ネズミ追いしかの山
開け放たれた貫通扉。
一息の合間に剣閃が走り、人影へと襲いかかる。
「違う違う違う!! トイレ探してただけだから!! わたしは、布巾景勝の地とかいう意味のわからない儀式に参加した覚えはないから!! ヒイロの妹なんてくれてやる!! 探せ!! 眼の前にいるだろ!! ぎゃーっ!!」
ぴょんぴょん跳ね回り。
開脚跳びでネズミの一閃を避けたミュールは、泣き喚きながら彼女の股を潜り、レイの傍までハイハイでやって来る。
「おい、こら!! 三条妹!! 三条家の教えはどうなってんだ、三条家の教えはァッ!! 嫁入り前のわたしに、お股開けっぴろげジャンプなんてさせるな!! なんだ、あの刑事で裁けるタイプの凶暴なヤツは!! シャバで陽気に刀振り回せる凶悪犯を放し飼いにするんじゃない!!」
「口は良いから手を動かしてください!! 早く縄をほどいて!!」
「えっ……と、特殊プレイの最中じゃなかったの……?」
「脳天ぶっ叩いて、身長160cm分縮めますよッ!!」
「わたしの存在なくなってる!!」
慌てて、ミュールは縄の結び目に手をつけ――三角飛びをしながら、斬りかかってきた侍衛頭を見て座席の下へ飛び込む。
「……ッ!!」
自身が転がされている座席の上半分が斬れ飛び、レイは身を縮めながら背もたれを押して床へ落ちる。
「おらーっ!! 一回、手ぇ、止めんかワレーッ!! そのまま斬ったりしたら、お前の大事な三条妹も、哀れ、バストサイズが0cmになるぞー!!」
素早くレイを引き寄せたミュールは、座席の下から巧みに縄を引っ張りレイのことを盾にして叫声を張り上げる。
「レイお嬢様を解放しなさい。ご両親が泣いてますよ」
「えっ、い、意外とノリ良いぞ、コイツ? 良いヤツじゃない? 友達になってくれたりするかな?」
「良いから縄!! 早く!!」
急かされて、ミュールは結び目に手をつける。
固く結ばれていて慌てていることもあり、ガチガチに固まった結び目は容易にほぐれず、ミュールが焦れば焦るほどに返って結び目が締まっていく。
「なんで、固結びにしたーッ!? こういう時は、リボン結びだろうがリボン結びぃー!! 三条家の教えはどうなってんだ、三条家の教えはァーッ!?」
「解けないなら切ってください!! 私の懐に短刀が!!」
「うおッ、なんだこのカメラ!? てか、胸、デッカッ!!」
「こ、こらっ!! け、経由地を揉みしだかないで下さいっ!!」
レイの胸元をまさぐっていたミュールは、ようやく、短刀を探り当てて取り出し――眼前に剣先が突き出す。
「ちょっ! まっ!! だっ!! ほーッ!!」
座席の下にレイと一緒に潜り込んだミュールだけを狙い、上方から剣先が突き下ろされる。
レイの手首の縄を引っ張りながら、コロコロと転がったミュールは幾度となく降り注いでくる剣先を躱す。座席の中に詰まった綿と埃がぱらぱらと降り、ケホケホと咳をしているレイは勢いよく引っ張られる度に息が詰まる。
「チッ」
何度も位置を変えられていると、レイにも当たると判断したのか。
上方から刀を突き下ろしていたネズミは、その場に膝をついて座席の下を覗き込み片手で勢いをつけミュール側へ薙ぎ払う形での攻撃を試みる。
「スライド式ミュール脚!!」
しかし、勢いをつける前にスライドしてきたミュールに手首を蹴られる。
その足を捕まえようと手を伸ばすが、座席下の補強具を掴んだミュールに奥側へと逃げられ、逆に指を蹴りつけられ痛手をこうむった。
硬直状態が続き……ネズミは立ち上がる。
「取引しよう」
「わかった、取引成立だ!!」
「内容を聞いてください……内容をぉ……ッ!!」
「ば、ばがっだ……ばがっだから……ぐ、ぐびはじゃめて……」
レイが後ろ手で締めていた首から手を離すと、涙目になったミュールは「こ、小粋なジョークなのに」と文句を言ってくる。
げほんと咳払いをしてから、ミュールは仕切り直しを試みた。
「詳細を聞いてやろう!!」
「レイ様をこちらに引き渡して頂きたい。さすれば、貴女のことを見逃し、レイ様にも手を出さないことを誓いましょう」
「はーん、バカタレがー!! そんな口約束に、なんの意味があるって言うんだぁー!? 約束を確実に守るという証拠あんのか証拠ぉー!! もっと、商品券三万円分とかつけてもらえないと信じる気にならんなー!!」
「商品券十万円分、贈呈いたします」
「どうやら、貴女は信頼に足る人物のようだ」
間髪を容れずにレイにぶん殴られ、ミュールは「信じるわけないだろ、ボケがー!!」と口汚く返答する。
「ならば、致し方ない」
座席の下から視えていたネズミの足が参号車の方へと向かう。
「「…………」」
レイとミュールは、無言で顔を見合わせる。
貫通扉が閉まる音、そして、ビッビッと粘着性のあるなにかを伸ばしては切り貼りしている作業音がくぐもって聞こえてくる。
「アイツ、なにしてるんだ……?」
「…………」
レイの目は、固く閉ざされている壱号車方面の扉を捉える。
その扉からは光が漏れておらず、現在、ネズミがなにか作業している参号車方面の扉から漏れている光もまた潰えていく。
そこでようやく――レイは思い至った。
「止めてッ!!」
「えっ?」
レイの手首の縄を切り終えて、足首の縄に取り掛かっていたミュールは顔を上げる。
「今直ぐ、ネズミを止めてッ!! アイツは――」
全身が凍りつく。
レイの両目は、座席下に放り込まれた投擲弾を見つけ――勢いよく、そこから白色のガスが噴き出した。




