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冬の森の死体安置所  作者: 山田太朗
第六幕 ロメオ・イ・フリエッタ・ホーム・スイート・ホーム
58/75

4.小鳥

 ――どういう意味なのだろうか。


 イルミナは『埋葬』の設営する手を止め、顔を上げた。

 冬の森片隅にある礼拝堂。三階ほどの高さがある吹き抜けの天井に色とりどりの硝子がはめ込まれている。見慣れた光景のはずなのに、イルミナの心はまるで落ち着く気配がない。

 今までにない過酷な条件の為か、ザックは長椅子に身体を横たえて『埋葬』の開始を待っている。

 これは仕方のないことだった。順調にいったとしても今日の『埋葬』は半日がかりの大仕事なのだ。つまり通訳であるイルミナにとっても同等の仕事量と言えるのだが、いつも彼の消耗ぶりを見てきたので、設営を手伝えなどと言う気は一切ない。

 半分ほど終わっただろうか、礼拝堂に並べられた長椅子を見る。二重丸のような形で椅子を並べる予定だった。それがちょうど半月のように見えるのに満足したイルミナは近くにあった長椅子に腰かけ懐中から時計を取り出す。日付が変わろうとしていた。

 依頼人であるモンジュー母子は客室で眠っている頃だろう。いつまでも喋り続けていたロメオと、それを咎めるでもなくどこか歪な笑みを浮かべたアリアの二人を押し込むのに苦労した。それさえなければ設営はとうに終わり、明日――もう今日になるのか――の『埋葬』に備え多少でも眠れたというのに。

 いや、きっとそうでなくとも眠れなかっただろう。先ほど客室に並んでいた二人の笑顔は、イルミナが今まで見たことのない類のものだった。有り体に……はっきりと言わせてもらうならば、狂っている、そう断言できた。ロメオの無理やり貼り付けたような笑み。アリアのどこか舌ったらずな物言い。酷く出来の悪いグランギニョルを見せられているような、そんな気分だった。

 今まで見てきたどの貴族たちよりもそれらしい掴みどころのなさ。

 彼らはヒトではなく貴族という種族なのだと、イルミナは改めて思い知らされた。


 中央に置かれている祭壇を見る。フリエッタ嬢の遺体はまだ運び込まれていないが、棺を置く場所は既に決まっていた。その隣に小ぶりな机が置かれて、美しい小鳥を模した掌程度の水晶が、その麗しい見た目からは想像できない存在感を放っているのが、否でも目に入った。少し触れると、その中になみなみと注がれた無色の液体がかすかに揺れる。栓となっている(くちばし)を外し、一滴でも体内に入れると緩やかに……苦しみもないうちに天使が迎えにくるという。つまりは毒物である。愛らしい容器に正反対のものが入っている。それが現状イルミナの心情、そして今回の『埋葬』を表しているようで座りが悪い。

 とにかく、こんな僻地では解毒薬も間に合わない。それどころか、そんなものは最初から存在していない。なんでも王立軍医隊が極秘に開発した毒だそうだ。それが事実か確認する術をイルミナは持ち合わせていない。もしそんな物があったとしても、この毒は即効性のものらしく、これを飲めば速やかに、そして確実な死が約束されているとは、毒物の構成を嬉々として語ったアリアの弁だ。どうやら彼女もこの薬の制作に携わっていたらしい。

 それらから導き出される事実は、今日中にロメオが死ぬというだけだ。

 自殺――そういうことになる。我が国家ではそんなもの容認されていない。それを罰する法律はなかったとイルミナは記憶しているが、それは民間人の話である。没落貴族の自死は珍しくもないと以前イルミナは新聞の記事で読んだが、モンジュー家のような大物となればまた話は変わる。もちろん本人は死んでいるからどうしようもないのだが、代わりに縁者――この場合はモンジュー家が罰を受けることになる。爵位は剥奪、さらには千年続いたと彼らが自称するモンジューが歴史から抹消されかねない。そんな危険を冒してまで『埋葬』をする意味がイルミナにはわからなかった。ロメオは次期当主だと言っていた。しかし当代モンジュー伯爵は存命である。そんなことを容認するはずもない。そのことを問いただしたかったが(主にイルミナが犯罪者として裁かれないか)、当のロメオはずっとあの調子だったし、アリアは口をつぐんだまま。更にはいつものように、無言のままただ頷くだけのザック。誰もイルミナに答えを授けてくれるとは思えなかった。

 何もかもが分からない。

 何もかもが手探り。

 故に、何もかもがいつも通りと言えた。ある意味ではそれこそが『埋葬』なのだ。そもそも、死者を一時的にとはいえ、蘇らせるなんて絵空事のような事実が存在している。それに比べたら貴族の自死なんて珍しくもない。そう考えるとイルミナの心は多少軽くなった。

 ただ、そんな状態での『埋葬』なんてザックですら経験がないと言っていた。先代がつけていたという日誌にすら言及されていない。つまりはこの死体安置所創立以降初の出来事となる。だがいつもの会議中、ザックは普段の調子で肩をすくめた。やるべきことは変わらない――そう言う代わりに。


 そう。彼女らがやるべきことは二つだけ。


 依頼の通り、今から数刻後に病で夭折(ようせつ)したフリエッタの『埋葬』を執り行い。

 そして依頼の通り、その直後に毒を(あお)ることになるロメオの『埋葬』を執り行う。


 窓の外は変わらず雪が舞っている。ため息を落とし、イルミナは立ち上がった。


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