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ああ、結局はこうなるのだわ。


体が後ろに傾いていくのがやけにゆっくり感じられた。


あれだけ努力をしたにも関わらず、結末はなにも変えられなかった。

やってもいないことをやったと言われ、悪者にされて。

わたしは結局『死神 太郎』のいうとおり、階段から落ちて、そして首の骨を折って死ぬのだろう。


ああ、もしかしたらもう既に、わたしを迎えに『死神 太郎』がそこら辺に来ているかもしれないわ。

もし()()にあったら言ってやるのだ。

「あなたのせいで余計なあがきをしたわ」と。

「たくさん努力してたくさん嫌な思いをして。 それでも結局なにも変えられなかったじゃない」と。

そう言って、たくさん八つ当たりしてやるのだ。


だって結局なにも変えられないのなら、最初からなにも知らされないほうがよかった。

そうしたら、この三ヶ月はそれなりに楽しく暮らせたかもしれない。

そう思って。

いや、それはないな、と思い直す。


もしあの手紙が来なかったら。

わたしは多分セシルを取り戻そうと必死になってしがみつき、嫉妬でサラをイジメていたかもしれない。

その先に死亡、という未来がわかっていたから、頭が冷えただけで。


そう思えば、少しだけ『死神 太郎』に感謝してやってもいいなと思えた。


ジオと一緒にああでもないこうでもない、といいながら対策をたてた日々は、それなりに楽しかった。

もし手紙が届いていなければ、こんなにジオと仲良くなることはなかったかもしれない。

万が一の時ために、大切な人たちに別れの手紙も書けたし。

それに少なくても、今のわたしは『嫉妬に狂った醜い女』として死ぬのではないはずだ。


うん、やっぱり『死神 太郎』にあったら、とりあえず一言文句を言って、その後軽く「ありがとう」といってみよう。


そう結論を出したとき。


ふと誰かが、体のすぐ側を通りすぎて行った気がした。

反射的に顔を向けてみたけど、そこには誰もいない。

でも確かに『何か』がいるのがわかった。

実態のない、でも暖かい光を纏った『何か』。


これはもしかして──『死神 太郎』?


そう思った瞬間、その『何か』に支えられ、体が一瞬だけ浮き上がった。

そして。


『手を、伸ばして』


すぐ耳元で声が聞こえた。


手、を?

でも伸ばしたところで、結局また結末は変わらないんでしょう?

だったら足掻くだけ無駄だわ。

 

そう思ったのに。

それでもわたしは、言われた通り必死で手を伸ばしていた。


だって。


『まだ、諦めないで、レイ』


またすぐ耳元で聞こえた声。

低音なのによく通る、とても美しい声。


わたしは────この声を知っている。


『必ず僕が救ってみせる。 だから、諦めるな』


ぐいっと、再び光り輝く『何か』にまた体を押し上げられた。

『諦めるな』。

再び強くそういわれて、わたしは必死で手を伸ばした。

空を切るばかりだった、わたしのその手を。

必死で伸ばしたわたしのその手を、誰かががっしりと掴んでくれる。

そして。


「レイラ!」


名前を呼ばれると同時に、ぐいっと体を引っ張り上げられた。


「大丈夫ですか、レイラ!」

「う、うん」


後ろに倒れていくわたしの体を引っ張り上げてくれた誰かの声に、反射的に返事をする。

座り込んだまま、地面に手をついて必死で息を整えた。

心臓が恐ろしい程早鐘を打ちつづけている。

物凄い恐怖で体の震えが止まらない。

怖かった。

今、死ぬところだった。

あの光る『何か』が体を支えてくれなければ。

きっと助けも間に合わず、わたしは階段から転げ落ち死んでいた。

そう思うと、体からすーっと血の気が引いていった。


「あなたは馬鹿なのですか! なぜ屋敷から出るなとあれほど言ったのに、こんなところをウロウロしているのです!?」


ぐいっと肩を捕まれ、顔をあげさせられる。


まず、太陽の光を反射してキラキラと光る金の髪が見えた。

それからこちらを睨みつけるほど強く見つめてくる、黄金の瞳。

そして。


「ご、ごめん、ジオ……」


必死で泣くのを我慢しているかのような表情をした、ジオの姿があった。


「ごめんで済むと思っているのですか。 勝手に死ぬなんて、許しません、絶対に許しませんから」


そういいながら、わたしの無事を確かめるようにぎゅうっと抱きしめてくれる。


「あなたの記憶力はどうなっているのですか」「『部屋でぐ~たらしている』なんていう、これ以上ないほど簡単な指示さえ守れないのですか」「あなたは本当に大馬鹿者だ」と。

