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冬の森の死体安置所  作者: 山田太朗
第六幕 ロメオ・イ・フリエッタ・ホーム・スイート・ホーム
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6.しるし

「ザック、きちんと説明してよ」

 今確かにザックは、アリアの『埋葬』をすると言った。それは理解しているが、何故ザックは本来の手紙を読む前からアリアの『埋葬』だと分かっていたのか。イルミナの問いは聞こえているはずなのに、当の彼は唇を持ち上げて押し黙ったままだ。こういう時のザックには何を言っても無駄なのは経験から知っていたので、代わりにロメオに向き直る。

「どういうことでしょうか、ミスタ・モンジュー?」

「一応、ぼくも爵位は持っているしマーキス、もしくはロードと呼んで欲しいが……まぁいい。管理人の彼が言った通りさ。本来の依頼人はぼくで、『埋葬』されるべきはアリアだ」

 ロメオは、母の名を唾棄すべき存在かのように吐き捨てた。

「しかしミズ……ああいいえ、マーキス・アリアはご存命なのでは?」

「昨日まではね」

「それって……」

「ああ、ぼくが殺した」

 そう事もなげに言うロメオ。まるで天気の話でもしているような口調。イルミナは思わず彼から距離を取るように後ずさる。

「充分な説明ではないことを先ず詫びさせてくれ。管理人殿は理解しているようだけれど、君らに危害を加えるつもりはない。神に誓って、絶対だ」

「と言われましても」

 縋るような視線をザックに向けると、彼は微かに笑っていた。むかつく。

「信じられないだろうが、事実だ」ロメオはフリエッタの棺に置いてある水晶を手に取った。中身は当然毒物だ。「総てが終わり次第、ぼくはこれを飲んでフリエッタの元へと逝く」

 その瞳は本気のように見える。イルミナにはいつか執り行ったとある殺人鬼の『埋葬』以来、なんとなく人の嘘が分かるようになっていた。もちろん完璧ではない。取りこぼしだってあるだろう。だが、嘘つきの瞳には(よど)みがある。それくらいは見抜ける。言わば経験則が、ロメオの話は事実であると判断したのだ。

「分かりました。では、何も知らない私に説明をいただけますか?」

「もちろんだ」

 そう言うと、ロメオは舞台役者のように身振り手振りを添えて話し出した。


 モンジュー家。

 その歴史は、我が国家の開祖である遥か遠い昔まで遡る。国土の大半は大海に面している島国であるから、土着の蛮族たちが牛耳っていたそうだ。彼らは緑豊かな島だけでは満足できず、大海原を渡り、大陸へと侵攻して行ったと伝わる。我が国家と同盟を結び、それを防ぐ防波堤となっていたのがモンジュー家の始祖である。つまり、彼らは元々外国の人間なのだ。当時の長と手を結び、蛮族たちの侵攻を食い止めたばかりか、彼らを駆逐し、島に平穏をもたらし国家としての礎を築いた。こう聞くと彼らが玉座に就くべきだと思えるが、あくまで一歩引いて補佐として建国を手伝ったらしい。海峡戦争の中で、祖国を見切り島に亡命してきたと伝え聞くが、それはどこまで本当なのか分からない。とかく、我が国家の歴史はとても長い。現在の話から少なく見積もって千年は昔の話だ。そのどさくさに紛れてしまった話だってあるだろう。事実は、世界を守ったとも言える文明国の英雄が、内戦の末産まれた王国にやってきて国家中枢の実権を握った。それだけだ。

 だからこそ彼らの影響力は今日にも多分にある。ロメオの父であるアンテラッソ・モンジュー侯爵は現財務大臣なのだ。更には議席の半分近くをモンジューの息がかかった人間で占めているとも。国家の実権を握っている、言わば貴族の中の貴族だ。

 そして、イルミナを驚かせたのは、そこでロメオが笑いながら言った言葉だった。


「アリアは――いや、アンテラッソもか、ともかく彼らはぼくが邪魔だった。何度殺されかけたか思い出せないよ」


 言うまでもなく、ロメオはアンテラッソの実子である。だが、アリアとの血の繋がりはない。ロメオの産みの母は病没していると公表されていたが、事実はアリアが放逐したそうだ。その意味をイルミナは極力考えないようにしていた。

 ロメオの名誉のために言っておくが、彼は自身で言うほど無能ではない。イルミナは政治に明るくないので知らなかったが、モンジュー家と血縁のある上院議員の第一秘書をしているとか。それだけの地位にいるのだから、ゆくゆくは父親の後見の下、議会に登壇するのだろう。それをアンテラッソも期待していたはずだ。だがその実父にすら疎まれていると言うのは……。

「もちろん、アリアのせいだ。ヤツはぼくがまだ学生の頃から、小煩い姑のようにぼくの失敗を()に入り細に穿(うが)ち、小火(ぼや)を山火事だと言わんばかりに誇張して父に報告していた。疑いはしないよ、なんせ愛するアリアの言うことだから。一度、事故に見せかけて殺されかけた時に、思いきって訴えてみた。結果はもちろん無碍(むげ)にもなかったよ、知っているだろう? 貴族特有の厭らしい瞳――あれを実の息子に向けた時点で彼を信用するのはやめたよ。それからは敵が一人増えて、ぼくが不幸な事故に遭う確率も倍になった、という訳さ」

