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我がアラフェスタ王国には、現在二人の王子殿下がいらっしゃる。


亡くなった王妃様が産んだ、御年二十歳になる第一王子ジオエリオン殿下と、側妃様が産んだ、御年八歳になる第二王子のマシアス殿下だ。


マシアス殿下は小さいながらも、あちこちの茶会や夜会に出席されていた。

逆にジオエリオン殿下は、数年前から重い病を患っている、として社交の場には一切顔を出さなかった。

わたしも第一王子殿下のことは名前しか知らない。


そのジオエリオン殿下と。


「ジ、ジオ?」


目の前のジオが、なぜだか同じ名前で呼びかけられているのだけれど。

ジオ……ジオ、エ、リオン?

まさか、ジオが第一王子のジオエ……。


「いやいや、まさか。 あんな子犬のような可愛らしい顔で、わたしより二つも年上だなんて……」


かわいらしいし、天使だし、子犬だし。

どう見ても年下にしか見えない。

やっぱりジオが王子だなんて、おそろしい勘違……。


「悪かったですね、童顔で」

「ちょっと! どうして肯定するようなことを言うのよ!」

「事実ですので」


事実ですので…ってつまり。


「ジオエリオン=ロニ=アラフェスタ。 俺の本名です。 もう教えてあげませんので、その大変残念な記憶力しかない、大変残念な出来の頭で、しっかりと覚えておいてくださいね、お、じょ、お、さ、ま」


そう言ってジオは非常にいい笑顔で笑っている。

気のせいなのだろうか。

ジオは確かに笑っているのに、なぜだか背筋がぞくぞくする。


きっとまだ、言い付けを守らなかったことを怒っているんだわ。

怖い。


それにしても。

『アラフェスタ』は我が国の名称で。

名前に国名が入っているのなんて王族しかいない。

ジオの名前は本当はジオエリオンだというし。


「まさか本当に……第一王子殿下? …えっと、あの…か、体のお加減はいかがですか?」


まさか本当にこのジオが、重い病を患っているという第一王子殿下なのだろうか?

恐る恐る問い掛ければ、ジオは……いや、おそらくジオエリオン殿下は不愉快そうに片眉をあげた。


「見ての通り、健康そのものですよ。 重い病を患っている、だなんて。 自分の息子を王にしたい義母が、俺を社交に出さないためについた嘘です」


「面倒くさいし、都合もよかったので、そのまま放置していましたが。 いい加減うっとうしいので、始末してきました。 ついでに父も黙らせてきましたので、どうぞ安心して嫁いで来て下さいね」と、また天使のような顔で微笑まれたけど。

始末って一体何をしたんだろ。

それに……父って国王陛下のこと、よね?

黙らせてきた、って…。

安心して嫁いで、とかおかしな発言もあったし。

何だか色々と怖すぎる。


でも、じゃあ本当に。


「本当にジオが……」

「ご理解いただけたようで何よりです」

「嘘でしょう? え、だってその身長は?」


思わず言ってしまった言葉に、ジオ…エリオン殿下は思い切り不機嫌そうに眉をよせた。

身体的特徴を持ち出すなんて、失礼窮まりないとは思うけれど。

この三カ月の間に、何度かジオの身長の話になったことがあって。

その度にジオは「これから伸びる予定ですので」とか「成長期をなめないで頂けますか」とか言ってたのに。

もしジオがジオエリオン殿下で、年がわたしよりも二つ上……つまり二十歳だというなら、もう…。


「もう成長期なんてとっくに終わってるじゃない!」


通常、男性の第二次成長は十五、六歳で終わるはず。

「これから伸びます~」とか「成長期を~」とか言っていたから、てっきりジオはそれくらいの年なんだろうと思っていたのに。

なのにまさかの年上?


