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冬の森の死体安置所  作者: 山田太朗
第七幕 デイドリーム・ビリーバー
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7.思考

 どこか空気がどろり、と――(いびつ)に濁った気がした。

 それはイルミナが今まで見たこともない、なんとも名状し難い表情を浮かべて立ち上がったイヴェルナを見たせいかもしれないし、腕を組み。(うつろ)な表情を浮かべていたジョンが、今度は自信たっぷりにしていたせいかもしれない。イルミナはジョンが吐いた言葉を咀嚼(そしゃく)しようと必死だったが、ジョンが歩み出し先ほどの二人のように対峙していた今やそれは不可能だった。イルミナはただの通訳なのだ。

「それを聞いて、貴方が無事に彼岸へと旅立つのを見送る我々だと思うの?」

 イヴェルナが言葉を紡ぎ、それをイルミナがジョンに伝える。彼女の持つ感情、その毛先一つ分すら伝えられたとは言えなかったが、それはイヴェルナの身体から(ほとばし)るように見えた何か――これは殺気とか言うやつだ――だけでジョンには充分なようだった。


「ぼくは既に死んでいる。今さら何を恐れる必要があるんだい?」

「我が国家では、死は救済であるべきなのよ。貴方の発言は王国民にとって侮辱と同義だわ。今すぐ此岸に引き戻して裁きを与えたいくらいのね」

「まるで出来ると言わんばかりだね」

「やって見せましょうか、ミスタ?」

「そうやってまたぼくを怒らせようとしているのかい? ワンパターンだね」


 そこで会話が途切れた。いや、ひょっとしたら向き合う二人の間では続いていたのかもしれない。それくらい彼らは互いの瞳から目を逸らさない。先にそうした方が負けだと言うように。

 そこでようやくイルミナは思考すべき余裕が出てきた。

 先ほどジョンははっきりと言った。「今回の件を表に出したい人間は女王陛下」である、と。それを知っているのは冬の森の関係者だけのはず。彼がどういう筋道で結論を組み上げたのかは理解できないが、仮にも間諜、数多もの仮説を組み立て、そこから結果を出すのを得意としているに違いない、イルミナは背筋が冷えるのを気取られないため、姿勢を正す。それをイヴェルナは否定しなかった。つまりはそういうことなのだ。今回の件、つまりは『埋葬』のことではない。彼らのやり取りから察するに、ジョンが殺害された直接の原因――彼の国の間諜組織に情報を渡すという命令を下したのは本当に女王陛下なのだろう。イルミナは陛下のにこやかな、まるで少女のような微笑みを思い出した。

 戦場を駆ける女神の二つ名を持つ、女王陛下。和をもってなんて教科書なんかには書いてあるけれど、それが不正確なのはイルミナも承知はしていた。彼女は実質的な我が国家の舵取りなのだから、災いを齎すものを許しはしないだろう。国家大事に比べたら、個人の命で贖えるならば安いものだと割り切ることもあるに違いない。世界はそういうものだとイルミナだって割り切っている。ただ……。


 ――彼女のやりかたではない。


 どこかちぐはぐなのだ。女王陛下に謁見したことのあるイルミナだからこそ、そう思うのかもと考えたが、イルミナなんかより遥かに多く会っているはずのイヴェルナが否定しない。否定していない?


「ともかく」


 たった今思考していたイヴェルナの声でイルミナは現実に引き戻された。

「ともかく、貴方はもう死体となっているし、今回の『埋葬』その指示の出しどころを私が漏らす訳には行かない。これ以上の議論は時間と――主に私の体力の無駄だわ。そう思わない、ジョン?」

 言葉を伝えながら、イルミナはその裏をなんとか読み解こうとしている。彼女の言葉は的を得ない。どこかふわふわと、頼りない綿毛のように二転三転しているところだってある。だが、実は一貫しているのではないか? イヴェルナの言動は今回の『埋葬』を完遂したくないという一点だけで読み解くと、意外と簡単に理解できるのではないか?


「そうか、イヴェルナさんは『埋葬』()()()()()()()()()が欲しかったんだ」


 思わず口を吐いた言葉を、イヴェルナが目で咎めてきた。とても怖い。イルミナの言葉を聞いたジョンが訝しげにこちらを伺う。「失礼、考え事をしていたもので」と言い訳めいてしまった。

「白は決して黒にはならないよ、逆もまた然りだ」

 そう、狼狽(ろうばい)したイルミナを見つめながらジョンが言う。イルミナが彼らの会話を理解したことに気づいたのかもしれない。


「まぁ、いいさ。ぼくは何も語らず、黙したまま彼岸へ旅立つとしよう。それが今を戦う仲間たちへの(はなむけ)になるだろうし」


 そう言うと、ジョンは満足げにイルミナの肩越しへと視線をやる。そこにはいつの間にかザックが立っていた。「時間だ」といつも以上に簡潔に述べるザックに話の大筋は理解してないであろうが、なんとなく――そう、なんとなくイルミナと同じ結論なんだと思えた。


「それではロッキンジー女史。私の代わりに貴女がこの国と、そして我が国家の行末を見守ってください。おっと、そんなに睨まなくてもいいでしょう」

 後半は無言のまま握手したイルミナたちを睨みつけているイヴェルナに対してのものだった。どうしていつかの殺人鬼といい、子爵令嬢といい、何故『埋葬』された死者たちはイルミナに何かを遺すのだろうか。


 ――これこそ正しく()()だね。


 そう考える間にも、ジョンは横たわり、やがて物言わぬ死体へと戻った。まるで初めから死んでいたかのように。



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