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追放された遠征書記官は、勇者パーティの敗因を知りすぎている  作者: 黒猫
第2章 敗因を武器にする

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第八話① 採れることと持って帰れること

 《灯火の羅針盤》と名乗るようになってから、少しだけ日が経った。


 白靄葦原の依頼を終え、休みの日も一度挟んで、俺たちはまた南区の冒険者ギルドにいた。


 朝の掲示板は相変わらず混んでいる。依頼札を読む探索者、横から報酬額だけを覗き込む者、受付へ急ぐ者。革鎧の擦れる音と、木札が揺れる乾いた音が混ざり、いつもの南区の朝ができあがっていた。


 ただ、少しだけ変わったこともある。


「……見られてるね」

 シエルが小さく言った。


 確かに、掲示板の前に立つ俺たちへ向けられる視線は、以前より増えていた。露骨ではない。だが、旧灰鐘坑道、旧南導水路、白靄葦原と、何度か無傷に近い形で依頼を終えたせいだろう。


 《灯火の羅針盤》。


 その名前が、ようやく少しだけギルドの中で意味を持ち始めている。


「良い意味ならいいけど」

 シエルが続ける。

「良い意味だけじゃないでしょうね」

 ミラは掲示板から目を離さずに言った。

「怪我をしない隊っていうのは、頼もしいけど、面倒そうにも見えるもの」

「面倒でいい」

 ノアが短く言う。

「雑に死ぬよりましだ」

「ノアらしいね」

「事実だ」


 俺は二人のやり取りを聞きながら、掲示板を見上げた。


 魔物討伐、荷運び護衛、浅層巡回。札はいくつもある。だが、今の俺たちが選ぶべきものは、派手な討伐ではない。


 崩れないやり方を、ひとつずつ確かめる。


 その中で、目に留まった札があった。


 乾鐘山・基礎薬草採取同行および帰路護衛

 基本護衛報酬:銀貨四枚

 規定納品達成:追加銀貨三枚

 採取対象:白蛇舌草十二束、赤結葉八束、青冷葉八束

 追記事項:帰路での脱水、脚負傷、採取籠の落下報告あり。日没前帰還推奨。超過採取分は薬師組合が別途買い取り。


 俺は、その札の前で足を止めた。


「これです」

「早いわね」

 ミラが横から覗き込む。

「薬草採取?」

「はい」

「魔物は?」

「書かれていません。少なくとも、主な危険は魔物じゃない」


 シエルが札の文字を目で追う。


「白蛇舌草、赤結葉、青冷葉……基本薬草だね」

「知ってるんですか」

「調合の授業で習うよ。白蛇舌草は毒消し、赤結葉は止血、青冷葉は熱冷まし。どれも珍しくはないけど、雑に採ると使い物にならない」

「なら余計に向いています」

 俺は答えた。


 ミラが少し首を傾げる。


「珍しくない薬草なら、難しくないんじゃない?」

「採るだけなら、です」

「持って帰る方?」

「はい」


 俺は追記事項を指で示した。


「帰路での脱水、脚負傷、採取籠の落下。これは魔物に襲われた報告じゃありません。採ったあとに崩れてる」

「採ったあと……」

 シエルが呟く。

「白靄葦原の時と少し似てるね」

「似ています。ただ、今回は視界不良じゃない。荷重と疲労です」


 ノアが腕を組んだ。


「採取籠が重くなって、帰りの足が鈍る。水も減ってる。下りで膝がぶれる。そこへ急げば落とす」

「たぶん」

 俺は頷いた。

「しかも薬草採取は、もう少し採れる、あと少し奥へ行ける、と思いやすい。採れることと、持ち帰れることは違うのに」


 言いながら、俺は少しだけ胸の奥が冷えるのを感じていた。


 勇者遠征隊でも、似た失敗は何度もあった。

 行ける、と判断した時にはまだ足りていても、帰りの分はいつも行きより重い。

 疲労。荷物。怪我。焦り。

 その全部が、戻る道で一気に噛みついてくる。


「レイン?」

