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「レイラ=モンロー公爵令嬢。 どうかこの俺セシル=バッカスと結婚してほしい」
一面の花畑。 それらが一番美しく映える夕暮れ時。
周りにチラホラといる他人のことなど一切気にせず、その美しい青い瞳にわたしだけをうつして。
彼は迷うことなくその場に右膝をついた。
そうして、震える手で差し出したそれをわたしは言葉もなく見つめていた。
パカリと開かれたその中には、わたしの瞳と同じ紫色の大きな宝石がついた指輪が入っていて。
それを見た瞬間、心臓はまた一段階高く鳴った。
正直ほんの少しだけ期待していた。
今いるこの場所は、王都の中でも有名なプロポーズスポットで。
三日前に顔をほんのり赤く染めた彼──セシル=バッカスに誘われたときから、もしかしたらと淡い期待を抱いていた。
けれどまさか本当に実現するなんて思っていなかった。
今回もダメだった、と肩を落として帰る未来しか想像できなかったのに。
なのにまさか本当に大好きな彼からプロポーズされるなんて。
貴族学院で同じクラスになったときから、ずっとずっと好きだった。
けれど恥ずかしくて気付かれたくなくて。
精一杯格好をつけては、気のないふりをしてた。
なのにまさか。
「そ、そんなに言うなら、結婚してあげてもいいわ」
ずっと好きだった人にプロポーズをされた。
彼の婚約者になれた。
間違いなく人生で一番幸せな日だった。
柄にもなく、この幸せを他人にも分けてあげたくて。
道端で倒れていた見知らぬ男の子を助けて、屋敷に連れ帰ってしまうくらいにはわたしは浮かれまくっていた。
だけどその翌日。
『親愛なるレイラ=モンロー様。
誠に残念ながら、おおよそ三ヶ月後の良く晴れた昼下がりに、あなたの人生が終了することが内定しましたのでここにお知らせいたします』
なんと人生終了のお知らせが届いた。
「まずいまずい、すっごくまずいわ……」
部屋に入ってそうそうに、わたしはソファに倒れ込んだ。
もう今日は衝撃が強すぎて立っていることも辛い。
それでもちゃんとこうして屋敷まで帰ってきたのだ。
努力家のわたしを、誰か褒めてほしい。
「おやまあ、どうかなさったんですか、お嬢様?」
すぐ側からのんびりとした声が聞こると同時に、いれたばかりのお茶が、音もなく静かに差し出された。
声の方に顔を向ければ、小型犬を彷彿とさせるような金髪金目のかわいい男の子が、執事服をきて立っていて。
「どうしたもこうしたもないのよ、ジオ。 聞いてよぉ」
「あ、お触りは厳禁でお願いします、お嬢様」
あまりの可愛さに、その柔らかそうな髪をわしゃわしゃさせてもらおうと思ったら、無情にもひょいと避けられた。
ついでにペシリと手まで叩き落とされる。
うう、今日はわたし心にとてつもないダメージをくらっているから、癒しが欲しかったのだけれど。
今日もジオは安定の塩対応ね。
「ああ、尊敬して止まないお嬢様であれば、特別に。 お触りもこれで考えなくもないですよ?」
こ・れと。
そういってジオは、右手の親指と人差し指を擦り合わせた。
かわいい天使のような顔が、まるで悪徳領主みたいである。
この世界でその仕種はまさしく『お金』を意味する。
つまりジオは、こんな無害な子犬のようなかわいい外見をしている癖に、お金で体を触らせるといっているのだ。
なんと不純な。
けれど……。
「……ちなみにおいくら?」
「一触り金貨五枚」
「たかっ! 無理!」
さすがに金貨五枚は払えない。
この子のことだから、指先に触れただけで笑顔でお金を請求されそうだし。
「おや、お嬢様はお金持ちのくせにケチくさいですね」、と笑いながら、テーブルの上にわたしの好きなお菓子を丁寧に用意してくれているこのジオは、わたしが三ヶ月前に行き倒れているところを助けた子だ。
なんでも義母との仲が悪くて、家に軟禁状態だったところを逃げ出してきたのだとか。
行くところがない、家に帰ったらいかり狂った義母に殺されるかもしれない、とその天使のようなかわいい顔で泣きつかれて、しょうがなくそのまま我が家で雇うことになった。
結果、「お前が拾ってきたんだからお前が面倒を見なさい」という父の言葉で、わたし付きの侍従見習いになっているわけだけど。
もう、ね。
たった三ヶ月で見習いの域を超えてると思う。
ものすごく覚えがいいうえに、持ち前の愛想のよさ(わたし以外には愛想がいいのよね)で、あちこちで可愛がられているという噂だ。
「それで? 一体どうなさったのですか?」
数種類あるお菓子の中から、特にわたしが好きなお菓子を寸分違わず選び取ったジオは、それをお皿に綺麗に並べてわたしの前に置いてくれた。
「さあ、たんとお食べ」と。
声には出てなかったけど、表情と仕種でそう促され、わたしはよいしょと体を起こした。
「どうもこうもないのよ、ジオ! また手紙の通りだったのよ!」
「え? …またですか?」
えい、と八つ当たり気味にフォークを豪快にぶっさして。
チーズケーキを頬いっぱいに詰め込みながら、涙ながらに訴える。
こんなマナーもマの時もない姿、誰かに見られたらお説教ものだけど。
今はジオしかいないからいいでしょう。
そう自分を甘やかしつつ、二つ目のチョコケーキもぶっさした。
「……では今回も、手紙の内容は全てあっていた、というわけですね」
「そうなの!」
神妙な表情で考え込むジオに、わたしもうんうんと頷いた。
「それは……まずいですね」
「そう!」
「このまま行くと、本当に最初の手紙にあったとおり、『お嬢様の人生終了』というわけですか? それは……大変残念ですね、ご愁傷様です」
「やめてよ! しかも全然残念そうじゃないの、余計傷つくわ!」
「せめてもっと悲しそうにしてよ」といえば、「すみません、根が正直なもので。 本番はもう少し頑張りますね」と天使のような顔で微笑まれてしまう。
「ちょっと、本番ってなに? わたしのお葬式とかそういう話? ほんとやめてよ、洒落になってないんだってば!」
「すみません、洒落たつもりはないんですが」
「余計ひどいってば! ねえ、それよりどうしよう。 どうしたらいいと思う? 早くなんとかしないと、もうすぐわたし『死神 太郎』の餌食になっちゃうのよ?」
「きっとやつがわたしを迎えに来るのよ。 そしてあんなことや、こんなことまでさせられちゃうのよ」、と顔を覆って泣いたふりをする。
ふりではあるけれど、本当に泣きたいくらいだ。
どうしよう、どうしようとプチパニックになるわたしに、ジオは「落ち着いてください、みっともないですよ」と冷たく言い放つ。
うう、相変わらず厳しい。
もう少し優しくしてくれてもいいのに。
「とにかく一度、状況を整理しましょう。 始まりは確か……三ヶ月ほど前でしたか?」
「そう」
ジオの、落ち着いた(顔に似合わない)低音ボイスに促され、わたしは意識してゆっくりと呼吸をする。
そうしてこれまでのことを思い出してみた。
読んでくださりありがとうございました。




