相対するは現在
「…………」
覚醒する。
2億5432万3162の世界を超えて、陽の行く末を見届けた俺は目を覚ました。
久しぶり……どころではない元の世界を眺め、俺は、思わず微笑む。
「なんで、まともに生きてるのか理解出来ない」
俺の付き添いとして、2億5432万3162の世界を共に歩いてきたアルスハリヤはくたびれた様子で項垂れる。
「君は……なんで……あのイカれた小娘に、咲いた櫻を見せたからなんだと言うんだ……スタッフロールの最中に、別映像を差し込むバカがこの世にいたとは……付き合わされた観客の身にもなってみろ……君のハーレムの一員に成り得ない死人の好感度稼いでどうしようってんだ……君になんの得がある……というか、なんで、アレだけの負荷を一身に受けてもなお廃人になってない……?」
「2億5432万3162の世界を超える負荷よりも、お前への憎悪が上回った」
「とんでもないラブストーリーが爆誕したな、おい。まさしく、愛憎入り交じるってやつか」
弱っているのか、いつもの皮肉にもキレがない。
アルスハリヤは、大きくため息を吐いた。
「魔人である僕ですらグロッキーだ。大量に流れ込んできた情報を排出するために、無理矢理、脳脊髄液によるグリンパティックシステムを弄ってはみたが……わかるか、2億5432万3162世界分の情報の辻褄合わせが必要だったんだぞ。幾度、パペッツ回路が切断されたかわからない。最早、君は元の三条燈色かどうかも定かじゃあない。人間とも魔人とも言えない。表面上は問題ないように視えるが、その内部は修復痕だらけ、たかが数週間を共に過ごした子供のために犯して良い損傷じゃなかった」
「俺には必要な損傷だったんだよ」
「だろうな、永きに渡って相乗りさせて頂き心身ともに味わわせて頂いたよ」
眉間を押さえたアルスハリヤは、うんざりした様子で首を振って――素早く顔を上げる。
「ヒーロ」
「あぁ、わかってる」
紫煙をくゆらせながら。
ひとりの人影が、俺の前へと現れる。
無傷の徳大寺霧雨は、ぷかぷかと煙を吐きながら笑む。
「どうもぉ~、お命回収に伺いましたぁ~」
「お前、ホントに合理主義者だな。陽とライゼリュートがしくじった場合も想定して、俺が弱り切る現在の現在まで身を潜めてたのか。まぁ、もう、ライゼリュートも陽もいない現在、お前が目的を達することは不可能になったけどな……お疲れ、ラーメンでも食いに行く?」
「あんたとは違って体型維持が大変なんでねぇ、ご遠慮しておきますよ」
身体の部品の殆どが欠けている俺を見て、キリウはせせら笑いを浮かべる。
「ぼっちゃん、ぼかぁ、諦めが悪くてね。確かに、今回は見事に失敗した。だから、次の機会を狙うことにする。そして、ようやく理解したぁ……あんた、ぼくの敵で邪魔で、障害でしかないと」
「悟るのが遅いな、もっと、結跏趺坐とかした方がいいんじゃねーの?」
「ウサギとカメが競争したらカメが勝ることもあるぅ……塞翁が馬、禍福は糾える縄の如し……結末は、この眼で見届けるまでわからなぃ」
キリウは不敵な笑みを浮かべ、俺は肩を竦める。
「ここまでこだわるってことは、お前にも譲れないものがあるんだろ?」
「第二次世界大戦における人間への発砲率は、わずか、15から20パーセント……無意識の条件反射を取り入れた訓練法を取り入れ、ベトナム戦争時には90から95パーセントにまで大幅に改善したぁ」
無造作に、キリウはゼリービーンズを噛み砕く。
「要はねぇ、坊っちゃん、これから殺し合う相手を理解するなんてことはすべきじゃあないってことですよ……人間は意識して人間を害するなんてことが出来るようになっちゃあいないんだ。ぼくに譲れないものがあって、そのための命懸けの献身があったとしても、それはあんたにとって知ったこっちゃあない」
動いてはいない。
動いてはいないにもかかわらず、キリウを中心に水面へ波紋が立った。
「ライゼリュートは消えて藤原陽も失敗した。けれど、徳大寺霧雨はまだ立っているぅ……なぁ、正義の味方、ぼかぁ、譲れはしないんだよ。あんたにだけは譲れる道を持ってはいやしないんだ。悪に味方すると決めたあの日、あの時、あの瞬間から、孤独の城の玉座で飾られた哀切を眺めている」
静かに、キリウは、互いに寄り添い合う三条櫻を見上げつぶやく。
「もう遅いんだよ、正義の味方」
片手をポケットに突っ込み、もう片方の手は煙草を摘んで――彼女は、独り、紫煙で顔を隠した。
「行くぜ……」
瞬間、投げ捨てられた煙草だけを残し、キリウの姿は掻き消える。
右――俺の顔面へと拳が迫った。




