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「とにかく一度、状況を整理しましょう。 始まりは確か……三ヶ月ほど前でしたか?」
「そう」
ジオの、落ち着いた(顔に似合わない)低音ボイスに促され、わたしは意識してゆっくりと呼吸をする。
そうしてこれまでのことを順番に思い出してみた。
始まりは──そう、ジオの言うように、三ヶ月ほど前だった。
わたし宛てに、奇妙な手紙が届いた。
真っ白な封筒に入った、真っ白な便箋。
書かれていたのは、ほんの数文。
『親愛なるレイラ=モンロー様。
誠に残念ながら、おおよそ三ヶ月後の良く晴れた昼下がりに、あなたの人生が終了することが内定しましたので、ここにお知らせをいたします。
また詳しいことが決まり次第、追って連絡を差し上げますのでよろしくお願いいたします。
今後とも、我がタナトス社をお引き立てのほどよろしくお願いいたします』
差出人の欄には『黄泉の国 死神横町2丁目八番地 タナトス社 第一営業部係長 死神 太郎』とかかれていた。
内容も、差出人の名前も、その住所も、あまりに馬鹿げていた。
いちいち名前のところに、ふりがながふってあるところもカンに触った。
だから取り合わず、わたしはその手紙を丸無視した。
質の悪いいたずらだと思った。
けれどその三日後、また手紙が届いた。
一通目と同じ、真っ白い封筒に入った便箋には同じ筆跡の文字がかかれていて。
『親愛なるレイラ=モンロー様。
あなた様の死因が決定いたしましたので、ここにご報告致します。
直接の死因──婚約者に階段から突き落とされたことによる、頸椎骨折。
間接原因──サラ=エイガーに嫉妬し、執拗に婚約者に付き纏った結果、その婚約者に嫌悪された事。
なにかご質問等ありましたらお気軽にお尋ねください。
今後とも我がタナトス社をお引き立てのほど、よろしくお願いいたします』
差出人は一通目と同じ『死神 太郎』。
「あほらしい。 そもそも一体誰よ、サラ=エイガーって。 セシルとどこで知り合うっていうのよ」
セシルの側に、そんな名前の女性がいるのを見たことも聞いたこともない。
後たった三ヶ月で彼らが出会って、わたしが嫉妬に狂うほどの仲になるとは到底思えない。
そう思ってわたしはこの手紙も取り合わなかった。
その二日後。
また手紙は届いた。
差出人はまた同じ『死神 太郎』。
さすがにここまで続くと、不快感よりも恐怖が勝った。
けれど勝ち気なわたしは、三回目も手紙を開封して。
戦慄した。
『親愛なるレイラ=モンロー様。
先日ご質問がありましたので、情報を提示致します。
サラ=エイガー──エイガー男爵の庶子。 最近まで市井で暮らしていたが、母親の病死を期に、エイガー男爵家に引き取られる。
ピンクブロンドの髪に、翡翠を思わせる美しい瞳の持ち主。
明るくひたむきな性格で、守ってあげたくなるタイプ(当社調べ)。
セシル=バッカスとは王都のカフェ『アムール』で偶然出会い、お互いに一目で恋に落ちる。
セシルの婚約者(親愛なるレイラ=モンロー様のことでございます)がいい刺激となり、二人の関係は一気に燃え上がる』
「なによ、これ」
『あほらしい。 そもそも一体誰よ、サラ=エイガーって。 セシルとどこで知り合うっていうのよ』
数日前に、わたしがごちったその言葉の返事だとすぐにわかった。
でもあの時、この部屋にはわたし一人しかいなかったのに。
異様な手紙の内容にブルリと体が震えたところで。
もう一枚手紙があることに気がついた。
恐る恐る、ページをめくる。
『ちなみにご質問にはありませんでしたが、少しでもお役に立てるかと思い当社の秘密の情報も気持ちばかりではありますが、ご提示させていただきます。
セシル=バッカス。
バッカス伯爵家の次男。
父親の命令に背けず、嫌々ながら(親愛なる)レイラ=モンロー(様)に求婚をする。
しかしその数日後にサラ=エイガーと運命の出会い(本人談)を果たし、彼女を深く愛するようになる。
それと共に、自分に執拗に付き纏う婚約者を厭うようになり(わたし個人と致しましても、この男は最低だと思われます)。
およそ三ヶ月後、「お前とは婚約破棄だ」からの「よくも俺の愛するサラを傷つけたな!」というキメゼリフの後、婚約者を階段から突き落とし殺害する』
なんなのこれは。
大好きなセシルをおとしめるような言葉の数々。
わたしに求婚したのは父親の指示で嫌々だった、などという許せない言葉。
ふざけている。
破り捨ててやるわ。
そう思った、けれど。
『親愛なるレイラ=モンロー様。
あなたの人生が終了することは既に内定しております。
けれど決して、確定しているわけではありません。