 ミラの声で、意識が戻る。

「すみません」

「受ける?」

「はい。今の僕たちに合っています」


 ミラは迷わず札を剥がした。


「じゃあ決まりね」

「薬草採取で、基本が銀貨四枚。達成で追加三枚か」

 ノアが言う。

「軽い依頼に見えるが、少し高い」

「途中で戻る隊が多いのかもしれません」

 俺は答える。

「あるいは、納品物の傷みが多い」

「またそういう依頼か」

「またそういう依頼です」

「嫌いじゃない」


 受付へ行くと、ちょうどハロルドが奥の記録机から顔を上げた。命名の時に隊名を書き留めた時と同じ、鋭い目つきだった。


「乾鐘山か」

「何かありますか」

 俺が聞くと、ハロルドは短く頷いた。


「重傷者は出ていない。だが、同じような軽傷が続いている。水切れ、捻挫、籠の落下。あとは、採取対象の混入だ」

「誤認ですか」

「白蛇舌草に斑蛇舌草を混ぜて戻る者がいる。薬師から苦情が来た」


 シエルが小さく眉を寄せる。


「白蛇舌草なら、葉先が二股で、白い筋が根元まで通ってるやつですよね」

「そうだ」

 ハロルドが言う。

「だが焦ると間違える。特に帰り際に追加で採ろうとしたものが混じる」

「帰り際の追加採取……」

 俺は小さく繰り返した。


 形が見えてきた。


 行きで採る。籠が重くなる。水が減る。帰りにまだ足りない気がして、近くの似た草を雑に摘む。そこで混入するか、足を滑らせる。


 失敗は、たぶん一つじゃない。


 いくつもの小さな油断が、帰路で重なる。


「同行する採取役は?」

「薬師組合の見習いが一人。名はエマだ」

「前にも入っているんですか」

「ああ。前回は帰りで籠を落として、納品をかなり駄目にした。だから今回は護衛付きの立て直しだ」


 その説明で十分だった。


 誰かが雑だったわけじゃない。

 たぶん、少しだけ足りない判断が何度も重なった。


「分かりました」

 俺は頷く。

「受けます」


 受付を離れると、ミラがこちらを見る。


「準備は?」

「水を多めに。縄を一本。採取籠は空のうちから持ち方を確認します。それと、今日は最初に上限を決めます」

「上限?」

「最低納品量は白蛇舌草十二束、赤結葉八束、青冷葉八束。超過分の買い取りはありますが、持ち帰れない量を採っても意味がない。だから籠の重さで止めます」

「採れるだけ採らないの?」

 シエルが聞く。

「採れるだけ採ると、持って帰れないことがあります」

「なるほど」

 ノアが短く言う。

「今日の敵は、欲だな」

「かなり近いです」


 ミラが深緑の革紐で髪を結び直した。買い物の日に俺が贈ったものだ。本人は何でもない顔をしているが、使ってくれているのを見ると、少しだけ落ち着かなくなる。


 シエルの耳元では、小さな雫の耳飾りが揺れていた。ノアの荷には、新しい革帯がきっちり巻かれている。


 どれも小さな変化だ。

 けれど、その小ささが今の四人にはよく似合っていた。


「行きましょう」

 ミラが言う。

「乾鐘山へ」


 ギルドの扉を出ると、朝の空はよく晴れていた。


 雨の気配はない。霧もない。

 視界は良く、道も分かりやすい。


 だからこそ、今日の危険は見えにくい。


 俺は水袋の数をもう一度確かめながら、乾いた風の吹く方角を見た。


 採れるかどうかじゃない。


 持ち帰れるかどうかだ。


 それを間違えた時、人はたぶん、強敵のいない場所でも崩れる。

更新まで間が空いてしまい、申し訳ありません。

それでも読みに来てくださり、本当にありがとうございます。

ここからまた更新していけたらと思っています。

引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

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