かくれんぼの終わり
燈色の瞳が――重なる。
ライゼリュートの権能により、並行世界への入り口は開いている。
この場にふたつ存在している払暁叙事の固有魔法は発動し、五月雨式に空間へと走った切れ目は赤黒い中身を見せたかと思えば蒼光を放ちながら閉じていき、一息の合間に世界の選別と選別が衝突する。
陽の望んだ世界と俺が望んだ世界は異なる。
まさしく正反対、ゆえに対消滅が起こる。
反対方向へと弾き飛ばされた俺と陽は、同時に再度、払暁叙事を開こうとし――
「ヒーロッ、一手誤れば敗けるぞッ!!」
アルスハリヤの叫声を聞いて、俺は、腰の黒戒を指で抜くなり投げる。
事前動作のなかった下手投げ、実体を持たない陽に当たるわけもなかったが、思わず陽は仰け反って避ける。
ふっと、燈色の瞳が消える。
引き金。
「エイデルガルト、スノウを連れて離れろッ!!」
一足――飛ぶ。
朧車へ踏み込んだ足先の形で穴が開き、散乱する魔力光、蒼い稲光に包まれた俺は飛来してきた指弾を朧車の側面へ廻りながら躱し、再度、天面へと一足で戻ってから逆手に持った九鬼正宗を払った。
首――ライゼリュートは二本指で止める。
その場を離れようとしたエイデルガルトは巨大な掌に叩き落とされ、次いで、ラピスの叫び声が響いた。
「伏せッ!!」
伏せるや否や、逆立った前髪を暴風がさらった。
猛烈な勢いで逆巻きながら直進した風の矢は、狙い違わず、ライゼリュートの心臓を穿った。次いで、俺の左耳の上を二矢が掠める。再び、心臓上へと二の矢が突き刺さる。
「ヒイロ、現在、私の射線上ッ!! 後ろに!?」
「眼ぇ付けるッ!!」
逆袈裟。
当然のように受け止めたライゼリュートを目視した瞬間、俺は首を左へと思い切り傾ける。風切音、錐揉みしながら矢は飛んで、現在まで俺の頭があった空間を通り抜けてライゼリュートへ着弾する。
俺の動作を視て、ラピスは喝采を上げる。
「ナイス射線避けッ!!」
「オッケー、視えてる視えてるッ!! アーチャー、ビビってるぅ!!」
「その煽ってるアーチャー、味方ね? 味方」
逆袈裟を受け止めているライゼリュートの左掌。
着弾した矢の衝撃で握力が鈍ったのか、光剣を放したのを見て取った俺は、右から左の逆手へ持ち替え、峰へと右掌底を叩きつける。
ライゼリュートの首へと刃が喰い込む。
劣勢を見て取った陽は払暁叙事を開眼し、取り込み中のライゼリュートが権能を発動出来ない様を見て舌打ちする。
「ラピスッ!!」
「オッケーッ!!」
俺たちは爽やかに笑い合い、同じタイミングで身を躱して矢を撃った。
俺の避けた先へ飛んできた太矢が、俺の背中へと見事に突き刺さり、内臓をえぐりながら腹から突き出る。
「「息ぴったり!!」」
「やはり、この世界は滅ぼさねば……ッ!!」
決意を新たにした陽の前で、後ろを向いたラピスは斜め上方へ矢を撃った。
「もういいよ、射線、こっちで確保するから」
一、二、三。
三本飛んだ矢は放物線を描きながら進行方向を捻じ曲げ、一本目の矢と二本目の矢が俺の背後でかち合って、方向を変えた一本目の矢は曲がってきた三本目の矢と衝突し、俺の前へと回ってきた一本目の矢がライゼリュートの脳天を捉える。
足で弓を上方へ蹴飛ばして。
両手に矢を生成するなり、ラピスは、眼にも留まらぬ速さで生み出した矢を蹴りつける。鮮やか可憐な蹴脚によって矢は弓へと飛んでいき、その弦を踏み台にするかのようにして加速し、次から次へと降り注いではライゼリュートの脳天を執拗に貫いた。
「Let’s go ラッピぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」
俺の声援を聞いたラピスはニヤリと笑い――緋色――百発百中だった矢が初めて外れる。
強制開眼し、緋色の瞳を開いた陽は首を傾ける。
「オンマカヤシャ・バザラサトバ・ジャクウン・バンコク・ハラベイシャヤウン」
阿尾舎法。
片時、この世に顕現した陽は素早く印を結んで智拳印を結ぶ。
「ふっ」
次いで、日輪印を作った陽はそこへ息を吹きかけ――ラピスの足元にあった朧車の天面を突き破り、夥しい数の形代が怒涛の勢いで溢れ出し、あっという間にラピスを包み込んで運び地上へと叩きつける。
「ラピスッ!!」
開いた画から、這い出てきたのは古の一刀。
そこから抜き放たれたは、七宝と見紛う夜の桜。
時の天皇から屍に下賜されていた七宝夜桜は、陽の手の中で蒼白い魔力を纏った桜の花びらを生じながら霊威を醸し出す。
咄嗟に、俺は、引き金を引き絞り――受ける。
明朗な金属音が響き渡り、刃と刃の間に紫電が生じ、受けきれなかった俺は後方へ圧されながら頬から血を流す。
「なぜ、邪魔立てするのですかっ!?」
ふっと、力を抜いて。
