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「三日以内に、会いに行きます、って……どういうことだと思う?」
「……言葉のままの意味……ではありませんか?」
わたしの手紙を横から覗き込んだジオが、苦しそうに眉根を寄せたのが視界の端にうつった。
いつも淡々としていて基本塩対応のジオの、痛ましそうにわたしを見るその視線が、理解したくない言葉を嫌でもわたしに理解させる。
ゆっくりと血の気が引いていくのがわかった。
「……つまり……」
恐怖でブルブルと体が震える。
この手紙の差出人『死神 太郎』が──『死神』がわたしに会いにくる。
そうして連れていかれる先はきっと。
黄泉の国だ。
ゾクリと背筋に冷たいものが走った。
「…わたし……もうすぐ死ぬ、の?」
今までずっと考えないようにしていた恐ろしい未来が、すぐ近くまで来ている。
その事実に、目の前が真っ暗になっていく。
「いやよ……まだ死にたく、ない」
そのために今まで必死になって抵抗してきたのに。
なのに。
何一つとして未来は変えられなかった。
サラをイジメてなんかいない。
必要以上にセシルに関わらないようにしたし、二人の邪魔をしない旨の手紙だってセシルに書いた。
婚約の解消だって何度も何度も提案したのに、取り合ってもらえなかった。
やってもいないことをやったと言われ、悪女だと罵られた。
正当な婚約者の座にいたのに、蔑ろにされ続けた。
ずっとずっと辛かったのに、堪えつづけた。
婚約者がいながら、他の女を連れ回しているセシルはなにもお咎めがないのに。
なのにどうして。
「どうして!? なにも悪いことをしていないのに、わたしが──っ」
泣き叫んだ瞬間、ふわりと優しい香りがした。
ぐいっと体が優しく引き寄せられ、ぎゅうっと力を入れて抱き込まれる。
一瞬、何が起こったのか理解できなくて。
けれどすぐ近くで聞こえてくる、ドクンドクンという少し早めの心音に、ジオに抱きしめられたのだとわかった。
「ジ、オ?」
「泣き叫ぶのはうるさいので、おやめください、お嬢様」
いつもの淡々とした言葉に、こんな時くらい優しく慰めてくれてもいいのに、とまた涙が混み上がったとき。
「あなたに泣かれると、どうしていいかわからなくなる。 だから泣かないでください」
震える声でそう告げられる。
後ろに回された腕に更に力がこもって、少し苦しいくらいだ。
「いいですか? 今から俺のいうことを、口答えすることなく聞いてください。 そして実行してください」
「口答えすることなく、自分の言うことを聞け」だなんて。
それが侍従のいうことか、と思いながら、それでもジオの腕の中でコクリと頷く。
わたしの反応に、ジオが満足そうに小さく笑ったのが何となくわかった。
「『太郎』はあなたの死因は、階段から落ちたことによる頸椎骨折だと言っていました。 だから明日から三日間は、何があってもこの屋敷の中から出ないでください」
「うん」
素直にコクリと頷く。
「それから加害者である、セシル様とサラ=エイガーには絶対に接触しないように」
「セシル様が屋敷にきても、絶対に会わずに追い返してください」と続けるジオに、また「うん」と返事をする。
「念のために、明日から三日間は二階ではなく一階の部屋でお過ごしください。 すぐに用意いたします」
「うん」
「旦那様には強引にでも婚約解消を進めいただきます。 これは、俺が手配いたします」
「うん」
「その他、全ての雑務は俺が処理します。 その間お嬢様は、いつものように部屋でぐ〜たらしててください。 お得意でしょう?」
「……う、うん」
部屋でいつものようにぐ~たら、とは聞き捨てならない。
わたしだって人並みに仕事くらいしているのに、と思いながらも、なんだか妙な圧を感るのでこれにも素直にコクンと頷いておく。
わたしの様子に満足したのか。
一つ小さく息を吐き出したジオが、「それで四日後も」と、本当に自然な感じで言葉を続けた。