「俺の成長期は人よりも少し遅いだけです。 これから伸びます。 そのための努力も抜かりなくいたしておりますので。 俺を人と一緒にしないで頂けますか」


不本意そうにプイっと顔を背ける様子は、すねているようで物凄くかわいい。

それに。

身長を伸ばすための努力、抜かりなくしてるんだ。

そう思うとほほえましい気持ちになるけれど、それは一旦置いておく。

今それよりも大事なのは。

本当にジオがジオエリオン殿下だという事実で。


それでもまだ信じられなくて。

呆然とジオ…エリオン殿下の顔を眺めていたら。


「はあ? その庶民が、王子殿下だと? ふざけるな! 俺というものがありながら、浮気していたのか! おい、レイラ!」と。


近衛兵に拘束され、今まさにどこかに連行されようとしているセシルの、そんな怒鳴り声を聞こえてきた。

けれどわたしがその不快な言葉に反応するよりもずっと早く。


「……うるさい、黙らせろ」


ジオエリオン殿下のそんな冷たい声が聞こえ。

答えるように、なにやら鈍い殴打音がする。


セシル。

ぐったりしていたけれど大丈夫だっのかしら。


けれどまあ、あんなに酷いことをされたのだ。

わたしが気にすることでもないか、と気を取り直したところで。


「レイラ、こっちへ」


ジオ…エリオン殿下にそう声をかけられ、手を引かれて歩く。

わたしの死没地であったであろう場所から、一歩、一歩と遠ざかっていく事に、ほっと安堵の息が漏れた。


ふと見上げれば、西の空が赤く染まり始めていた。


もう時間的には、夕刻。

どう考えても昼過ぎ、とは表現されない時間だ。

加害者となるセシルもわたしの前にはいない。


だったらわたしのあの死亡宣告は。


そこまで思って。


とてもとても大切なことを思い出した。

むしろ今まで忘れていたなんてどうかしている。


「『死神 太郎』……?」


ちょうど人気のない路地に差し掛かったので、足を止めて小さく名前を呼べば。

返事をするように、わたしの右肩付近でフワリと『何か』が光を放った。


「この光……この光が教えてくれんですよ。 言い付け一つ守れない、大変残念なお嬢様が危険だ、って」


あそこまで案内もしてくれました、と。

急に足を止めたわたしをいぶかしげに振り返ったジオエリオン殿下が、ぼんやりと光りを放つ『何か』を見て、驚きながらも教えてくれる。

その事実に、また胸に熱いものが込み上げてくる。

やっぱり間違いない。

先ほど『諦めるな』といってわたしを励まし、助けてくれたあの声の持ち主は。

『死神 太郎』は。


「…お兄……ちゃん、だよね?」


────『死神 太郎』。


三ヶ月前に突然わたしに手紙を送り付けてきて。

その『死神 太郎』に『会いに行く』と言われて。

とうとうわたしは死ぬのだと、物凄く怖かったけれど。


けれど、そうじゃなかった。


会いに来てくれた。

わたしを助ける、そのためだけにきっと会いに来てくれた。

遠い、黄泉の国から。


──レオンお兄様……お兄ちゃんが。


小さい頃のように呼びかければ、『何か』は嬉しそうにふわふわと揺れた。

レオンお兄様は、「お兄ちゃん」と呼ばれるのが好きだった。

大きくなってからは恥ずかしくてあまり呼ばなくなったけれど。


「お兄、ちゃん」


レオンお兄様と過ごした日々が、次から次へと頭の中に思い出されて。

きゅーっと胸が締め付けられると同時に、激情が込み上がってくる。

両手を握りしめて耐えたけれど、ちっとも堪えきれなくて。

気がつけばわたしは、ポロポロとみっともなく涙を流していた。


何通も何通も届いた手紙。

文章はいつだって淡々としたものだったけれど。

その内容はいつだってわたしを助けようとしてくれていた。

いくつもアドバイスをくれた。

いつも気遣かってくれた。

そして最後は自ら助けに来てくれた。


「お兄ちゃん…。お兄ちゃん。お兄ちゃん! た、助けてくれて、あり、がとう」


嗚咽に阻まれながらも、必死でお礼を伝えれば。

また答えるように『何か』がフワリと揺れた。


その『何か』が放つ光が。

ゆっくりと、でも確実に弱くなって来ている。

残り時間はきっともう少ない。


「こ、怖がったりして、ごめんなさい」

「ストーカーかな、なんてちょっと思ったりして、ごめんなさい」

「『死神 太郎』だなんてダサイ名前だな、だなんて思ってて本当にごめんなさい」


わたしは早口でそこまで言って。

「それから」、と。

今までずっと心に重く沈んでいた思いを、吐き出した。


「それから……それから、わたしが、いた、せいで、お兄ちゃんを、死なせて、しまって、ごめんなさい」


嗚咽と、涙に邪魔されてうまく話せない。

わたしの声は多分震えていて、とても聞き取りにくいのに。

それでもわたしの言葉を、『何か』は……ううん、『お兄様』はただ静かに聞いてくれている。


「わたしが、いなかったら、お兄ちゃんは、助かった、かもしれないのに」


あの事故で、お兄様はわたしをかばって死んだ。

逆にいえば、わたしさえいなければお兄様は生きていられたかもしれないのに。


「わたし、一人だけ、生き残って。 ごめんなさい。 お兄ちゃん、お兄ちゃん、ごめんなさい」


ポロポロと涙をこぼすわたしの体の周りを、まるで慰めるように『お兄様』はゆっくりと回った。

そして。

最後にわたしの頭の上でポンポンと二回はねた後。


『レイ。 お前の幸せを誰よりも願っているよ』


そんな言葉を。

お兄様が息を引き取る前、最後にわたしに言ってくれた言葉と、全く同じ言葉を残して──ゆっくりと消滅した。








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