「でも、マーキスも……その、彼岸へと旅立つのであれば、わざわざこんな事をしなくても良かったのでは?」

「それは違う。アリアはぼくの死因を事故にするつもりだっんだ。そうすればモンジュー家は安泰、しかも厄介者の長男を排除するという一石二鳥なんて目算をしていたのさ。あいつらを赦せないのはフリエッタの死をも利用したことだ。それさえなければ、ぼくはここまでするつもりはなかった」

 ロメオは、はっきりと憎悪の焔を燃え上がらせると、唾棄(だき)するように両親をあいつらと吐き捨て、直後に優しい瞳でフリエッタの名を呼ばわった。


 ――つまりは、貴族社会は魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する裏側の世界なんだ。


 ロメオは表情どころか声音すらも変えて、まるで講談師のように語る裏側の世界を、そこだけはぽつりと零したのが印象的だった。

 一寸先すらも見渡すことが出来ない闇の中。しかも一番信用すべき両親ですら信用ならざる存在。人間社会の縮図とも言える場所を綱渡りしてきた彼にとっては、世界とは地獄そのものだったのだろう。熱を帯びてきた瞳。そして反対に視線は冷たく尖ってゆく。澱みそのものとなった彼の眼は、イルミナにとある殺人鬼を想起させた。

 その彼は世界を憎んでいた。

 きっとロメオだってそうなのだろう。彼は自殺すると言った。だが、そこでモンジュー家に関する物語は終わるわけではない。母を殺し、自死した次期侯爵。そんな恰好のスキャンダルをメディアや虐げられてきた議員が見逃すはずもない。下手をせずともモンジュー家の爵位は剥奪され、責任を追及され、彼らの栄光に満ちた歴史は終焉を迎えるだろう。ロメオにはそれが狙いなのだ。

 だからと言って。

「だからと言って人を殺めるなんて間違っている」

 イルミナは性善説を信じている訳ではない。だが、その言葉は自然と溢れてきて止まることはなかった。ロメオは笑う。

「解っている。ヒトは罪を犯すと等しく罰を受けるべきなんだ。法で決まっているからではない。そうしないと、我々は獣と同じになってしまう。いや、既にそれ以下の存在なのかもしれないね。過ちを繰り返し、そのくせにそれを顧みようともしない。だからある意味ではその象徴とも言える親を殺し、この輪廻から逃れようとしたのかも……いや、今のは忘れてくれ。失言だ」

 ロメオはそこで言葉を切ると、フリエッタの棺へと足を進める。

「きっとぼくは彼女とは同じところへは行けないだろうね。でも誰かがやらなきゃいけなかった事なんだ。腐敗しているのはモンジューだけじゃない。でも今回の件で一石を投じてみたい。自己を正当化する言い訳に聞こえるだろうけど、この心だけは本気だ」

 血の通っていない少女の頬をロメオは心底愛おしそうに撫でる。その所作だけでイルミナは彼を信用に足る人間だと判断した。これほど美しいエンゼルケアを見たことがなかったからだ。


「ヒトは簡単には変わらない」


 今まで押し黙っていたザックが口を開いた。ロメオは彼の存在を忘れていたかのように目を開き、軽く肩をすくめる。

「もちろん」

 ロメオの答えに満足したのか、ザックはそれ以上は何も言わず腕を組みなおした。

「もちろん、何も変わらない。モンジュー家が無くなったところで、また新たな勢力が出てくるだけだ。ぼくのやっている事は、ただの擦り付けなんだろう。でも何かが変わるかもしれない。変わらないかもしれない。ただ何もしないでおくというのは無責任だとぼくは考える。この小さな波紋を大きく出来る可能性を持った人間をぼくは一人だけ知っているんだ」

「誰ですか?」 

「ぼくには弟がいてね。父や母、もちろんぼくなんかより遥かに出来がいい。しかも本気でこの世界を憂いている。だからきっと大丈夫、これからのモンジュー家を――おっと、モンジューは終わるんだった。ひいては世界を建て直せるのはあいつしかいないだろうってね。慢心かな?」

 問われたイルミナは答えることが出来ない。ロメオのように大局を見る思考なんて持ち合わせていないし、日々を生きるだけで精一杯なただの小市民だからだ。きっと彼の考えは必要悪というヤツなのだろう。何かを(――世界――と――を繋ぐ――)守る、あるいは破壊するための。だが殺人は絶対的な悪であって間違いだ。それだけは確信を持って言える。イルミナはそこでザックをちらりと盗み見た。

「罪を犯し罰を受ける、それは分かりました。でも最後は(ゆる)しを貰うはず。ロード・モンジュー、あなたは誰に赦しを貰うのですか?」

 質問に質問を返す。その無礼に鼻白むことなく、ロメオはただ曖昧に笑った。

 人間の想い。

 それを形作るのは間違いなく言葉だ。ロメオに赦しを与える言葉、それを授けるのはきっと――。

 いつの間にか、ザックの詠唱が始まっていた。普段であれば、どこか突き刺すような古代語の羅列なのだが、今回はどこか違う。柔らかな音を紡ぐ管理人。それは、まさしく讃美歌だった。


「その答えは彼女に貰うといい」


 その言葉がきっかけであるかのように、美しい少女が起き上がり、両腕を天に突き上げた。

 フリエッタ・キャビューレ。

 

 ロメオ・モンジューの腹違いの()




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