2.依頼
常時、雪が降り積もる冬の森。その一角にある死体安置所。
呼び鈴が鳴らされたのは、いつものように管理人のイルミナ・ロッキンジーが仕事を終え、朝食を作っていた時だった。ちょうど同僚であるザック・ノーガーは入れ替わりに地下へと降りていったところだ。
いつものことなので、特に怪訝に思うこともなくため息だけをついて火を止めると玄関へと向かい、覗き穴から見える来訪者に目を擦った。顔見知りではあったが、この死体安置所を訪れるはずがない顔なので驚きつつも、ドアを開かないという選択肢はない。
「おはよう、管理人殿」
「……そんな格好でここまで来たんですか?」
そこに立っていたのは、目を焼かないためにしても大ぶりな色眼鏡をつけ、高級そうな毛皮のコートを身にまとい、やたらと胸を強調し踝まで伸びた真っ赤なドレスを着た年齢不詳の女だった。イルミナを冬の森へと誘った張本人である、ギルドマスターである。
「あら、驚かないのね」
「だから驚いてますよ、そんな格好でこの森へと来るなんて」
「まぁいいわ。外は寒いから入れてちょうだいな」
そう言いながら、懐中から一通の手紙を取り出した。彼女が手にしているのは、おそらく自分で記したであろう、これまたドレスのように真っ赤なシーリングワックスで封がしているもの。彼女を追い返す口実を今まさに口にしようと思っていたイルミナを黙らせるには充分だった。
ギルドマスターを応接室に通し、いつも依頼人にそうするようにハーブティーを出し、いつもの貴族たちには決して取らない態度で、イルミナは切り出した。
「で、ギルドマスター様がわざわざこんな土地まで来るって事は、あたしはクビにでもなるんですか?」
「あら、初めて会った時は右も左もわからないような田舎娘だったのに、言うようになったじゃない」
イルミナの問いを軽口で受け流し、彼女は優雅な所作でカップを持ち上げるとハーブティーを飲んだ。「美味しいわね」その一言で頬が緩みかけたが、気を引き締めるため背筋を伸ばした。
「本当に、何の用ですか?」
イルミナが殊更攻撃的になるのは、彼女がいつも来訪する貴族ではないというのもあるが、彼女が纏う香水の匂いが苦手だったからだ。決して狭くはない応接室全体に香りが充満し、まるで彼女に抱かれているような錯覚を引き起こす。首を振ってその思考を追いやるイルミナを、何が楽しいのか笑みを浮かべて見ている。濃い紫の紅を引いた唇が、物語で読んだ禍々しい月を想起させた。
「私が冬の森を訪れる理由なんて一つしかないでしょう?」
そう言うと彼女は、テーブルに置かれていた手紙をイルミナの方へと押し出した。ギルドの――いや、王家の紋章でもある鷲が象られた、真っ赤なワックスが嫌でも目に入る。
「だからその理由が、クビ以外思いつかないんですけど」
不信感はあったが、彼女は手紙を開かなければ話を進めるつもりはないようで、イルミナは渋々ペーパーナイフを取り出した。どうか最上段に辞令や解雇の文字がありませんようにと祈りながら。
手紙には、冒頭に親愛なるザック・ノーガー、イルミナ・ロッキンジーと書いてあり、イルミナはひとまず胸を撫で下ろした。普段の依頼書(と言う名の命令書)の書き方だったからだ。しかし文を追うごとにその顔は段々と険しくなっていった。何がおかしいのか、来訪者はその様子を楽しげに眺めている。
「これは」
「分かってくれたかしら?」
「……はい。でもこんなことってあるんですね」
「そういえば、あなたはこう言った形の依頼って初めてだったわよね。詳しくは当代に聞くといいわ」
彼女はザックのことを名前ではなく、当代と呼んだ。それもイルミナの心がざわつく原因ではあったが、何も言わずにもう一度文面を読み返す。当然文章が変わるはずもなく、同じ事が書いてあった。もちろん文末にはいつものように「質問は一切受け付けない」とある。目の前にいるくせに。
「こういった依頼もあるのは理解しました。でも本当にこの人の『埋葬』をするんですか、バストラさん」
「あら、親愛を込めてイヴェルナと呼んでもいいのよ、イルミナ」
「あなたにファーストネームを呼ばれる筋合いはありません」
「あるわよ、私あなたの上司だもの」
話の筋道には異論があったが、上司だと言われたらイルミナは黙るしかない。こちらは彼女の気分一つで解雇される可能性が本当にあるのだ。
実はギルドは職業斡旋所と謳っているものの、派遣先よりも遥かに大きな発言権が国家から与えられている。そしてそのギルドを統括しているこの年齢不詳且つ娼婦のような見た目をした女は、いわば全ての労働者の頂点に立つと言っても過言ではない。彼女が筆を振るうだけで労働者の人生を変える事ができる。だからこそ、権力とは真逆に位置する清廉な人間が求められるのだ。冬の森に住み、世間とは隔絶されているイルミナでさえ、それくらいは知っていた。
それが今イルミナの眼前で、何が楽しいのかニコニコしている女――イヴェルナ・バストラである。
「ほら、当代も来たことだし、あとは二人で話し合えばいいわ」
イルミナが振り返ると、ちょうど部屋に入ってきたザックが香水の匂いに顔を顰めているところだった。「久しぶりね、当代」と声を掛けるイヴェルナを無視して、ザックが腰掛けるのを待ってからイルミナは依頼を読み上げる。彼女は気分を害した様子もなく、ただ手紙を読み上げるイルミナと、たまに頷くか首を振るザックを見つめているだけだった。
「分かった」
いつものように限りなく簡潔に頷くと、話は終わったと言わんばかりに立ち上がり部屋を出てゆく。その間彼女は一言も発さずに、顔の半分はありそうなほど大きな色眼鏡を弄び、イルミナたちの様子を眺めていた。
「もう、ザックってば」
「彼は自分の役割を理解しているのよ。もちろん、こちらのやり方もね。歴代でも理想の管理人と言って良いかもしれないわ」
「歴代?」
答える代わりに、イヴェルナは手紙をとんとんと指さす。文末のことを言いたいのだろう、確認しなくても分かった。だからイルミナも事務的に答える。
「それでは指定された日時にお待ちしていますと依頼人の――クイーン・メアリー・ラローナ八世女王陛下にお伝えください」
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