「それで四日後も、あなたは今まで通り図太くしぶとく生き残っててください」、と。
わたしが生きていることが当たり前のように、ジオは静かに言う。
「……うん」
「図太く」とか「しぶとく」とかいう言い方はどうなんだと思いながら。
「うん」と素直に頷いた。
口も態度も悪いけれど、この三ヶ月、ジオはずっとわたしのことを支えてくれた。
わたしと一緒になって悩み、未来に抵抗し、そして気遣い続けてくれた。
婚約者にあんな酷い態度を取られ、死亡宣告までされて。
それでも今日まで精神がまともでいられたのは、間違いなくジオの存在があったからだ。
背中に回っていたジオの右手が離れていき、ゆっくりとわたしの頭を上から下に撫で付けてくれる。
何度も何度も頭を撫でられ、甘やかされて。
絶望に染まっていたわたしの心は、ゆっくりと落ち着きを取り戻していった。
「あなたは無事に生き残って、最低なくそ男とも無事に婚約を解消する」
「うん」
「……そして──」
と、そこでジオは一度言葉を切ってから。
「俺と婚約を結び直す」
今まで聞いたことがないほど真剣な声で言った。
「はえ?」と思わずマヌケな声がもれる。
「えっと…でもジオとの婚約はお父様が……」
王家とか、同格の公爵家に嫁入りでもしない限り、わたしの夫がこの公爵家を継ぐことになる。
そりゃあ、夫が当主に立てない場合は親戚の誰かを養子に迎える、とか、やり方はなくはないけど。
お父様は少なくても、わたしとわたしの夫にこの公爵家と領地を継いでほしいはず。
だから、侍従見習いのジオとの婚約、というのは多分難しい。
そう言おうとしたけれど。
「公爵さまなら、俺が黙らせます」との一言で切り捨てられた。
それどころか。
「口答えは許さないと言いましたよね? お嬢様は頭も悪いのですか」と冷ややかな声がふって来る。
失礼な。
頭も、とは一体。
わたしは頭も顔も、性格も(たぶん)いいはずなのに。
それにしてもそこまでして、自分と婚約しなおせ、とは。
ジオは一体何を考えているのか。
ふと、今ジオはどんな顔をしているのだろうかと気になり、身をよじって顔を上げてみた。
そして絶句した。
顔中どころか耳、そして首まで真っ赤だった。
黄金色の美しい瞳は、微かに潤んでいて、なんだかやたら色気がある。
あれ。
おかしいな、ジオはかわいい子犬系のはずなのに、今日はやたら格好よく見える。
「返事が聞こえて来ませんが? お嬢様は口も悪いのですか」
ジロッと、赤くなった目元を吊り上げて睨まれたけど少しも怖くない。
それどころは、妙にかわいい。
カッコイイのにかわいいのだ。
ふふ、と自然と笑みがこぼれて。
「うん」と素直に答えれば。
一拍おいて。
ジオが今まで見たこともないような満面の笑みを浮かべた。
天使のような美しい顔を間近でみて、目がチカチカする。
「ではそのように致しましょう。 公爵さまには今日中に、俺から話をしておきます。お嬢様は、もう遅い時間ですからお休みください。 後でメイドを寄越します。 余計なことは考えず、どうぞ泥のようにお眠りください」
恥ずかしかったのか、ジオはゴホンと咳ばらいをして。
ポイとわたしの体を放した後、早口にそう告げた。
いそいそと部屋から出て行こうとしている様子が、なんだかものすごくかわいい。
それにしてもジオと婚約かぁ。
ふふ、ジオってば、日々あんな態度を取っておきながら、実はわたしのことが好きだったのね。
それならそうと言えばいいのに。
かわいいなぁ、と。
そう思っていたら。
「ああ、それからお嬢様」
ドアノブに手をかけて、今まさに部屋から出て行こうとしていたジオが、ふとこちらを振り返った。
お休みの挨拶でもしてくれるのかな、と期待して顔をあげたわたしは。
「先ほどの慰め分とお触り分のこれは、後ほど請求致しますのでお支払いの方、よろしくお願いします」
こ・れと、とても嬉しそうに右手の親指と人差し指をこすり合わせるジオに。
あ、やっぱりさっきの婚約云々はただの慰めよね、うん、わかってた。
と、ガクリと肩を落としたのだった。