そういいながらも、ジオはわたしを気遣うように優しく抱きしめてくれる。

いつかの夜のように、優しく頭を撫でられて。

恐怖で震えていた心と体が、ゆっくりと落ち着きを取り戻していく。


けれど空気の読めない愚か者はやっぱりいるもので。


「大袈裟にも程があるぞ、レイラ! ちょっと押しただけで落ちるふりなんてしやがって! そんなに俺の気を引きたいのか! ふざけやがって!」

「そうよ、恥ずかしいとは思わないの?」


醜く顔を歪めてまたわたしを罵り始めたセシルと、それに全力で同意するサラ。

二人の姿に、場はピシリと凍りついた。

通りには騒ぎを聞き付けたのか、たくさんの通行人の姿があって。

その人たちは皆セシルの発言を聞いて、信じられないと顔をしかめている。

誰がどうみても、落ちるふり、なんかじゃない。

加害者がセシルで、被害者はわたしなのに。

こんなことがあってもまだ、セシルはわたしを悪者にするつもりなのだ。


「ふざけているのはどちらだ」


ゆっくりとわたしの体を放したジオが、わたしを背にかばうようにして立ち上がった。

真っ正面から、セシルの歪んだ顔を睨みつける。


「なんだ、侍従風情が! 伯爵家の俺に文句でもあるのか!?」

「勿論、文句しかない。 お前は婚約者がいるにも関わらず、不貞を繰り返していた。 レイラの婚約は今この時をもって破棄とする。 勿論お前の有責でな。そのための証拠も手に入れたし、何なら今の殺人未遂はここにいる全員に証言させる。 理解したら、今後二度とレイラに近づくな。 まあ、とはいっても、もうお前の貴族籍は剥奪になるがな」

「はあ? 何を偉そうに、平民風情が! おい、ディラン、カイル、こいつを──」


そう言いかけたセシルの言葉が止まる。

確かディランとカイルというのは、セシルの護衛騎士の名前だったはず。

そこまで思って。

ぼんやりとしていた頭が、やっと覚醒した。


「ジオ、あなた怪我は!?」


ジオは、セシルの護衛騎士に暴行を受けたはず。

見たところ、特に怪我はないみたいだけど、もしかしたら見えないところに酷い怪我をしているかも。

それを確かめようとして。


わたしは、マヌケにもぽかんと口を開けた。


「ジ、ジオ?」


ジオが身に纏っているのは、いつもの執事服ではなく。

白いブラウスに、黒地に金糸で細かい刺繍を施したロングベスト、そして黒い編み上げブーツ。

どれも一目で最高高級品だとわかる。

腰に回された帯剣ベルトには、二本の剣までつり下げられていて。

その姿はどう見ても貴族──それも高位貴族だ。


「怪我? あるわけがないでしょう、あんな愚鈍共相手に。 レイラはわたしを侮辱しているのですか?」


「レイラ」と。

物凄く自然に名前を呼ばれて、どきりと心臓が跳ね上がった。

そういえば先程からずっと、『お嬢様』ではなく『レイラ』と呼ばれていた気がする。


名前を呼ばれた。

そんなささいなことで、心臓がトクトクと高鳴った気がした。


「はん、どうせ全力で逃げて来たんだろう? 逃げ足だけはたいしたものだな。 それに何だ、その格好は? 貴族の真似事をしてみたところで、平民が貴族になれるわけがないのに。 滑稽にも程があるな! ああ、おい、そこの警備兵」


騒ぎを聞き付けたのか。

角を曲がって現れた兵士に、セシルが手をあげて合図をする。

浅葱色の制服。

あれは、町の警備兵だ。

すぐに駆け寄ってきた警備兵に、セシルがニヤニヤしながら耳打ちをして。


警備兵の視線が、ゆっくりとこちらを向いた。

明らかにこちらに敵意を抱いている。


まずいわ。

確かにセシルの言うように、貴族にたいしての平民の証言は効力が薄い。

伯爵令息であるセシルと、一応男爵令嬢であるサラの二人が証言すれば、あっという間に事実はネジ曲がってしまう。

権力には権力で対抗しなければ。

ここは公爵令嬢であるわたしが前にでて、と立ち上がろうとして。


「──近衛」


たった一言。

ジオが静かにそう声をあげた。

一拍もおかずに、物陰から数人の人影が飛び出してくる。

音もなく飛び出してきた彼らは、あっという間に警備兵と、サラ、そして未だに口汚く叫び声をあげているセシルを拘束した。


「……は?」


わたしはというと、いきなりの急展開に全く理解が追いつかないでいた。


飛び出してきた人たちは、皆黒地に赤の挿し色が入った軍服を身につけていて。


「どうして彼らがここに……?」


その制服を身につけた人たちを、こんな街中で見ることなんてほとんどない。

だって彼らは。


「ジオエリオン殿下、お怪我はありませんか?」


近衛兵として、王宮にいる王族を守っているのだから。











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