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追放された遠征書記官は、勇者パーティの敗因を知りすぎている  作者: 黒猫
第2章 敗因を武器にする

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第九話① 列が伸びる道


 乾鐘山の依頼から二日後、南区の冒険者ギルドの掲示板には、新しい追記札が一枚増えていた。


 乾鐘山・基礎薬草採取同行および帰路護衛

 追記:青冷葉群生地奥に夜蜜蘭らしき群生条件あり。ただし湿地装備なしでの採取非推奨。帰路では荷の揺れ、脱水、追加採取による遅延に注意。


 短い文面だった。


 けれど、そこにはちゃんと意味がある。

 次に乾鐘山へ入る誰かが、夜蜜蘭の甘い匂いに気づいても、何も知らずに湿地へ踏み込むことは減る。

 乾毛兎を追って荷を崩す人も、少しは減るかもしれない。


 そう思うと、胸の奥が少しだけ静かになった。


「また増えたね」

 シエルが隣で言った。


「はい」

「こういうの、ちゃんと残っていくといいね」

「……そうですね」


 俺は頷いた。


 旧灰鐘坑道。

 旧南導水路。

 白靄葦原。

 乾鐘山。


 どれも大きな武勲じゃない。

 けれど、危険の形が言葉になり、次の誰かへ渡されている。


 それだけで、俺たちが潜った意味は少し残る。


「レイン」

 ミラが掲示板の別の列を見ながら呼んだ。

「はい」

「これ、気になるわ」


 彼女が指していたのは、細長い依頼札だった。


 狐背尾根・荷箱搬送護衛および道標確認

 基本護衛報酬:銀貨五枚

 荷箱無傷搬送:追加銀貨二枚

 追記事項:細道多し。前後分断、荷崩れ、道標見落としの報告あり。風鳴り烏の群れに注意。


 依頼札の端には、黄銅色の小さな鋲が打たれていた。


 南区のギルドでは、依頼札の縁や鋲でおおよその扱いが分かる。木札だけなら通常の浅層依頼。黄銅の鋲があれば、危険そのものは浅いが、判断や連携を誤れば中級者の隊でも失敗しうる依頼。赤い封蝋つきなら、実績のある隊か指名がなければ受けられない。


 狐背尾根は、その中間だった。


 今の俺たちが何の実績もなく選ぶには、少し重い。

 けれど、止められるほどではない。


「狐背尾根」

 ノアが低く言った。

「嫌な道だな」

「知ってるんですか」

「一度だけ通った。道幅はあるが、曲がり方が悪い。前と後ろの見通しがすぐ切れる」

「狐の背中みたいに細くて曲がってる、ってこと?」

 シエルが札を覗き込む。

「たぶん」

 ノアは短く答えた。

「名前だけはうまい」


 俺は依頼札を見つめた。


 前後分断。

 荷崩れ。

 道標見落とし。

 風鳴り烏。


 どれも単体では致命的に見えない。

 でも、重なると危ない。


 細い尾根道で、荷箱を運ぶ。

 曲がりが続き、声が届きにくい。

 そこへ、人の声や鈴の音に似た鳴き声が混じる。


 列が切れる条件は、揃っている。


「どう見る?」

 ミラが聞く。


「強敵の依頼ではないと思います」

「じゃあ何が危ない?」

「進む速さが揃わないことです」


 ミラが少しだけ眉を上げた。


「速さ?」

「はい。身軽な人間と、荷を持った人間では、同じ道でも進める速さが違います。曲がりの多い尾根なら、一つ角を抜けるだけで姿が見えなくなる。そこで声まで紛らわされたら、互いの位置を見失う」

