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冬の森の死体安置所  作者: 山田太朗
第六幕 ロメオ・イ・フリエッタ・ホーム・スイート・ホーム
57/75

3.喪服

「素晴らしい。美の女神が顕現(けんげん)されるとしたら、きっときみを形作るだろう」

「……はぁ、それはどうも」

「なんてことだ……ため息を吐く姿さえも美しいなんてまるでミューゼの如しだ、ぼくの心臓は驚きのあまり止まってしまいそうだよ」

「その辺りの美的感覚による宗教的な思想は色々と問題がありそうなので、話を進めさせていただきたいのですが――」

「なるほど、つまりきみは美の女神すらも超越したということか」

「そういう意味ではなくですね……」

「ちょっと待ってくれ!」

「……何か?」

「恐ろしい……美とはきみの声だけを指す……」

「だからそれを止めろっつってんのよ!!」

 

 イルミナはテーブルを叩いて立ち上がる。おおよそ()()()に対する口の利き方ではなかったが、この男は舞台役者ですら陳腐と言われるような台詞を、かれこれ三十分は繰り返していた。イルミナが息を吐く度、イルミナが口を開く度、イルミナが目を伏せる度……何をしようが一事が万事この調子だった。応接室のテーブルに置いたハーブティーは誰も口をつけないまま、とうに冷めている。普段は温厚なイルミナ(自称ではあるが)が怒るのも無理からぬ状況だ。

「……それで」

 続く言葉を聞きたくなかったイルミナは、男の隣に座る老婆に向かって話をする。

「それで、今回の依頼はどちらのものですか?」

「そうねぇ……」

 人差し指を頬に当てて小首を傾げる。何が面白いのか、老婆はこの死体安置所を訪れてからニコニコと笑顔のまま。イルミナが声を荒らげ立ち上がろうと尚表情に(かげ)りはない。それも彼女を苛立たせた。

「どこからでも関係ないのじゃないかしら? あなた方は管理人よね? そして私たちは依頼人」

 続きを待ったが、どうやらそれで終わりのようだった。あなた方、そう言った老婆の瞳は、イルミナの隣で腕組みしたまま微動だにしない管理人――ザック・ノーガーに向けられていた。

 確かにそのとおりである。イルミナの前には見慣れたギルドの紋章を(かたど)ったシーリングワックス付きの手紙。これに逆らう権限は、冬の森の死体安置所には存在していない。

「どうなさるのかしら? 我々――いや、彼だって忙しいの。出来れば早めに終わらせて欲しいところだわ」

 威圧的な物言い。久しぶりに見た、貴族らしい貴族だった。老婆は鍔の広い帽子、ヴェール越しに今度はイルミナを見た。老婆が足を組み替える度、絹が微かにそよぎ、首元にある大ぶりな真珠が光を反射する。

 

 仕事柄、貴族の相手は慣れている。老婆なんかより横柄な人間は山ほど見てきた。ザックだってそうだろう。だが、彼らの持つ雰囲気は異様そのものだった。何せ二人とも喪服を着ているのだ。ここ冬の森の死体安置所はその名が示す通りだ。遺体の一時預かり所。死者への敬意としてはこれ以上ないだろう。しかし、我が国家では喪服は葬儀の時に着用するもの。定義されている訳ではないが、作法としてはそうなっている。イルミナの記憶によれば、彼らが『埋葬』して欲しいという遺体は先月に葬儀を済ませ、この死体安置所に運び込まれていた。彼らが語った家が正しければ、貴族の中の貴族なのだ。そんな連中が作法を間違えるはずがない。

 つまり順序が逆なのだ。

 それがイルミナには異様に映った。隣を盗み見るが、ザックに変化はない。こういうこともあるのだろうか? 

「それでは、失礼します」

 イルミナはひとつ断って目前の封筒に刃を入れた。それを老婆は満足げに見守っている。隣の男は未だ雑音をまき散らしていた。ザックは腕組みしたままハーブティーを見つめている。やれやれ、変人が集まるとこうも話が進まないものなのか。

 薄灰色をした便箋二枚には、美しい文字が等間隔に並んでいた。相変わらずなのだな。文字というものは人柄を表す鏡のようなものだとイルミナは考える。それなのに、娼婦のような見た目をしたギルドマスターが書いたとはとても思えない、どこか素朴な文字列。

 内容はイルミナが想像した通りだった。抜粋すると以下の通り。

「冬の森の死体安置所管理者ザック・ノーガー及びイルミナ・ロッキンジー両名に、レイシ・キャビューレ子爵家長女フリエッタ・キャビューレの『埋葬』の儀、執行を申し遣わす」

 早逝したフリエッタ嬢の『埋葬』。それに異論は一切ない。イルミナが眉を(しか)めたのはその次にある文だった。

「これ、本気ですか?」

 男では話にならないと考え老婆へと尋ねる。相も変わらずニコニコしたまま、老婆はただ頷いた。

 イルミナはため息を落とし、ザックに伝わるようにその一文を読み上げた。

「キャビューレ家『埋葬』の儀を終了後、続けてアンテラッソ・モンジュー侯爵家長男ロメオ・モンジューの『埋葬』の儀を速やかに執り行うこと」

 

 一日に二件の『埋葬』。もちろん大変だったが、前例はあるし、イルミナもそれを経験している。問題はそれだけではない。イルミナの記憶が確かならば、先ほどから飽きることなく、愛と美を歌うように語るこの男。

「申し訳ございません、先ほど名前を伺ったのですが――その、聞き間違いではありませんか?」

「間違いではないわ。先ほど名乗った通り。そしてその手紙にも、何ら間違いはないと付け加えておくわ。私の名はアリア。アリア・モンジュー。そして隣に居るのは私の息子であり、歴史あるモンジュー家正統なる後継者である長男ロメオ・モンジューよ」

 


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