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冬の森の死体安置所  作者: 山田太朗
第六幕 ロメオ・イ・フリエッタ・ホーム・スイート・ホーム
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10.殺意

 言葉を発するものがいないだけで、礼拝堂はその冷たさを増したようだった。少女の可憐な口からはおおよそ出てこない単語。フリエッタが持つ深淵(あるいは表層)を撫でるくらいには接してきたのに、その単語を聞くとイルミナは身体が竦んでしまう感覚を覚えてしまう。

「……イルミナお姉様?」

 訝しげな表情でイルミナを覗き込むフリエッタ。(べに)で彩られている小さく薄い唇が動く度に現実を(ささや)いてきた。


 殺人。

 

 間違いなくそう言っている。そして死体を確認した訳ではないが、ロメオの供述から彼が義母であるアリアを殺したのは間違いないのだろう。

 そう。アリア・モンジューはロメオ・モンジューの実母ではない。幼少の頃、現モンジュー侯爵が後妻として迎えたそうだ。そして彼女は二人の子を産んだ。先ほどロメオが言っていた弟、そしてフリエッタである。アリアはロメオにとっては血の繋がりはないが、フリエッタからすれば実母なのだ。魑魅魍魎が跋扈する貴族社会。ゴシップ誌など書き立てる以上の物事があって然るべきなのだろう。

 

 病没ではなく、離縁されて行方不明になった(とされている)ロメオの実母。

 後釜に座ったアリアの実家は、件の前妻と政治的に対立していた家。

 フリエッタが大した縁もない子爵であるキャビューレ家へと養子に出された経緯。

 付随する人々の憎悪と葛藤。

 

 それらの感情は、イルミナが目を通した報告書には一語たりとも書かれていなかった。味も素っ気もない事実だけを羅列した文章は、どこか歴史書然とした風情だけが残るものだった。

 だからこそ……今も優しい顔をしたまま淡々と話すフリエッタが狂気を孕んでいるようで恐ろしかった。


「イルミナお姉様も貴族に生まれて、家族すらも信じられず、毎日暗殺に怯えながら暮らしていればきっと分かっていただけますわよ」

 

 悪戯な瞳のまま、口元に自嘲を浮かべそう零すフリエッタには、若さなんて微塵もなかった。老いか、はたまた何かしら進化への道程なのか――いけない。イルミナは頭を振って浮かぶ考えを打ち消した。どうやらフリエッタに引き込まれかけ、色々な物事、その線引きがあいまいになっているようだ。

 後ろを振り向くと、いつ目を覚ましたのか鳶色の瞳と目が合う。普段のように諦念(ていねん)望郷(ぼうきょう)をそのまま合わせて、名状しがたき感情をイルミナに投げかけるザック・ノーガーだ。それを見てイルミナは安心した。いつもの礼拝堂、いつもの仕事、いつもの……『埋葬』だ。


「安心してくれ、フリエッタ。しっかりと殺したよ。いつか君がされかけた事、その全ての恐怖と苦痛をあの女に与えてあげた。心残りはぼくの憎悪の言葉を半分すら伝えられなかったことくらいだ。あと十回は指を落としたかったというのに」

 ロメオはあらん限りの呪詛(じゅそ)を吐き散らしながら、アリア殺害の様子を語ってくれた。それをフリエッタへと伝えるのはイルミナだというのに。フリエッタもフリエッタだ。喜々として相槌を打ち、詳細を引き出そうとしている。


 先ず毒を飲ませて身体の自由を奪ったこと。

 耳元で子守唄を唄いながら眼球を取り出したこと。

 失血死しないように予め用意しておいた焼き(ごて)を止血に使ったこと。

 ゆっくりと両手足の指先から切り落としていったこと。

 腹を裂いて血に塗れた臓物を彼女の目前に掲げてみせたこと。

 彼女の最期の言葉は、うろと見紛うような眼窩(がんか)から涙を流しながら「ごめんなさい」だったこと。


「もうやめて!」


 イルミナは思わず叫んでいた。彼らはそこで初めてイルミナを認識したかのように、しばしきょとんとした後にばつの悪そうな表情を浮かべる――もちろん、それをしていたのはロメオだけだったが。

「すまなかった、管理人殿。不快な思いをさせてしまったこと、モンジュー家を代表して陳謝する。しかしこれは重要な物事なんだ。今回の事件、それの……そう、言わばヤードに対する調書のようなものだ。こうして遺しておかないとね。なんせぼくは死ぬから」

 そこでロメオは、いつの間にか手にしていた小瓶を弄ぶ。そうだった。今回の『埋葬』の目的を半ば忘れかけていた。

「マーキス、つまり今回の依頼はモンジュー家の政治汚職、及びフリエッタ嬢殺人未遂の弾劾(だんがい)ということですか?」

「正確ではないけれど、似たようなものだ。ぼくの告発にアリアの自白が揃えば充分だしね」

「だからマーキス・アリアの『埋葬』を……」

「その通り。だからぼくは罪を犯そうともアリアの『埋葬』をしなくてはいけなかった。死者は嘘を吐けないからね」

「……嘘を吐けない? 何を言って……?」

「おや、管理人殿。質問が軽すぎないか。常識だろう」

 常識。確かにそうだ。『埋葬』には複雑な制約と規則がある。イルミナは記憶を引っ張り出してみた。確かに彼女が経験した『埋葬』で死者は嘘を吐いていないように思える。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。ザックを見ると彼は微かに頷いた。

 ザックは先ほどから了承している。アリアが既に死んでいることも、そしてこのロメオの言葉も。

 今回の『埋葬』はイルミナのあずかり知らない所で何かが動いている。そしてその何かをイルミナは知る必要がないのだろう。

 

 先ほどからロメオはここでの会話が重要な証言になると言っている。そしてそれはあながち間違いとは言えない。冬の森は女王陛下直轄の土地であるのだ。依頼自体はギルドから降りてくるのだが、それを認可しているのは女王陛下。すなわち我が国家そのもの。証拠が必須とも言える警察機構にも絶対の効果を持つ。


 ――きっとあの男が何かしらを捏造するのだろう。


 イルミナは厳めしい顔をした禿頭の男の顔を思い出した。ヤードは警察機構ではあるが、頂点に立ち、絶対的な権力をふるうのは、権力におもねるあの男の傀儡(かいらい)なのだ。

 つまり今回の『埋葬』はモンジュー家だけの問題ではないのだろう。何も知らないとはいえ、当事者の立場にいると誰かしらの思惑は透けてくるものなのだな。

 知らずのうち国家大事に巻き込まれている気がして、イルミナは自然と背筋が伸びる。


「今回の事件の段取りはある程度決まっているだろう。侯爵夫人と長男が自殺。あるいはどちらかが殺人を犯して覚悟の自死。そして彼らの遺した書からモンジュー家の闇が暴かれる――あらかたこういった筋書きになると思う。アリアの遺体はまぁ親父がどうにでもするんじゃないかな。遺体発見現場もここではなくモンジュー家の敷地内になるはずだ。だが、アンテラッソが手を出せるのはそこまでになるはずだ。そのように手を回しているからね。管理人殿、がっかりしたかもしれないけれど、これが世界ってものなんだ」


 がっかりしないと言えば嘘にはなるが、イルミナはもう成人しているし、世間がこういったものだとは理解していた。ただ、ほんの少し()めたけだ。没頭していた物語がメタフィクションだった時の気持ちに似ている。

 それが彼女を取り巻く()()の意思だったと気付くのはもう少し後のことだった。



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