「前が軽くて、後ろが重い」

 シエルが言う。

「そうです」

「それで間が空く」

「はい。その空いたところに、道標の見落としや烏の声が入る」


 ノアが腕を組んだ。


「荷を守る依頼なのに、荷が隊列を壊すわけか」

「そういうことです」

「嫌な依頼だな」

「ええ」


 ミラは依頼札から目を離さなかった。


「つまり、私が先に行きすぎるってこと?」

「ミラさんが、というより」

 俺は言葉を選んだ。

「でも、近いです。ミラさんは前へ出られる人ですし、危ない場所でも一歩目が速い。行ける、と判断してから体が動くまでが短い」


 ミラはこちらを見た。

 表情は怒っていない。ただ、続きを待っている。


「それは強みです。でも、荷を持った人が同じように通れるとは限りません。足場を見る人、後ろを警戒する人、荷箱を押さえる人。それぞれ、歩幅が違う」

「私が大丈夫でも、後ろが大丈夫とは限らない」

「はい」

「……耳が痛いわね」

 ミラは少し困ったように笑った。

「でも、たぶん正しいわ」


 言いながら、昔の遠征を思い出していた。


 勇者アレスの背中は、いつも速かった。

 強く、迷わず、華があった。


 けれど、あの背中に全員が同じ速度でついていけたわけではない。


 足元を確認する者。

 後方を警戒する者。

 傷を庇う者。

 荷を抱える者。


 隊列は、一番前の速さだけでは決まらない。


「レイン?」

 ミラの声で、意識が戻る。

「すみません」

「受ける?」

「はい。今の僕たちに必要な依頼だと思います」

「私に?」

「ミラさんだけじゃありません。全員に、です」


 ミラはそれで納得したのか、依頼札を剥がした。


 受付へ持っていくと、ハロルドが記録机からこちらを見た。


「狐背尾根か」

「僕たちでも受けられますか」

 俺が聞くと、ハロルドは依頼札の黄銅鋲を指先で叩いた。


「本来なら、組んで間もない隊には勧めん。だが、お前たちは直近の報告がある。旧灰鐘坑道、旧南導水路、白靄葦原、乾鐘山。どれも大きな依頼じゃないが、帰還率と報告の質は悪くない」

「……なら、黄銅鋲の依頼でも通るんですね」

「そういうことだ」


 ハロルドは帳面をめくった。


「荷箱は三つ。中身は硝子薬瓶と乾燥薬材だ。王都南西の小さな施療所へ運ぶ。箱が割れれば追加報酬はなし」

「同行者は?」

「運搬人が二人。力はあるが、尾根道には慣れていない」

「前後分断の報告は、どのあたりで?」

「第二道標の先だ。尾根が三度曲がる。そこで姿が切れる。荷箱を落とした隊が二組。足を踏み外して骨を折った者が一人。さらに三年前には、霧の日に運搬人が一人行方不明になっている」


 ハロルドの声は淡々としていた。


 でも、目は少しだけこちらを試しているようでもあった。


「風鳴り烏は?」

 シエルが聞いた。

「大型ではない。だが鳴き声が厄介だ。人の呼び声や、荷につけた鈴の音に似ることがある」

「嫌なやつ」

「嫌なやつだ」

 ノアが短く同意した。


 ハロルドは俺たちを順に見た。


「受けるなら、条件がある」

「はい」

「道標の確認と、分断が起きた地点の報告を必ず残せ。無傷で運べば追加報酬。さらに、分断箇所の詳細が使える内容なら記録手当をつける」

「記録手当つきね」

 シエルが小さく笑う。

「だんだん、そういう依頼が増えてきたね」

「お前たち向きだろう」

 ハロルドは短く言った。


 ミラが札を持ち直す。


「受けるわ」

「いいだろう」


 依頼を受けたあと、俺たちは荷運び用の小道具を揃えた。


 麻紐。

 細い鈴。

 白墨。

 荷箱を固定する布。

 そして、短く鳴らせる木笛を二つ。


「笛?」

 ミラが手に取る。

「声が風で流される時用です」

「合図を決めるのね」

「はい。短く一回で停止。二回で前進。長く一回で後退」

「後退まで?」

「狐背尾根では、たぶん前に進むより戻る方が難しい」


 ノアは頷いた。


「俺は後ろか」

「今日は最後尾をお願いします」

「分かった」

「僕は中央で、荷箱と前後の間隔を見ます。シエルさんは運搬人のそばで、疲れと足元を」

「了解」

「ミラさんは前です。ただし、曲がり角を抜けたら止まってください」

「毎回?」

「毎回です」

「……分かった」


 その返事は素直だった。

 でも、少しだけ悔しそうにも聞こえた。


 ミラは前へ進める人だ。

 だからこそ、止まることを覚える必要がある。


 狐背尾根へ向かう街道で、俺はそれを改めて思った。


 今日の危険は、敵の強さじゃない。

 身軽な足と、荷を抱えた足の差だ。


 曲がり角一つ。

 見えなくなる背中。

 風に混じる、紛らわしい鳴き声。


 その小さな空白が、荷を落とすかもしれない。依頼の失敗につながるかもしれないし、足を踏み外した誰かが怪我をすることだってある。


 俺は木笛を指先で確かめながら、先を歩くミラの背中を見た。


 前に進めることと、隊を進ませることは違う。


 今日は、その違いを見る依頼になる。


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