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番外編

今日の仕事を全て終え、帰ろうとしていた俺は、一つ向こうの部屋にまだ灯がついていることに気がついた。

もう日付が変わりそうな時間なのに、まだ俺以外にも仕事をしている奴がいるのかと、妙に親近感がわく。

途中で飲み物を二本買い、一本を差し入れしてやろうとその部屋を覗いた俺は。中の修羅場を見て思わず声をあげた。


「うお、今日もすっげえな」


俺の仕事部屋よりもずっと狭い部屋。

けれど中央におかれた机には、今日俺が処理した何倍もの書類が山のように積み上がっていた。

それを、一人机に向かっている男が黙々と処理していく。

凄まじくスピードが早いが、それでもこんな量を明日の始業までになんて、無茶にも程がある。

しかもそれが連日続いているのだから。

本当に、ここの上司は鬼だと思う。


「太郎、大丈夫か? 少し手伝うか?」


別にこの男が仕事が出来ない(無能な)わけじゃない。

遊びほうけて仕事を貯めていたわけでもない。

それがわかっているから俺も手伝いを申し込んだのだが。


「……いい。 ……ありがと」


予想通り、首を横にふられてしまう。


こいつはいいやつなのは間違いないんだが、ちょいと無口過ぎるな。


愛想がなく、あまりしゃべることもないので、敬遠されがちだが。

けれど話せばきちんと返事をしてくれるし、本当は気のいい奴なのだと知っている。


「そういやお前、あの例の……あ~、なんだったか。 あ〜、なんとかって子、無事助かったらしいな。 おめでとう」


話題をふれば、書類と向き合っていたその男の動きがピタリと止まった。


「……レイラ」

「あ?」


小さな声で告げられて、一瞬何のことかと首を傾げたが。

すぐに『なんとか、ではなくレイラだ』と教えられたのだと気がつく。


「ああ、そう、レイラ、だったな。 無事助けられてよかったな。 そのためにお前、頑張ってたもんなぁ? 結果、本当にたった三年で、下界と接触する権利を持つ係長まで上り詰めたんだもんな、すっげえよ」


係長昇進、なんて普通は50年以上かかる。

それをたったの三年で駆け上がったのだ。

偶然立ち寄ったタナトス社(ここ)で。

これまた偶然に見つけたレイラ、とかいう女性の死亡予定書類を見て。

この男『死神 太郎』は、彼女を助けるためだけにこの会社に入り、凄まじいスピードで上にかけがって行った。

すぐ側でそれをずっと見てきたが、それはもう鬼気迫るものがあった。

そのレイラ、ってのはよほど大事な存在なのだろうと思ってはいたが。


「それにしてもよく助かったな? 死亡内定が出てから助かる人間なんて、まずいねぇって言うのに」


死亡内定がこっちの世界で出てしまうと、下界の人間はそれに沿うように無意識に行動してしまう。

外から余程強い要因がないと、内定は覆らないのに。

そこまで思って、この男がなぜこんなに毎日毎日仕事に追われているのかを思い出した。


「あ~、そうか、お前が『やったちまった』んだったな」


この会社は規定がゆるゆるだが。 それでも従業員──『死神』には守らなければいけない鉄則がたった一つだけ存在する。

それが、『人の生死に直接介入してはならない』というものだ。


けれどその唯一にして絶対の規則を、この男は破ったらしい。

詳しくは聞かされていないが、おそらくそのレイラという人間を助けるために無茶をしたのだろう。


「ほんと馬鹿だよなあ、お前は。 もうすぐ昇進だったんだろう? なのに、禁忌を犯したせいで、一年間も無料労働させられた挙げ句、それが終われば下界に舞い戻りだ」


エリートとして、輝かしい未来がほぼ決まっていたのに。

それを全て捨てたうえに、罰として毎日毎日こんなに仕事を押し付けられて。

それがやっと終わっても、再び修業するために下界に転生させられる。

人としての一生に、いい思い出なんて全くない俺としては、再びあんな世界に送り込まれるなんて、考えただけで身震いがする。


「でも……レイラ…妹が助かった。 それで俺はいい…」

「ああ、レイラってお前の妹だったのか」


聞けば、太郎は嬉しそうにコクンと頷いた。

本当にこの男は、レイラの話しをしているときだけは、こんなふうに嬉しそうに笑う。


「お前の妹だったら、さぞべっぴんさんなんだろうなぁ。 見てみてぇなぁ」


太郎は、サラサラの銀髪や、宝石を思い起こさせる美しい紫色の瞳。

それに凄まじく整った顔立ちをしているから、その妹となれば間違いなく美人だろう。


「…しばらくみれない。 あいつの死期はまだずっと先、だから」


「それまでずっと幸せにくらすはずだ」と嬉しそうに笑う太郎に、「そうだな」と返した。

俺には親も、兄弟も、なんなら親しい友人もいなかったから。

こんなに思える誰かがいる、なんて少しだけうらやましい。


「なあ、太郎? その妹ちゃんに会いに行かないのか?」


何気なくそう問い掛けてから。

しまった、と俺は慌てて口をつぐんだ。

この黄泉の国では、一度だけ、望んだ人の元に会いに行くことができる。

『死神(係長以上)の権限』とは別に。

誰でも、望めば一度だけ、短い時間だが下界に降りられる。


けれど。


「権利、取り上げられた、から」


そう、違反者にはその権限が与えられない。

『死神』として唯一絶対の規則を破ってしまった太郎は、たった一回のその権利をも取り上げられた。

太郎はもう、どれだけ望んでも下界には下りられないのだ。


それでもこの男は、きっと少しも後悔なんてしていないのだろう。

その生き方が(もう死んでいるけど)格好いいなぁ、と思う。


「なあ、太郎?」


呼びかければ、太郎はその美しい顔をまっすぐに俺に向けた。

柄じゃないなぁと自分でも思う。

けれどひたむきで一生懸命な太郎を見ていると、どうしてか手を貸してやりたくなった。


「お前の妹がここに来るまで、待ち切れねぇよ」


俺にはどうしても会いに行きたい家族も友人もいないから。

だから。


「俺の『権利』をお前にやるから、お前が俺の変わりに見に行ってくれよ。 そうだなぁ……うん、レイラちゃんの結婚式の時にでも行ってきてくれよ」















「ところでお前、なんで名前を呼ぶたびにそんな嫌そうな顔すんの? お前その名前(コードネーム)、カッコイイつってすげぇ気に入ってたよな? ……は? 妹ちゃんに? ダサイって言われた? あ〜…それは…まあ、なんというか……ご愁傷様、だな」








元々短編のつもりだったのですが、長くなってしまいました。

ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。

一生懸命かきましたので、最後に評価くださると、本当に本当に嬉しいです。

皆様の健康を心からお祈り致しております。

ありがとうございました。

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