5.行方
こつこつ。相変わらずの笑みを浮かべ、長椅子に足を組んだロメオが肘置きを叩く。貴族特有の優雅な所作をしているからこそ、異様に映った。彼は間違いなく苛ついている。落ち着きなく辺りを伺い、正面に座るイルミナと目が合うと片眼を閉じて肩をすくめた。もちろん笑顔を貼り付けたまま。
『埋葬』当日。
既に準備は終わり、フリエッタ嬢の遺体も運び込まれている。その正面に立つザックは瞑目したまま腕を組み、時折肩を揺らす以外は身じろぎもしない。
誰も言葉を発しないまま、一時間は過ぎただろうか。
イルミナは懐中から時計を取り出し、今朝になってから数度目のため息を落とした。
礼拝堂に入って数時間。本来の時間割であれば既にロメオの『埋葬』に執りかかる時間になろうとしていた。だが、未だフリエッタ嬢の『埋葬』すら始まっていない。その理由はただひとつだけだ。
此度の依頼人であるアリアが消えたのだ。
イルミナはいつものように夜明け前に目を覚まし、地下へと向かい、朝食を摂り、礼拝堂の確認をし、ロメオを起こし、アリアの部屋へと向かったのだが、姿が見えないのだ。
部屋の調度に異変はなく、寝具も乱れた様子はない。つまりアリアは眠らずにどこかへと行ったことになる。生粋の貴族である彼女が寝具を整え方なんて知るはずもなかったから、これは確実だろう。もちろん置手紙なんてものもなかった。
玄関の鍵もかかったまま。その他に客人が動ける場所はない。なにせこの死体安置所の性質として、鍵がないと開くことが出来ない部屋が大半なのだ。そしてその鍵はザックとイルミナが厳重に管理している。動かされた形跡もなければ他の万能鍵も存在しない。
――これはひょっとして噂に聞く、密室というやつなのだろうか。
イルミナは自身の考えを恥じたように大きく咳ばらいをした。不謹慎にもほどがある。
その音に反応したロメオが一瞬だけ真顔になったが、イルミナに気付かれると、貼り付けた笑みに戻る。異様だ。何もかもが異様だった。
「ねぇ、ザック。どうする?」
この空気に居たたまれなくなったイルミナは、返答に期待せずザックに問うた。だが、意外にも返事が来た。ザックもイルミナと同様の心境なのかもしれない。
「このままでは中止せざるを得ないだろう」
「へぇ、意外」
「何がだ?」
「ザックのことだから、絶対に『埋葬』を遂行するものだとばかり思ってた」
「それは困る!」
ザックが思わず振り返るほどに声を荒らげたのは、もちろんロメオだった。いつの間にか立ち上がり、ザックに詰め寄らんばかりの勢いだ。
彼の目元にはうっすらと涙が浮かんでいた。無理に笑おうとしているのだろう、唇の端が微かに引き攣っている。「それは困る……」と消え入りそうに繰り返すロメオの瞳は不気味な、狂人のそれだったのだが、彼の感情を初めて見たイルミナは何故か安心した。
「何故です?」
ザックは唇を閉じたままだったので、仕方なくイルミナが問う。
「それは……」
「口にしたくないのであれば結構ですが、管理人もこう言っていますし、このままでは『埋葬』を執り行う訳にはいきませんよ?」
これは事実だった。いくらギルドが高圧的に『埋葬』の指示を出してきても、最終的な決定権を持っているのはここ、『冬の森の死体安置所』――つまりはザックなのだ。彼の性格的に断ることはまずないのだが、ここに及んで『埋葬』内容の変更を申し出る貴族もいると聞く。ギルドを統括しているのは国家、ひいては女王陛下なのだ。彼らによる調べは万全なのだろうが、ヒトの澱み、その業の深さは書類なんかでは計れないのは当然。だからこそザック・ノーガーが管理人であり、冬の森という現場があるのだ。
