表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された遠征書記官は、勇者パーティの敗因を知りすぎている  作者: 黒猫
第一章 失敗を拾う者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/23

第六話② 帰り方を指すもの

 没案をいくつか出しても、さすがに食堂の卓ひとつで決まる話ではなかった。

 朝食を終えたあと、俺たちはギルド裏手の石段へ移った。


 荷車の出入り口に近いその場所は、表より少しだけ静かで、名前みたいな大事な話をするにはちょうどよかった。遠くで車輪が軋み、荷を運ぶ人足の声が時折聞こえてくる。けれど、掲示板の前ほど落ち着かないわけではない。


「じゃあ改めて」

 ミラが言った。

「どういう名前にしたいか、で考えましょう」


 名前そのものより、先に中身を決める。

 たぶんその方が、俺たちらしい。


「私はね」

 ミラは膝に肘を置き、少しだけ前を見た。

「強そうな名前じゃなくていいと思ってる」

「そうだな」

 ノアが言う。

「何度も言うけど、私はもう()()()()()()()()()()()()はいい」


 その声音に、軽さはなかった。


「前の隊では、勝てるかどうかより()()()()()()()()()の方が重かった。引くべき場面でも、崩れてるって言いづらかった。私はああいうのが嫌」

「……うん」

 シエルが小さく頷く。


 ミラは続けた。


「だから名前をつけるなら、虚勢じゃなくて、ちゃんと中身に追いつける名前がいい」

「中身、か」

 ノアが腕を組む。


 少し考えてから、彼も口を開いた。


「俺は、壊れないのがいい」

「壊れない?」

 俺が聞くと、ノアは頷いた。

「連携でも、判断でも、気持ちでも。前にいた連中は、崩れる時は一気だった。強い弱いじゃなく、どこか一つが割れると、そのまま全部駄目になる」

「……分かる」

 シエルが言う。

「私も、そういうの見たことある」

「だからせめて、崩れかけた時に戻せる隊がいい」

 ノアはそこで一度言葉を切った。

「お前が言う()()()()()()()って話、俺は嫌いじゃない」


 その言い方は不器用だったが、十分に伝わった。


 シエルは少しだけ考え込んでから、ぽつりと言った。


「私は、()()って言っていい隊がいいな」

「怖い?」

 ミラが聞き返す。

「うん。怖かったとか、痛かったとか、今のでちょっと遅れたとか、そういうの」

 シエルは膝を抱えたまま続ける。

「強い人って、たまにそういうのを言わなくなるでしょ。でも言えなくなると、どこで無理してるか分からなくなる」

「だから反省を毎回やりたいって言ったのか」

 ノアが言う。

「そう」

「理にかなってる」

 ミラも頷いた。

「言えない失敗は、次でも言えないものね」


 三人の言葉が、一つずつ積み上がっていく。


 虚勢じゃない。

 壊れない。

 怖いと言える。


 そのどれもが、ただ格好いい隊名よりずっと大事だった。


「レインは?」

 ミラが聞いた。


 俺はすぐには答えられなかった。


 考えていないわけじゃない。

 むしろずっと考えていた。

 ただ、それを言葉にすると、少しだけ怖かった。


「……僕は」

 口にした声は、思ったより静かだった。

「勝ち方より、帰り方を忘れない名前がいいです」

「帰り方」

 シエルが繰り返す。


「迷宮って、入る時より出る時の方が危ないことが多いんです。勝てるかどうかより、帰れるかどうかの方が先にある。なのに、多くの隊は勝ち筋ばかり覚えて、帰り方を軽く見る」

「だから、黒冠もそういう相手を食う」

 ミラが低く言った。


 俺は頷く。


「一つの灯りでも、戻る方向が分かれば人は落ち着きます。逆に、強くても方角を失うと崩れる」

「灯り、か」

 ノアが呟いた。

「方向、ね」

 シエルも続ける。


 そこで少しだけ沈黙が落ちた。


 荷車の軋む音。遠くの呼び声。朝の冷たい風。

 その全部の中で、言葉だけがゆっくり形を取り始める。


「灯りと……方向」

 ミラが考えるように言う。

「道標、は少し硬いわね」

「帰灯?」

 シエルが首を傾げる。

「ちょっと綺麗すぎる」

「羅針盤は?」

 ノアがぽつりと言った。


 三人が一斉にノアを見る。


「……何だ」

「いや、そういうの言うんだって」

 シエルが少し笑う。

「悪いか」

「悪くない」


 羅針盤。


 その言葉は、胸の奥へまっすぐ落ちた。

 方角を失わないためのもの。

 暗い場所で、どちらへ進み、どう戻るかを決めるもの。


「灯りと羅針盤」

 ミラがゆっくり口にする。

「悪くないわね」

「むしろかなりいい」

 シエルが言う。

「灯火の……羅針盤?」

「灯火の羅針盤」

 俺は小さく繰り返した。


 言葉にした瞬間、不思議なくらいしっくりきた。


 ただ明るいだけの灯りじゃない。

 ただ指すだけの羅針盤じゃない。

 暗い場所で、進み方と戻り方の両方を失わないための名前。


「それ」

 ミラが言った。

「私、好きよ」

「俺も異論なし」

 ノアが頷く。

「いいんじゃない?」

 シエルも笑った。


 三人の視線が、最後に俺へ向く。


「……僕も、それがいいと思います」


 言った瞬間、何かが少しだけ定まった気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