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冬の森の死体安置所  作者: 山田太朗
第六幕 ロメオ・イ・フリエッタ・ホーム・スイート・ホーム
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7.『彼我の帷』

「おお……フリエッタ……!」

 ロメオはよろよろと、まるで酩酊(めいてい)しているかのようにフリエッタへと歩を進める。その声に感応した少女は長く美しい金髪を波打たせ、ロメオを見る。だが茫洋(ぼうよう)とした視線を投げかけるのみで愛しの兄(あるいは恋人)に会えたといった反応には見えない。おそらくまだ完全に()()()()いないのだろう。


 ――本当に美しい少女だ。


 同性のイルミナですら、彼女を見ると息をのんでしまう。所在なさげに礼拝堂を眺める、まるで飴玉のような大きな翠玉(エメラルド)の瞳の深さは、こちらを射抜くだけで虜にしてしまいかねない。可憐な唇は化粧のせいだろう、瞳とは対照的な紅玉(ルビー)の輝き。病的なまでの肌の白さはまるで磁器人形(ビスク・ドール)のよう。すらりと伸びた足首がドレスの裾からのぞいている。折れそうなほどに細い手を、確認するようにステンドグラスへと伸ばそうとしていて、それを長いまつ毛越しに見つめている表情は、どことなく蠱惑的(こわくてき)妖艶(ようえん)と言っても良かった。この少女は十五年で天へと昇ったと聞いている。それなのに、何故か完全な女のように見えた。

 これは生前からそうだったと聞いている。病気がちで、肌も弱いフリエッタ嬢はキャビューレの屋敷から滅多に姿を現さなかったそうだ。そんな少女に求婚する貴族は後をたたないとも噂されていた。そんな彼らに囲まれて、見た目は少女のまま――精神的には大人になっていったからこそ、成熟しているように見えるのだろう。それも相まって、神秘的な魅力は健在である。『深窓の令嬢にお(めみ)えするまで』という慣用句はイルミナも聞いたことがあった。人気のものに対して使う言葉なのだが、彼女のために大勢の貴族たちが列をなしたのも事実なのだ。ある意味では女王陛下よりも身近で有名な貴族。それを、イルミナは今まさに実感していた。

 貴族だけではなく、民衆たちにまで崇拝(すうはい)され、神格化された少女の夭折は様々な憶測を呼んだ。

 曰く、美しさを嫉んだ貴族に毒殺された。

 曰く、軍事に傾倒してゆく我が国家を儚んで入水(じゅすい)した。

 曰く、美の神(ミューゼ)に呼ばれて天への扉を開いた、等々。

 馬鹿げているとは思うが、それだけフリエッタ・キャビューレという少女は愛されていたのだ。

 そんな馬鹿馬鹿しい噂のひとつにこういったものがあったっけ。誰も信じないような絵空事めいたもの。それが真実だとは今この場にいる人間以外誰も信じないだろう。


 曰く。実の兄と添い遂げるために死を選んだ――空想の中にこそ真実がある。


「おお、フリエッタ! 君は本当にフリエッタなのかい?」

「もちろんよ、愛しいロメオ兄様」

 ロメオはフリエッタの細い手を握りしめ、肩を震わせて大声で泣き始めた――ところでイルミナは気付いた。『埋葬』によって魂を繋ぎ留められた彼らは、一切の例外なく古代語しか解さなくなっている。事実、フリエッタは古代語を使い、ロメオは冒頭で呼びかけた時以外は公用語を使っている。それなのに会話が成立しているのだ。

 跪いて子供のように泣きじゃくるロメオの頭を、フリエッタは心の底から慈しんでいるかのように撫でている。歌い上げるように「愛しい兄様」と呟きながら。

 そこでイルミナは気付いた。きっと彼らは生前に打ち合わせていたのだ。モンジュー家もキャビューレ家も古くから連なる銘家である。我が国で執り行われる『埋葬』という秘中の秘を知っていてもおかしくはない。

 彼らが本当に添い遂げるつもりなのだと想うと、イルミナの胸の奥底が急に冷え込んだ気がした。


「落ち着いた、兄様?」

 それから数分泣き続けたロメオの頬を撫で、フリエッタが言う。ロメオは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、イルミナを振り返った。その表情は『ぽかんとした』以外に形容しがたく、笑いをこらえるために咳ばらいをした。

「『埋葬』を始める前に二つほど質問してもいいですか、マーキス、そしてレィディー?」

「もちろん」

「なんなりと」

「先ほどのご様子を見るに、意思の疎通が取れているように感じました。通訳は必要でしょうか?」

 公用語と古代語、同じ言葉を繰り返すと、二人は同時に頷いた。

「実はぼくが話せる古代語は最初のだけなんだ」

「最初の……レィディーに呼びかけたときのものでしょうか?」

「イエス」答えたのはフリエッタだった。「それと管理人様。私はもう彼岸の住人。あちらには爵位などありませんから、フリエッタと呼んでいただいて結構ですよ」

 イルミナとフリエッタの会話中、ロメオは悲しそうな瞳を少女から離すことはなかった。当然だ。公用語と古代語は固有名詞以外、文の成り立ちも単語の意味も、果ては発する音までもが違う。あるいは『埋葬』そのもののように、決して交わらず、彼岸と此岸ほどの距離がある。そしてそれらを学ぶ権利は焚書によって失われてしまったはずなのだ。

「では二つ目の質問です。マーキス・モンジュー。あなたはどこで古代語を知ったのですか?」

「当然の質問だね。だが、その答えはフリエッタに語ってもらおう」

 回答の意図を汲めず、イルミナはただ眉を寄せた。

「呪われているんですよ」

 平坦に、そして感情を一切込めず言ったのは、フリエッタ。呪い。その禍々(まがまが)しい単語が彼女の口から出るには相応しくない。イルミナの視線は詠唱に疲れて腕を組み瞑目しているザックの隣に置いてある書に吸い込まれる。


「今回の『埋葬』にはこれが必要になるだろう」


 ザックがそう言って持ち出した書には、装丁(そうてい)に古代語で題が記されている。かつて生きていた古代人たちは、本は中身を読むものというポリシーがあったらしいから、本来は書物には何も書かれていない。だが、中には例外というものがある。イルミナも何冊か知っているそれは、呪書と呼ばれる文字通り一読しただけで体調を崩す呪われた書物だった。『彼我(ひが)(とばり)』と記されているその呪書を持ち出した理由を聞いていない。

 いつものようにイルミナだけが蚊帳(かや)の外に置かれていた。分からない物事を決してそのままにしないのはイルミナの美学だ。だから何気なく質問した。

「呪い……とは、公用語のことでしょうか? それとも古代語」

 知らなくてもいいことだってある。後にイルミナはそう後悔するが、それはすべてが終わってしまった結果を見たからだ。この時点で予測なんて出来うるはずもない。


「イエス。そして正確には、ノー。呪われているのは言葉だけではなく、この狂った()()そのものです」



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