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冬の森の死体安置所  作者: 山田太朗
第五幕「空が泣いて月が死んでる悲しい静かな『世界』」
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3.岐路

 イルミナはセントラルへと向かう道中、数年間忘れていた自己との対話に時間を費やすことにした。トーカ村にいた時は、それこそ毎日のようにしてきたこと。何もない田舎には時間は膨大にあったし、何も知らないあの頃のイルミナには、夢や希望が溢れんばかりにあった。それらは自室にある姿見に向かうたびに擦り切れ、積み上げたそばから崩れゆく。その歪で名状しがたい内面を形成したものは、たった一枚の鏡だと言っても過言ではない。

 童話や物語の中で、可憐な少女たちは鏡に自己を投影し才覚に目覚める者もあれば、あるいは自身の持つ武器に気付き、それをもって願いを叶えることになる。彼女たちはいつだって美しかった……そうでなければ価値がないとばかりに。だからこそ後世まで語り継がれるのだろう。イルミナだってそう考え、心から物語を楽しんでいた時期もある。ただ人より夢から醒めるのが早かっただけだ。たった九歳で、お気に入りの人形を手に持ち、鏡に自身を映した瞬間に現実を知った。

 イルミナは幼少の頃から本と育ってきたため、精神的な成熟が同世代では格段に速かったと自負している。例えば友人たちが人形遊びに没頭していた時、彼女は人形が纏うドレスの成り立ちを調べていた。例えば少女たちが「おまじない」に夢中になっているのをしり目に、彼女は占いを科学的に解き明かそうとする本をむさぼった。知識こそが何物にも代え難い武器になると思い込んでいた。

 もちろん友人たちと居るときは、同じように無邪気に笑っていたのは言うまでもない。

 他者と違う振る舞いをすることで取り除かれるのは、村社会ではままあること。時として子供の方こそが他人に残酷になれることを、イルミナは知っていた。この瞬間まで自身が異物であるという自覚を持ち、排除されることなく上手く立ち回ってこれたのは、友人たちより優れていたからだ――そうイルミナは考えている。


 それらは誰にだってある、青の時代と呼ばれるもの。

 誰しもが持ちうる陳腐な思考を、他者より容姿が劣ると思いこんでいたイルミナが、自身を守る仮面(ペルソナ)として、決して気付かれないよう必死に隠し取り繕ってきた、イルミナ・ロッキンジーを形作るそのものだった。きっと神様は、容姿に劣るあたしに知識欲という天啓を授けたのだ――まるで(まじな)いのように、自身が持つ矛盾すらも見てみぬふりをしてイルミナをここまで育んできたそれは、(のろ)いであるとも言えた。

 少女を形どる精神的な歪さは、未成熟なイルミナを表していたと言っても過言ではない。しかし彼女は、それを認めたくなくて、早く大人になりたいと足掻き続けていた。


 友人だけではなく、親妹ですら知らない少女の本性は、彼女が嫌厭(けんえん)してきた貴族たちと同じ虚栄や自尊心に塗れたただのヒトである、そう絶望したのはいつの事だっただろう。

 鏡はいつだって正直だ。汚穢(おわい)に満ちたイルミナの心中すらも暴き出す。

 それらを隠し通すため、イルミナはトーカ村を出る必要があったのだ。 

 幸い王都では誰もイルミナ・ロッキンジーという個人に関心がない。職場も理想的だった。静謐な空間の元、知識を貪ることが出来、面倒極まりない他者との交流もない――はずだった。

 

 ザック・ノーガーは、イルミナ・ロッキンジーが無垢だった()()()を想起させるような男だった。彼の無骨な優しさは少女を癒すときもあれば、傷口に焼き鏝を突き刺す瞬間もある。彼の鳶色の瞳は、何もかもを見透かしているようであり、イルミナにとっては鏡に似た何かだった。

 ザックも自身と似ているとイルミナは考えている。老練然とした雰囲気を持ち、少年の瞳を持つ男。だからこの感情は同族嫌悪だと結論づけたのは、実にイルミナらしいと言える。そう判断したが、様々な感情で糊付けしたイルミナの仮面をいとも簡単に剥がしてしまう――彼に抱いている感情は、やはり恐怖そのものだと彼女は感じている。


 そのはずなのに。


 ――何故、あたしはこんなに苛ついているのだろうか。


 その結論にたどり着き、両手で顔を覆い瞳を閉じると、浮かんでくるのはザックの不機嫌そうな顔だった。自然と顔が綻んでいるのに気付くと、イルミナは自分しかいない車内だというのに居住まいを正し、辺りを見渡した。

 そこで気付く。いつの間にか馬車は止まっていた。目的地でないのは、車窓から見える森林から明らかだ。

 御者がいるはずの席には誰も座っていない。

「どういうこと……?」

 確認のため、車から降りるイルミナの目に入ったのは、倒れ伏した御者の片割れだった。どうやら昏倒しているようだ。死んではいない、イルミナがそう判断したのは、今まで散々死者を見てきた経験則からだった。

 何か持病でもあったのではないか。慌てて彼の元へ向かうと同時に、すっぽりと抜け落ちていた「もう一人の姿が見えない」ことの異常さ気付いた。

 それとほぼ同じくして、イルミナの顔が何かで覆われ「大人しくしろ、声を出したら殺す」と低く、狂気を孕んだ声が耳元で聞こえた。


 イルミナ・ロッキンジーが犯した三つの間違い、その一つが()()だと彼女が気づいたのは、現在進行形で巻き込まれている()()の事件、それにまつわる関係者が数名を残しルビコンを渡り彼岸の住人となってからになるのだが、それらは現時点で語ることではない。

 運命が、流転(るてん)する。



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