どうか、ご自身のために賢い選択をされることを心よりお祈りいたしております。
今後ともタナトス社をお引き立てのほどよろしくお願いいたします』
続いたその言葉の数々に、わたしは手紙を破こうとしていた手を止めた。
なぜだろう。
とても事務的で、淡々とした文章なのに。
気持ち悪い、腹立たしいと心底思っているのに。
なのに、最後の文章にはとても深い気遣いを感じた。
わたしに深く同情し、助けられるものならば助けたいという意思も。
だからわたしは気持ち悪いと思いつつも、その手紙の内容を心にとめることにした。
そうして。
「そうして、手紙にあったカフェ『アムール』に三日間張り込んだところ、本当にサラ=エイガーとセシル様は出会い、お互いに恋に落ちたように見えた、と」
「そう」
「三日張り込み。 ……お嬢様は本当に、毎日がお暇そうで羨ましい限りですね」とでもいいたげな、ジオの冷ややかな視線を受け流しつつ。
わたしは話を進める。
「その後も、手紙の内容が本当なのかと色々調べてみたけど…」
手紙は定期的に届いていて。
何月何日に二人がどこそこへ出かける、だとか。
大雑把だけど、二人の服装や、出かけた先での出来事、なんなら会話まで書かれていて。
わたしは手紙の内容が本当なのか確かめるべく、毎日あちこちに張り込んで。
「結果、全て本当だった、と」
「そう」
「本当に、毎日がお暇そうで羨ましいですね」
あ、今度は言葉に出して言われたわ。
でもわたしだって別に暇なわけじゃない。
ただ手紙が本当なのか気になっただけで。
「手紙にあった『ありがたいご指導』も、実行はしてみたけれど全て無駄だった、と」
「そう、ね」
ジオの言葉にわたしは頷いた。
実は手紙には、『これから起こる未来』の他に、『こうしたらどうか』、という助言がいくつか書かれていた。
例えば、『最低男は、とても素直で表情がくるくるとかわるあざとい女が好みのようですので、そのように振る舞ってみてはいかがでしょうか』、とか。
(──最低男、の上に『セシル』とふりがなをふってあったり、あざとい女と書いて『かわいい系の女子』と読ませる当たり、『死神 太郎』はセシルに対していい感情を抱いていないらしい)
『(勝ち気で強い女性は個人的には大変好ましいですが)少し弱さを見せてみるのも効果的と思われます』、だとか。
わたしとしてもセシルの心を取り戻したくて、色々と頑張ってみたんだけど。
「まあ、お嬢様に『かわいい女の子』のふりなんてできるわけありませんよね」
「いやいや、ふりなんてしなくても、わたしはもともと『かわいい女の子』なんだけど」
ちょっと、ジオ。
「え、どこが?」って反応するのやめてよね。
それじゃあわたしが「可愛くない」って言ってるみたいじゃない。
……って、え?
わたしって可愛くないの?
家族には、特に三年前まではお兄様に毎日「かわいいかわいい」って言われて育ったんだけど。
「まあ、お嬢様は『かわいい女の子』っていうより『美しく強い女性』ですからね」
「んな?」
「その美しい銀色の髪も、意思の強そうな紫色の瞳も。 とても美しいですよ」
「ふえ?」
ちょっと、ジオ。
あなた、どうして急にデレたの?
塩対応が基本のジオの急なデレに、頬が熱くなっていくのを自覚する。
「ちょ、ちょっと、やめてよ、急に。 ほ、褒めてもなにもでないんだからね!」
「え? なんだ、そうなのですか? 相変わらずお嬢様はお金持ちのくせにケチくさいですね」
「今の一言は、金貨七枚…いや、八枚に相当すると自負しておりましたのに」といいながら、ジオは右手の人差し指と親指をこすり合わせている。
極めつけに「言って損した」とため息をついているジオは、本当にいい性格をしていると思う。
「まあ、とにかく、お嬢様は助言にあった『かわいい女の子』にもなれず、セシル様はますますサラ=エイガーにのめり込んで行った、と」
「……そ、そう、ね」
だって、貴族の女は小さい頃から感情を隠すように教え込まれるのだ。
素直に感情を出すのなんて今更できないし、ずっと強がっていたセシルの前で、弱さなんて見せられない。
「そしてこの三ヶ月の間にあった数々のイベントも、全てサラ=エイガーに横取りされた、と」
「……そう」
この三ヶ月は恋人達のためのイベントが目白押しだったにも関わらず、セシルはその全てをサラ=エイガーと過ごしている。
『花祭り』では、セシルは「用事があるから」とわたしの誘いを断ったくせに、サラと楽しそうに出かけていたし。
『聖夜祭』では、わたしとの約束を無視してサラと出かけ、自分の瞳の色のピアスを贈っていた。
そうして先ほど出席した『王家主催の夜会』では、「お前のような心の醜いやつのエスコートなど、絶対にしない」と堂々と宣言した挙げ句、サラとお揃いの服で参加したりしていた。
