてもたってもいられなくなってしまったんだから」
「……………」
おそらく真っ赤になっているであろうわたしの顔を、ジオエリオン殿下はまじまじと数秒見つめて。
「行方不明、ですか? いえ、俺はあなたの嫁入りに向けて、邪魔になるものを排除しに、実家に帰っていただけです。 公爵にもそう伝えていたはずなのですが」
何か行き違いでもあったようですね、とジオエリオン殿下は考え込んでいる。
ってちょっとまってよ。
「邪魔になるものを排除しに」って殿下の言葉も怖いけど。
それよりももっと恐ろしい言葉が今、出てきたわよ。
行き違い?
じゃあ、ジオは行方不明でもなんでもなかったってこと?(さっきの話から察するに、確かにセシルに絡まれはしたみたいだけど)
一歩間違えればわたしは死んでいたのに?
そんなマヌケな死に方ってないわぁと戦慄していたら。
何事かをじっと考え込んでいたジオエリオン殿下が、ふいに「つまり」と声を上げた。
「つまり、レイラは俺のことが好き、ということですよね?」
先程までの不機嫌さはどこへやら。
ぱぁっとそれはそれは嬉しそうに顔を綻ばせた殿下に、いやいや、どうしてそういう結論に至ったんだと頭を抱えてしまう。
「先程のお嬢様のお話では、俺がいなくなって、心配して無我夢中で屋敷から飛び出してしまった、ということですよね?」
「う…まあ…」
第一王子殿下が、「お嬢さま」なんて呼ばないで、と心の中で思ったけれど。
余りの勢いに、どうにも訂正するタイミングが掴めない。
「結論的にいえば、俺のことがそれほどに好き、つまり愛している、ということですよね?」
どこまで飛躍するんだと思いつつ。
あきれ顔でジオエリオン殿下の顔を見れば。
期待のこもったキラキラとした目を向けられた。
非常に、かわいい。
先ほど「黙らせろ」とか「始末してきた」とか、物騒なことを言っていた人物と、同一とはとても思えない。
「お返事をお聞かせ願えますか、お、じょ、お、さ、ま」
ニッコリと嬉しそうに笑い、首を右にコテンと傾けた殿下は本当にかわいい。
うっかり「うん」っていいそうになるけど、理性がそれを止める。
ジオ…じゃない、ジオエリオン殿下と婚約する、ということは、わたしは未来の王妃になるわけで。
そんなの面倒な予感しかしない。
そもそも。
「そもそもジオ……エリオン殿下こそ、わたしのこと好き、なのですか?」
どうせいつもの塩対応で、『俺に好かれているなんてどうして思えたのでしょう』とか『レイラは本当に残念な思考回路をお持ちですね』とか言うんだろうと思って問い掛けたのに。
「好きですよ? あなたの婚約を阻止するために、かわいくて可愛そうな美少年を装って屋敷に潜入するくらいには、ね」
「んな?」
あえなく自爆した。
い、今ジオがわたしのこと好きって言った?
っていうか、今。
「わたしの婚約を阻止するために来たって、って言いました!?」
「言いましたね」
「そ、それはつまり……」
「言葉のままの意味ですが?」
「えっと、それってつまり……」
話をきくに。
ジオエリオン殿下はわたしにずっと思いを寄せてくれていて(大変失礼ながら全く覚えていないけど、会話も数回交わした事があるらしい)。
わたしがどこの馬の骨とも知れない男にプロポーズされそうだ、という情報を手に入れ、慌てて離宮から出てきてみたけれど(離宮で側妃さまに抵抗できるだけの勢力を内密に集めていたのだとか)もうわたしはプロポーズを受けてしまった後で。
仕方なく、婚約解消を目的に、かわいくて可愛そうな美少年を装って屋敷の中に潜伏したのだとか。
勿論相手があなたをちゃんと大切にする男だったなら、身を引くつもりでしたよ、とジオエリオン殿下は笑っている。
そしてなんとジオの目的も正体も、お父様は最初からご存知だったらしい。
そういえば、ジオを連れ帰ったときのお父様の顔、ずいぶんと引き攣っていたものね。
「ああ、王家に嫁入りするのが大変でしたら、俺が公爵家に婿入りしますよ。
おかげさまで公爵家の内情は済みから済みまで把握しておりますし、使用人との仲も至極良好ですので」
ええ、そうですよね。
三ヶ月も侍従として働かせてしまいましたからね。
ないわぁ、王子様を侍従って、と己のやらかしを歎いていると。
「ねえ、レイラ」と、とても穏やかな声で名前呼ばれた。
黄金の瞳が、わたしをまっすぐ見つめたまま柔らかく細められる。
ジオは何も言っていないのに、あまりにも優しくわたしをみつめるその瞳が「好きだよ」と言っているようで、なんだか落ち着かない。
「俺を拾ってくれたのはレイラですから、最後までちゃんと面倒見てくださいね」
「ね?」と。
今度は左に首を傾けてこちらを見上げるジオは、本当に天使のようにかわいいと思う。
そして。
「ああ、それから俺を三ヶ月もこき使った分のこれは一生をかけて払ってくださいね」