たたらを踏んだ陽の背を剣柄で押しながら、腹から抜き取った矢をライゼリュートへと投擲する。俺の背面を突こうとしていた魔人の腿を矢が貫通し、その動きを止め、俺は視界の隅で瞬いた剣光を追いかける。
「お前とのッ!!」
受け損ねた俺の左肩が飛ぶ。
二の太刀が飛ぶ。
受けきれず光剣は弾け飛び、ライゼリュートの手刀が俺の腹を貫き、血反吐を漏らしながら俺は陽へと刀を振るう。
もたついた真っ向斬り、正面から陽は受け止め鍔迫り合いになる。
血を吐きながら、俺は、陽へと笑いかける。
「約束を守るためだろうが……っ!!」
「約束などっ!!」
陽は涙を散らす。
「約束など……守ってはくれなかったではないですか……どこにも……どこにも、陽の帰る場所などなかった……どこにも帰る場所など……陽は……陽はもう笑えません……兄様は……姉様は……どこですか……櫻はどこで咲いているのですか……誰が……誰がぁ……っ!!」
両手を震わせながら。
ぽろぽろと涙をこぼし、陽は俺へと歪んだ顔を向ける。
「陽を……見つけてくれるのですかぁ……?」
「…………」
ライゼリュートの手刀が、背後から俺の胸を貫いた。
血が流れる。
ライゼリュートの掌底が、背後から俺の腕を折った。
骨が剥いた。
ライゼリュートの一撃が、背後から俺の頭を砕いた。
頭がへこむ。
ライゼリュートの一撃が、ライゼリュートの一撃が、ライゼリュートの一撃が。
俺を襲い、俺を損ね、俺を減らした。
「…………」
「ヒーロ、死ぬぞッ!! なにを考えてる!?」
「なにをしているのですか……」
「…………」
「ヒーロ、身体を動かせッ!! 躱せ、無駄死にする気か!?」
「避けなければ死にまする……」
「…………」
「かわして……」
「躱せッ!!」
「…………」
「躱せ、ヒーロッ!!」
「かわしてッ!!」
「ひつよう……ねぇだろ……」
俺は。
「これは……おれとようのはなしだ……魔人はかんけいない……おれは……いま……この子とはなしてる……」
どこかへ弾け飛んだ親指と中指と小指は無視し、人差し指と薬指の残った右手で陽の頭をぽんぽんと叩いた。
「おれのこと……」
俺は、彼女へ笑いかける。
「しんじてくれねぇか……?」
魔人は更なる追撃を加えようとし――びくりと、動きを止める。
えぐれて肉の塊となった左半身を揺らしながら、俺は、ゆっくりとライゼリュートへ振り返る。
「……………………」
腕を高々と上げたまま、ライゼリュートの額から一筋の汗が垂れ落ちる。
ふらつきながら、俺は、陽へと向き直った。
「き、きみは、おれに止めてほしかったんじゃないのか……そ、そのために、キリウの案をのんで、おれに過去を見せた……お、おれは、どうしても……きみが世界のはめつを願うにんげんだとは思えない……清涼殿で……き、きみは、なんの見返りももとめずにたたかった……陽……きみは……どうぐだから……全を救うどうぐだから……たたかったんじゃない……藤原陽として……だ、だれかのために……たたかったんだ……」
見開かれた眼の中で、血溜まりに立つ俺は言う。
「だ、だれかをすくうということは……だ、だれでも良いということじゃない……陽……き、きみは、平安京でさまざまな人に出逢い……さまざまな人と話し……さまざまな人を想った……だ、だからすくった……きみが……せ、清涼殿で魔人に立ち向かったとき……こたえは出ていた……き、きみは、もう、きみのための壱を見つけてる……か、屍も……平安京の住民も……この世界でくらす人々も……すべては壱だ……」
揺れ動く燈色の瞳は、既に答えを示していた。
「な、ながい間、きみは、ひとり、さまよっていんたんだろう……屍を……夭を……星を……光を……すくうために……い、幾千もの並行世界をめぐり……さまよい……まいごになった……か、かえりつくばしょがないから……か、かえる……ばしょがないから……き、きみが、たすけをもとめているとき……お、おれは……視ていることしかできなかった……で、でも、おぼえてる……や、やくそくを……おぼえてるよ……だ、だから……」
小刻みに震える左手。
第一関節から先を失くした小指を彼女へ突き出した。
「き、きみに……きみに……ちかう……」
涙を零している彼女の前で、頭の半分が欠けた俺は笑った。
「しんじて」
その笑顔を見て。
陽は、震えながら小指を伸ばし――俺の胸の中央から両掌が突き出る。
そして、猛烈な勢いで両脇へと開いた。
「…………」
俺は自身に空いた穴を見下ろし、膝をついて崩れ落ちる。
「もぉーいいかーい」
見る見る間に。
頭の傷を治しながら、ライゼリュートは手で筒を作って空へ叫ぶ。
「もぉーいいーかぁーいっ!!」
目を見開いた陽は、涙を零しながら、ただ俺を見下ろしていた。




