第六話① 名前を決める朝
翌朝、南区の冒険者ギルドはいつも通り騒がしかった。
掲示板の前に群がる探索者たち。革鎧の擦れる音、金具の触れ合う音、受付で名前を呼ばれる声。朝の冷えた空気に混ざる獣脂と鉄の匂い。昨日までと何も変わらないはずなのに、俺には少しだけ違って見えた。
たぶん、俺たちが変わったのだと思う。
昨日、ギルドから帰る道すがら、俺たちは隊の名前の話をした。
その時の感覚が、朝になってもまだ胸のどこかに残っている。
「……やっぱり、気になってる?」
横でシエルが言った。
俺は掲示板から視線を外し、曖昧に頷いた。
「少しだけ」
「少しだけ、ね」
シエルは面白そうに笑う。
「かなり気にしてる顔に見えるけど」
「からかわないの」
ミラが軽くたしなめた。
「でも、私も同じよ」
そう言ってミラは、掲示板の前で足を止めたまま俺たちを見た。
「依頼の前に、名前を決めましょう」
その一言に迷いはなかった。
「先にか?」
ノアが聞く。
「ええ」
ミラは頷く。
「昨日の時点で、もう名前が必要なのは分かったもの。だったら今日は、潜る前にちゃんと決めたい」
「いるかどうかじゃなくて、何にするかを?」
シエルが言う。
「そう」
ミラは短く答えた。
「また依頼を一つ終えてから、なんて先延ばしにしたら、たぶん次もその次も同じよ」
それは、たしかにその通りだった。
必要かどうかはもう決まっている。
問題は、この四人がどんな隊として進みたいのか、その中身の方だ。
「僕も、先に話したいです」
気づけば、そう口にしていた。
三人が一斉にこちらを見る。
「珍しいわね」
ミラが少しだけ笑う。
「昨日あそこまで話しておいて、何も考えてない方がおかしいです」
そう言うと、シエルが吹き出した。
「言うようになったね」
「でも、レインの言う通りよ」
ミラが頷く。
「もう名前はいる。だから今日は、それがどういう名前かを決める」
「異論はない」
ノアが腕を組んだまま言う。
「珍しいわね。ノア、少し緊張してる?」
ミラが揶揄うように言う。
「まあな」
そこで少しだけ空気が和らいだ。
ギルドの真ん中で話すには、名前というのは妙に照れくさい話題だった。俺たちはそのまま、併設の小さな食堂へ移ることにした。
朝の時間帯の食堂は酒場というより、ほとんど簡易な飯屋だ。薄い粥、黒パン、塩気の強い干し肉。温かい湯気の立つ椀を前にすると、ようやく少しだけ肩の力が抜ける。
卓につくと、しばらく誰も口を開かなかった。
名前を決める。
口にすると簡単だが、いざ本当に決めるとなると妙に重い。
ただ格好いい言葉を選べばいいわけじゃないからだ。
最初に沈黙を破ったのは、やっぱりシエルだった。
「じゃあ、まず没案から出そう」
「またそれ?」
ミラが苦笑する。
「変なのを先に出した方が、本命が見えやすいんだって」
「本当か?」
ノアが怪訝そうに言う。
「半分くらいは本当」
「半分か」
「でも、黙ってるよりはいいでしょ?」
それはそうだった。
シエルは指を一本立てる。
「じゃあ一つ目。絶対帰り隊」
「却下」
ミラが即答した。
「早い」
「帰ってくるのは大事だけど、直球すぎるでしょ」
「じゃあ、不死の四人」
「縁起が悪いのかいいのか分からんな」
ノアが言う。
「方向性は分かります」
俺が口を挟むと、シエルがにやりとした。
「でしょ?」
ミラは木杯を指先で回しながら、少しだけ真面目な顔になる。
「じゃあ、条件だけ先に決めましょうか」
「条件?」
俺が聞き返す。
「ええ。強そうに見えるだけの名前はいらない」
その言葉に、ノアがすぐ頷いた。
「同感だ」
「綺麗すぎるのも違う気がする」
シエルが言う。
「最初から何も失敗しません、みたいな顔をしてる名前は嫌」
「……うん」
ミラも小さく頷く。
「私も、それは嫌」
三人の言葉を聞きながら、俺は少しだけ考えた。
失敗を隠さないこと。
怖いと言えること。
崩れかけたら戻せること。
ここまでの二日間で、俺たちがやってきたのはそういうことだった。
「少なくとも」
俺は静かに言った。
「失敗を隠す名前にはしたくないです」
今度は、三人ともすぐには返さなかった。
でも、沈黙は否定じゃなかった。
むしろ、同じところへ届いた時の静けさに近かった。
「うん」
ミラが最初に頷く。
「それは私も嫌」
「俺もだな」
ノアが言う。
「じゃあ、そこは決まりだね」
シエルが笑った。
「失敗を見なかったことにする名前は無し」
そこでようやく、俺たちの名前探しは本当に始まった。