学園で一緒だった時のセシルは、物静かな落ち着いた男性に見えたのに。
彼はずいぶんと変わってしまった。
それともわたしが見抜けなかっただけで、彼はもともとそういう人間だったのだろうか。
「醜い嫉妬心で鬼婆のように歪んだ顔をみせることもなく、むしろ精一杯頑張って理解ある女を演じて見たのに、だめだった、と」
なんだかジオの、その憎たらしい言い方が気にはなったものの、話の腰を折りたくなくてまたコクンと頷く。
ここ数ヶ月のわたしに対するセシルの態度と発言は、本当にひどいもので。
やってもいないのに「サラを馬鹿にしただろう」、だの「サラを池に突き落とした」だの、「妻の座はお前にくれてやるが、俺の愛を求めるな」、だの。
散々な事を言われつづけた。
正直恋心などもう吹っ飛んでいる。
バッカス伯爵家の内情を秘密裏に調べさせたところ、わたしとの結婚を伯爵がセシルに迫ったっていうのも本当だったし。
多分向こうもわたしへの恋心など、最初から一切なかったのだろう。
それでも婚約を解消せず、「妻の座はくれてやる」と言っているあたり、父親の言うことに逆らえないのか、それとも我が家に婿入りだけはしたいのか。
我がモンロー公爵家は、三年前に嫡男だったお兄様が不慮の事故で亡くなってしまって。
わたし──ひいてはわたしの夫になる人が公爵位を継ぐことになるのだけど。
最初から『愛さない』と宣言しているくせに、『お前の権力と財力だけは欲しい』、なんて厚かましいにも程がある。
「本日も婚約の解消を提案してみる、とおっしゃっていましたが、その結果はどうだったのですか?」
ジオの声に、わたしは眉を寄せる。
そう、今日の夜会でわたしは婚約解消をセシルに提案してみたのだ。
というより、わたしはもう数週間も前から、彼と会う度に『婚約の解消』を申し出ている。
セシルがサラを溺愛しているのは、誰に目にも明らかだったし。
サラばかりを優先してわたしを蔑ろにし悪者扱いするするセシルに、わたしももう疲れてしまった。
だったら穏便な婚約解消を、と思ったのだけれど。
「『ああ、またそうやって俺の気をひくつもりか。 しつこい。 その手には乗らないぞ、この悪女め』と一蹴されてまた終了。 サラと仲良くダンスホールに消えて行ったわ」
以前同じような展開で、「待ってよ、まだ話は終わっていないわ」と慌てて追いかけたところ、「醜い嫉妬心でこれ以上俺に付き纏うな」と物凄い剣幕で怒鳴られたため、今回は追いかけて話を続けることはしなかった、という内容の説明をしたところ、ジオに物凄く哀れんだ視線を向けられる。
「………………」
いつもは「本当に鈍臭いですね、お嬢様は」とか、「やる気、あります?」とか。
切れ味抜群の鋭いツッコミを入れて来るジオの、不自然な沈黙がつらい。
「ねえ、何か言ってよ。 その哀れむような目だけを向けてくるの、ほんとやめて!」
「……本当に…不憫ですね、お嬢様……」
「ちょっと! 心底同情されると、それはそれでなんか傷つくんだけど!」
「本当にお嬢様は我が儘ですね。 しかし……いつまでも手を拱いているわけにも行きませんね」
急に真剣味が増したジオの声に、わたしも顔を引き締めて頷いた。
いつまでも手を拱いているわけにはいかない──本当にその通りだ。
婚約を先に解消してしまえば、『死神 太郎』のいう未来は起きないはずなのに。
なのに、真面目に取り合ってすらもらえず、話はいつも終わってしまう。
お父様を通して、バッカス伯爵家にも話をしてもらったけれど。
我が家とつながりが欲しいんであろうバッカス家からは、一向に色よい返事が来ない。
早くしないと。
最初の手紙が届いてもう三ヶ月はたっている。
わたしの死亡時期である、『おおよそ三ヶ月後』の『おおよそ』がいつ来るかわからない。
もうなりふり構っていられない。
「もう一度お父様に婚約解消の話をして……」
「お嬢様、お手紙が届いていますよ」
お父様の力を借りて婚約の解消をする。
そう続くはずのわたしの言葉が、部屋をノックする音と共に告げられた言葉に途切れる。
ドクッと心臓が嫌な音を立ててなった気がした。
「わ、わかった」
震える声でなんとか返事をして。
対応しようとするジオを右手で制して、自ら立ち上がって手紙を受けとった。
手渡されたのは、もう見慣れてしまった真っ白な封筒。
差出人は──タナトス社 第一営業部係長 『死神 太郎』
なんだかものすごく嫌な予感がする。
ソファに戻って、一度大きく深呼吸をする。
震える手で丁寧に封をあければ、いつもと同じ真っ白な便箋がでてきた。
そうしてカサリと乾いた音を立てて、便箋を開けば。
『親愛なるレイラ=モンロー様。
三日以内にあなたに会いに行きます』
真っ白い便箋の真ん中に、たった一文、そう書かれていた。




