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冬の森の死体安置所  作者: 山田太朗
幕間劇
67/75

或るカフェテラスにおいて

「奴めの爵位が返上されたそうだな」

「長男があんな大事件を引き起こしてしまった以上は仕方ないのではないか。むしろ寛大とも言えると我は考えるがな」

「ふん、寛大とは。物は言いようだな」


 王国北にある避暑地。その一角にあるカフェのオープンテラス、季節は冬に移ろい始めた頃。眼前に(そび)え立つ山々は雪化粧を始めているものもあった。太陽は沈みつつあり、夜の(とばり)が下り始めた頃合い。当然ながら客は彼ら以外にいない。

 これだけの条件が揃っているからこそ、老人と少女は誰に遠慮するでもなく会話を続けていた。


「ところで当代の『埋葬』は此度(こたび)で幾度目だったか?」

「さて。正確な数字は分からんが、かつてない程の数をこなしているとだけ」

「ではもう間もなく?」

「イエス。当代の寿命はもう間もなくだろう」


 そう口にした少女の手に持ったカップが震えているのを老人は見逃さない。だがあえて何も言わずに話を進めた。


「それにしても最近の貴族どもの蛮行は目に余るな」

「それは仕方のないことだろう。我の……いや、彼らの時とは時代も情勢も違うのだから」

「まさか『埋葬』にあんな使い方があろうとは。ラローナもえげつないカードの切り方をする」

「仕方がない。今の彼女が守るのは数千万もの民草だ。あの頃とは何もかもが違う。それにこちらの方が人道的だとも言えるだろう」

「人道的! 君の口からそんな単語が出るとは。長生きはしてみるものだな」


 そこで言葉を切ると、二人はどちらともなく否でも視界に入ってくる雪化粧を始めた尾根を見上げた。王国最高峰であり、王族以外は立ち入ることが出来ない霊峰である。冷ややかな視線を投げかけながら、老人はとうに冷えたカップの残りを口にして顔を(しか)めた。


「さて、どうしたものか」

「我に動けと言うつもりか?」

「そうは言っていない。ただ緩やかだった流れが激流に変化してゆくよう感じるのは、私が歳を食ったせいなのだろうかね」

「はて、異な事を申す御仁だ」


 くつくつと。老人も釣られて笑いながらティーカップをテーブルに置いた。


「もう良かろう。もう何もかもが手遅れなのだ。王族も動けば、財団も動く。大が動けばそこには小が暗躍する隙間がいくらでも生まれるだろう。いくつもの(ひず)みが生まれ、そして消えゆくのはもう決定的な事象なのだ」

「歪みに事象、ね。さすが先生は物知りでいらっしゃる。それにしても、よもやノーガーを小物扱いとは、全く肝が太い御仁だ。ともあれば気がかりは」

「どうやら考えることは同じようだな」

「我らの彼岸、世界の構築には不要な異物。いや、遺物か。ともかく彼女を……イルミナ・ロッキンジーには」


()()()()死んでもらわなければ」


 そう呟くと、私は窓を見た。宵闇の窓は鏡のように私を映す。不機嫌そうにテーブルに肘をつき、そばかすだらけの顔をしている。退屈そうだ。事実とても退屈している。

 手元に視線を戻すと、そこには手のひらより少し大きい手帳がある。もう何年も使っているので、明るい茶色だった表紙は濃い飴色になっていた。開くと、几帳面な文字がびっしりと並んでいる。彼がこなした『埋葬』――その依頼人と死者たちの特徴が書き込まれていた。


「丁寧なものだな」


 その声で視線を戻した。老人がひどくつまらない物言いで言うので、私は何故かおかしくなって笑ってしまう。


「ともかく」


 照れ隠しにテーブルに突いた腕で口元を隠し、殊更事務的に窓を見る。店員が閉店を告げにきたのだろう、小声で言った。


「イルミナ・ロッキンジーこそが歪みであり、混沌を引き起こしているのは確定だ。のんびりしている暇はない。もはや我らには残された時間がないだろう。全てを終えなくては」


 だから。

 そう、だから。私は殺すことにしたのだ。

 窓に映った私が(いや)な笑みを浮かべる。


 そうすれば、きっと。ザックも()()()を愛してくれるに違いない。



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