それを分かっているから、イルミナは何も言わずただザックの鳶色の瞳を見つめる。それに気付いたのか、ロメオも縋るような視線をザックに向けた。もう笑ってはいない。
「恃む……いや、恃みます」
それだけを絞り出すと、彼は深々と頭を下げた。あまりの変貌に、イルミナは鼻白むよりも困惑した。きっとこれが本来のロメオ・モンジューという男なのだろう。先ほどまでの彼はきっと……イルミナはヴェールの向こうに見えた顔を思い出す。呪縛――何故かその言葉が頭に浮かんだ。
「二人でいいんだな?」
ザックは相変わらず何を考えているのか分からない表情でそれだけを言った。
「ちょっとザック……」
「おお、神よ! ありがとうございます!」
ロメオは涙を流して喜んでいる。
「……どういうこと? 依頼人のミズ・アリアがいないのに、そんな安請け合いしちゃっていいの?」
状況が掴めないイルミナにはいつものように肩をすくめるだけで、ザックは無言のままフリエッタ嬢の遺体の前へと向かう。
「その答えはぼくが」
いつ間にか隣に並んでいたロメオが、懐中から一通の便箋を取り出してイルミナに渡した。見紛うはずもない、それは昨日見たばかりの、ギルドからの手紙だった。ワックスがそのままで開封されていない――つまりは別の手紙、そしてこちらこそが本来の依頼なのだろう。イルミナは無言で受け取り、いつも懐中に持っているペーパーナイフを差し入れた。
「ザックは知っていたの?」
一読したイルミナは、小さな声で零した。それは消え入りそうな声だったが、沈黙が痛いほど満ちている礼拝堂には大きく響いた。いつものように軽く肩をすくめたザックの背に向けて、確認するかのように、イルミナは辞令を読み上げる。
「この命令が管理人によって読み上げられた時刻をもって、前述のアリア・モンジューからの依頼は破棄され、こちらが優先される。正当な手続きを踏んだ上で依頼人はロメオ・モンジューへと切り替わり、フリエッタ・キャビューレの『埋葬』を執り行った後、可及的速やかにアリア・モンジューの『埋葬』を執行すべし旨、申し遣わす」
もちろん文末にはいつものように「一切の質問は受け付けない」とある。そこでイルミナは「あっ」と声を上げた。
「ようやく気づいたか」
そうだ、あまりの出来事に失念していたが、前述の手紙にはこの文末がなかったではないか!
ザックは経験からその時点で気付いたのだろう――この『埋葬』にはまた別の側面があると。一通目の依頼は裏を返せば質問は受け付けるということ、おそらくギルドから冬の森へのメッセージ、符牒のようなもの。周回遅れでイルミナはようやく意味に気づいた。
「なんで言ってくれなかったのよ」
何年も勤めていて、そんなことも分からないのか――そう言う代わりに彼は鼻を啜った。そうだ、あの場にはアリアがいたではないか。彼女には知られてはいけない、つまり真の依頼人はロメオだと、ザックはあれだけの情報で気づいたのだ。モンジュー家は貴族中の貴族だ。つまり今まで見てきた貴族たちよりも、猜疑心が強いに違いない。幾重にも注意を払ってもやりすぎということはなさそうだった。事実イルミナは、アリアにもギルドにも騙されている。
「二人の時にでも教えてくれたら良かったのに」
「それは無理だ」
「なんでよ」
お前はすぐ顔に出るからな――そう結んでからザックは鼻の頭を軽く掻いた。それは彼の照れ隠しのような仕草だったのだが、今の会話のどこに照れる要素があったのだろうか。イルミナはそう思いザックの顔を見るが、すでにいつもの仏頂面に戻っている。
そしていつもの調子で高らかに宣言した。
「それでは、これよりフリエッタ・キャビューレ及びアリア・モンジューの『埋葬』を始める」
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