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追放された遠征書記官は、勇者パーティの敗因を知りすぎている  作者: 黒猫
第2章 敗因を武器にする

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第七話① 名のついた朝


 《灯火の羅針盤》という名前がついてから、初めての朝だった。


 南区の冒険者ギルドは相変わらず騒がしい。掲示板の前には探索者が群がり、受付の前には依頼達成の列ができている。革鎧の擦れる音、金具の触れ合う硬い音、朝の冷えた空気に混ざる獣脂と鉄の匂い。昨日までと同じはずなのに、俺には少しだけ違って見えた。


 前より視線の行き先が揃っている。


 俺たちは四人で入って、四人で掲示板の前に立っていた。


「……あ」

 シエルが小さく声を漏らした。


 視線の先、依頼受諾済みの札を戻すための名簿板に、見慣れない名前が一つ増えていた。


 《灯火の羅針盤》


 昨日、紙の上で見たばかりの文字だ。

 それが今日は、ギルドの木板にもう並んでいる。


「本当に書かれるんですね」

 思わず口にすると、ミラが笑った。

「昨日登録したんだから、そりゃそうでしょ」

「でも、実際に見ると少し違います」

「分かる」

 シエルが頷く。

「なんか、じわっとくるよね」

「大げさだ」

 ノアはそう言ったが、いつもより少しだけ長く名簿板を見ていた。


 掲示板の前では、もう何人かがこちらに気づいていた。


「……あれだろ、灰鐘坑道の」

「南導水路もやったって聞いた」

「《灯火の羅針盤》か」


 まだ小声だ。

 でも、名前で呼ばれるだけで少し落ち着かない。


「レイン」

 ミラが札の列を見ながら言う。

「はい」

「今日は、うちの手に合う依頼を取りたいわ」

「うちの手に合う、ですか」

「ええ。大物狩りとか、見栄えのするやつじゃなくていい」

 ミラは札の列から目を離さずに言った。

「今の四人で、何をどう潰せるか。それがちゃんと出る依頼がいい」


 その言い方に、俺は少しだけ頷いた。


 旧灰鐘坑道では崩れかけたところを止めた。

 旧南導水路では、崩れる形そのものを先に読んで潰した。

 だから次に必要なのは、同じことを別の場所でもやれると確かめることだ。


「派手じゃなくていいんですね」

「むしろ派手じゃない方がいい」

 ノアが言う。

「崩れ方が見やすい」

「それに、いきなり大きい依頼へ行ってもたぶん面倒」

 シエルが付け加えた。

「名前がついたばっかりだしね」


 掲示板を眺めていると、一枚の札が目に留まった。


 白靄葦原・採取道見回りおよび道標再確認

 報酬:銀貨六枚

 追記事項:濃霧時、視界不良による転倒・誤進多数。軽傷報告続き。


 俺はその札の前で止まった。


「これです」

「早いわね」

 ミラが横から覗き込む。

「理由は?」

「強敵じゃない。でも軽傷報告が続いてる。しかも()()だけじゃなくて()()も多い」

 俺は札を見たまま言った。

「単に足場が悪いなら、怪我の種類はもっと偏るはずです。視界不良で見間違えたり、隊列がずれたり、焦って動いてる可能性が高い」

「なるほど」

 ミラが頷く。

「視界不良で崩れる隊、ってわけね」

「たぶん」


 ノアが腕を組む。

「白靄葦原か。大怪我は少ないが、面倒だけは多い場所だな」

「知ってるんですか」

「前に一度だけ通った」

「どうでした?」

「見えるのに見えない。嫌な場所だった」

「分かりやすいですね」

「分かれば十分だろ」


 シエルも札を読んで、少しだけ眉を寄せた。


「霧ってだけで嫌だね」

「しかも採取道です。人の足跡と道の崩れ方が混じる」

「なおさら私たち向きね」

 ミラが言った。

「じゃあ、これにしましょう」


 札を受付へ持っていくと、奥の記録机からハロルドがこちらを見た。


「白靄葦原か」

「何かありますか」

 俺が聞くと、ハロルドは短く答えた。

「死者はまだ出ていない。だが軽傷と迷い込みが妙に多い。視界不良の依頼は、強い隊ほど軽く見て崩れる」

「なら、なおさら受ける意味はあります」

 俺が言うと、ハロルドは少しだけ目を細めた。

「……そうかもしれんな」


 受付を離れて支度を整える。


 ミラは細剣の位置を確かめ、ノアは手袋を引いて握り具合を見た。シエルは杖の石を指先で軽くなぞり、俺は記録札と鉛筆を外套の内側へ差し直す。


 ギルドを出て、白靄葦原へ向かう道すがら、俺は先に一つだけ言った。


「影を見ても、最初から敵だと思わないでください」

「いきなり怖いこと言うね」

 シエルが言う。

「視界不良で一番危ないのは、見えないことじゃありません。見えたものを、勝手に決めつけることです」

「分かった」

 ミラが短く頷く。

「今日は斬るより、崩れない方を優先する」

「そうしてもらえると助かります」

「お前は?」

 ノアが聞く。

「僕は、見間違えないように見ます」

「なにそれ」

 シエルが思わず吹き出す。

「でも、レインらしいね」

「それで十分だ」

 ノアが言った。


 朝の光はまだ薄い。

 けれど、葦原の方角にはもう白い靄が溜まり始めていた。

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