こ、れと嬉しそうに右手の親指と人差し指を擦り合わせるジオは、悪魔のようだと思う。
「大丈夫です、一生隣で笑っていてくれるだけでいいですから」
「勿論そのための努力は精一杯致します、夫として」と。
わたしを見据えたままニッコリと微笑んだ殿下を見て。
ああ、これはもう逃げられないなと、わたしは覚悟を決めたのだった。
そうしてジオエリオン殿下の熱烈をプロポーズをうけてから早半年。
良く晴れた春の日の今日、わたしは殿下と婚姻を結ぶ。
髪を綺麗に結い上げてもらい、頭には代々王太子妃がつけるティアラをつけて。
殿下に選んでもらった純白のドレスを身に纏い、薄くお化粧をほどこしたわたしは、自分で言うのもなんだけどすごく綺麗だと思う。
準備が終わったことを、侍女が知らせに行ってくれたから。
すぐにジオエリオン殿下が、わたしを迎えに来てくれるはずだ。
「お兄様にも……見ていただきたかったな…」
開け放たれた窓から入ってくる優しい風が、白いカーテンを揺らすのをぼんやりと見つめながら。
わたしは一人、呟いた。
あれほど瀕回に届いていたお兄様──『死神 太郎』からの手紙は、あれ以来一度も届いていない。
駄目元で、手紙にかかれていた住所に何度も手紙を書いて出しては見たけれど、その度に手紙はわたしの元に送り返されてきた。
きっとわたしの元に『死神 太郎』から手紙が届くことは、もう二度とないのだろう。
そう思うと、今日は人生で一番嬉しい日のはずなのに、無性に寂しくなった。
その時、またふわりと優しい風がふいて。
「…ちゃんと、見ているよ」
白いカーテンが揺れたと同時に、声が聞こえた。
低音なのに、とてもよく通る美しい声。
わたしはこの声を誰よりも知っている。
「お兄、様……?」
ゆらゆらと揺れるカーテンの後ろ、誰かが立っているのがわかった。
ジワリと、涙が混み上がって来たのを自覚する。
ここは二階で。
今日はいつも以上に警備員がいるから、ベランダから忍び込むなんて普通の人には絶対にできない場所で。
なのにそこに誰かが確かに立っている。
思わず立ち上がって、一歩、二歩と近づく。
風で舞上がっていたカーテンがゆっくりと元の位置に戻っていって。
「レイ、結婚おめでとう」
そこにはお兄様が立っていた。
ぼんやりと光を纏った『何か』なんかじゃなくて。
わたしの記憶のままの『お兄様』が。
「お、にい、さま」
思わず走り寄って抱きつけば、優しく抱きしめ返してくれる。
そして。
「とても綺麗だよ、レイ」
いつかと同じように、ポンポンとあやすように二度、頭を優しく撫でてくれた。
「レイラ!!」
名前を呼ばれてハッと目を開けた。
すぐ目の前には、王族の婚礼衣装を身に纏ったジオエリオン殿下がいて。
とても焦った様子でわたしの顔を覗き込んでいる。
「何があった?」
震える声で気遣うようにそう問われたけれど、とてもまともに答えることができない。
だって、どこを見渡してもお兄様がいない。
つい先程までそこにいたのに。
わたしを抱きしめて、頭を撫でてくれていたのに。
そんな支離滅裂な言葉を、思いついたまま口にする。
確かにお兄様がいた。
なのに気がつけば、わたしは支度を終えた直後と同じように、椅子に座っていて。
あれは……夢?
わたしの願望が見せた、ただの幻?
そう思った瞬間、すっーと頭が冷えるのを自覚する。
なんだか無性に悲しい。
無意識に気持ちが、そして視線が下へと下がっていく。
そのわたしの視線の端で、ジオエリオン殿下がすっと背筋を伸ばしたのが見えた。
「今、レオン義兄上がここにいらっしゃっていたのですか?」
殿下はわたしの背を優しく一度撫でた後、ゆっくりと立ち上がった。
そして右手をそっと胸に当てて。
「そこにいた」といってわたしが先程指差した方向に向けて、丁寧に頭を下げた。
「…必ず。 レイラは俺が必ず幸せに致します、義兄上」
「お約束致します」と。
そういって更に一段頭を下げた殿下を見て、胸の奥がぎゅーっと締め付けられた。
『そこ』にはもう誰もいない。なにもないのに。
なのにわたしの言葉を信じて、ただ丁寧に頭を下げ誓いを立ててくれる殿下にどうしようもないほどの愛おしさを感じた。
殿下は、かつての塩対応が嘘のように、毎日毎日わたしを甘やかしてくれる。
誰よりもわたしを気遣かって、尊重してくれる。
わたしもそんな殿下が誰よりも大切で、支えていきたいと思っている。
だから。
「わたしきっと幸せになるわ、お兄ちゃん」
そう宣言すれば。
嬉しそうに、白いカーテンが風もないのにふわりと揺れた。
ちなみにジオさまの身長は、涙ぐましい努力の結果ほんの数センチだけ伸びたとか。
どうですか、とドヤ顔でレイラに報告してきたそうです。
読んでくださりありがとうございました。
後1話、太郎くんの話が入り終わりとなります。




