1.サーカス
「ねぇねぇ、イルミナ! これ見てよ、こうしたらね、ほらピエロが飛び出してきた!」
「良かったね、マリッサ。ちゃんとパパにお礼は言った?」
「もちろん! 次はね、 ・サーカスに連れてってくれるって! 約束したの! ね、パパ?」
「そうだね、マリッサ。いい子だから今日はこっちで寝よう。ほら、ぬいぐるみを持って」
「うん、今度はイルミナも行こうね。約束だからね!」
そこでイルミナは目を覚ました。こんなにはっきりとした夢を見たのは久しぶりだな、そう考えながら寝具から降り、着替え始めたところで彼女の手が止まった。
確かに夢ではあるが、さっきの会話は実際にイルミナと、その妹のマリッサとの間でのものだった。当時に流行病に罹患し、サーカスに行けなかったイルミナを哀れに思った(であろう)マリッサが、お土産に買ってもらったとかいう入れ子構造になったクマのぬいぐるみを見せてくれながら語ってくれた、サーカスの話だ。
そこまではいいのだ。
だが、幾度記憶をひっくり返してみても、マリッサと父親が約束したと言っていた、件のサーカス団の話が思い出せない。なんと言っていたっけ?
そこで大きなくしゃみが出た。自分が着替えの途中で思考に没頭していたことに気づく。誰も見ていないのに、イルミナは頬を赤らめると、照れ隠しにようにことさら大きな声で「急がなきゃ」と言って部屋を出た。
いつものように、朝食の準備と仕事をこなし、ハーブティーを淹れたところでイルミナはザックに聞いた。
「ねぇ、ザックってサーカス行ったことある?」
なんだその質問は、とでも言いたげにザックは手にした小刀を置いて首を振る。
「だよねぇ」
テーブルに肘をついてぼんやりしているイルミナに、ザックは珍しくはっきりと顔を顰めて見せた。それを見たイルミナは、こちらも珍しく慌てて「違うの」と言いながらザックを見る。
そして、今朝見た夢を語り始めた。
子供の頃のサーカス未遂から、サーカスに対して憧れがあったこと。
その夢は王都で観劇が叶い、達成できたこと。
しかし、その後に出た高熱で内容はほぼ記憶から飛んでいること。
「だからね、思ったの。実際に体験したとはいえ、そんな状態だったじゃない? だから、心の奥底ではサーカスの体験を欲しているんだって」
「それを聞いて俺にどうしろと?」
「別にどうだって話じゃないの、ザックはまだあたしの事分かってないね」
そう偉そうに胸を張るイルミナ。数行で終わりそうな事柄だというのに、拙い説明に一時間近く費やして、口を挟んだザックに対していい態度ではない。ただ、彼も特に何も言わずまだ話を続けるつもりのイルミナを見やる。ザックに比べると――誰であれそうではあるが――饒舌なイルミナを見るのは初めてだったからか、興が乗ったのかも知れない。
珍しく手を止め、イルミナの瞳をはっきりと見つめながら聞いてくれるザックに、こちらも興が乗ったのか、イルミナはサーカスの話から、自身の内面をまるで研究者のように語り始めていた。まるで、空白の期間を埋めるかのように。
予感めいた日だと言えたかもしれない。イルミナとザックは、気づけば部屋の中に夜の帳が下りるまで話し続けていた。
イルミナが冬の森に来てから、最良の日であったと彼女は後に断言した。この日以降、彼女はまるでサーカスのようにスリリングで――そして最悪で恐怖の、まるでグランギニョルのような苦悩に日々を費やすことになる。
イルミナ・ロッキンジーとザック・ノーガーが果たして平穏を取り戻せるのか、現時点では私が言及するべきことはない。
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