裏切りの裏切り
鍔が鳴る。
真っ向から落ちながら、長刀を抜刀した着物ヒイロの一閃が縦に走る。
縦一文字ッ!!
左右に両断されたライゼリュートの切断面へと杖ヒイロは火炎を噴き付ける。すかさず、拳ヒイロはキリウへと躍りかかり、目にも止まらぬ速さで足払いをかけ、跳躍し躱した人影の喉元へ剣訣を突きつける。
「ぼぉりょくはんたいぃ〜」
背を反らし避けたキリウを視認し、拳ヒイロの背を踏み台にした汚いヒイロは、抜刀した九鬼正宗を振り下ろした。
煙草を咥えたキリウは、ポケットに両手を突っ込んだまま微動だにせず――掌――彼女の背後に開いた画から生じた仏像の印相が、横合いから汚いヒイロの闇剣をへし折る。
「退けッ!!」
叫声を聞いて。
拳ヒイロと汚いヒイロは左右に散開し、組んだ両手の間から蒼雷揮槍を生成した弓ヒイロは――放つ。
轟雷。
四方へ蒼光を撒き散らしながら、暴風を纏った大槍が直進する。
キリウは中指と親指を合わせた右手を前へと差し出し――鳴らした――瞬間、到達した大槍は真上へと跳ね上がり、数秒後、宙空で粉々に砕け散る。
「ちゃらら〜ん」
戯けた様子で、お辞儀をしたキリウは紫煙を吹いた。
一連の連携でも無傷で立っているキリウを見て、固まった並行世界のヒイロたちは顔を見合わせる。
「おいこらー!!」
ヒイローズと一緒に飛びかかろうとしていた俺の腕を胸元に抱き込み、足止めしていたスノウは右拳を振り上げる。
「なにをちんたらやってんだ、ちんたらー!! 賃料ひとつ払わずにニセモノが私とご主人様のラブラブ時空に存在してられると思ってんのかー!! もっと気張って、キリウをR-18Gせんか、そっくりさんどもー!!」
「えっ、どこの並行世界でもスノウってこんな感じなの……?」
「いや、俺の世界には、あんな面白おかしいメイドいないけど……」
拳ヒイロの問いかけに、着物ヒイロは首を振って答える。
苦笑して、俺は、しがみついているスノウを見下ろす。
「なぁ、スノウ」
「なんですか、ピーマンの肉詰めにはソース+ケチャップですよ」
「約束……守ってくれてありがとな」
――たったひとりの味方でいて欲しいんだ
俺の言葉を聞いて、スノウは微笑む。
「すべて、あげるって言ったでしょ?」
「レイの味方のお前は……一緒に帰ってこれそうか?」
「当たり前でしょ」
俺を見上げた彼女は、そっと、俺の頬に触れる。
「あなたは……ヒイロくんなんだから」
「…………」
微笑を浮かべた俺は、スノウを見つめて頷く。
「つまり……どういうこと?」
鳩尾にスノウの拳が突き刺さり、うずくまった俺の背に足蹴が降ってくる。
「わかるだろうが、てめー! 国語の成績1か! 良い雰囲気だったろうが、良い雰囲気だったろうが!」
「スノウさん、今、世界滅亡の瀬戸際! 滅亡のカウントダウンの最中に良い雰囲気になるのはハリウッド映画くらいだから! スノウさんっ!!」
一方的なバイオレンスの模様を、ふたりのヒイロは遠巻きに眺める。
「あのメイド、メインヒロインよりもキャラ濃くない……?」
「ごめん、それは生産者責任……」
着物ヒイロの問いかけに、拳ヒイロは遠い目をして答える。
「…………」
ひとり、動かない車椅子のヒイロは月檻を見つめ続ける。
その視線を感じたのか、月檻はゆっくりとこれ見よがしに振り返った。
「なに? てか、誰?」
「…………」
反応を示さない車椅子のヒイロから興味を失ったのか、月檻は朧車から朧車へと飛び移り、キリウの前へと下り立つ。
「とりあえず、不甲斐ないヒイロくんたちの代わりにコイツを朧車から叩き落とせば終わりなんでしょ? なら、私が代わって――」
「果たして、ぼくなんぞに構ってる暇があるんですかねぇ」
ぴたりと、月檻は動きを止めた。
余裕綽々のキリウは、画から多種多様な印相を作った仏像の掌を生み出し、せせら笑いながらヒイローズを牽制する。
「並行世界のライゼリュートを平安異京に持ってこられるということは、現界でも同じことが出来るということぉ……果たして、現在、現界の日本は平和なんでしょぉかねぇ?」
「ハッタリでしょ?」
「そう言い切れる根拠は?」
キリウは煙を吐く。
「月檻桜さん……ぼかぁ、坊っちゃんに味方する関係者の全員を把握してますよ……当然、貴女のことも調べ上げている……不自然なくらいの経歴の空白、意図的に削除された痕跡ひとつなし、坊っちゃんに言えないこともたくさんあるのではぁ……?」
「…………」
「良いんですかぁ、現界に行かなくてぇ……?」
「コンマ秒で」
月檻は両目を見開く。
「コンマ秒で、お前を殺してから現界に行く」
全身から殺気を放った月檻は、笑みを浮かべながら一歩目を踏み出し――俺は、その肩に手を置いた。
「月檻、現界の方を頼む。俺は、巫蠱継承の儀の縛りで朧車から下りられない」
「…………」
「俺たちは表裏一体だろ?」
「…………」
力を抜いて。
月檻は苦笑する。
「わかった。わたしのこと信じちゃって良いの?」
「今更の話だろ」
くるりと、月檻は反転する。
すれ違いざま、俺と月檻はハイタッチを交わし――俺はキリウと向き直る。
「お人払いは済んだみたいだな」
「いや、まだでしょぉ?」
ぱんぱんと、キリウは頭の横で手を打ち鳴らした。
開いた画――急に動き始めた並行世界のライゼリュートたちは、並行世界のヒイロたちを掴まえるなり画の中へと飛び込む。
部界者の並行世界の住人たちは、あっという間に元の世界へと帰っていった。
斯くして、俺とキリウは一対一で相対する。
「この先、長和六年の禍を再現するには、増えたライゼリュートを操作する余裕はありませんからねぇ……現界の方のヤツらは適当に暴れるように指示出ししているが、月檻桜相手にどれくらい持つか」
キリウは微笑む。
「坊っちゃん」
画――俺の足元に空いた穴から、ライゼリュートの手が伸びて足首を掴む。
「三条の因果を終わらせましょう」
身動きの取れない俺を置いて、キリウはやって来た朧車へと飛び移る。
着地したキリウは三条櫻へと直進する。
「陽」
その背後に陽は佇む。
「三条を……終わらせるぞ」
切り払う、切り払う。
踏み出す度に無限に伸びてくるライゼリュートの魔手を切り払いながら、俺は前へと進もうとし、そんな姿をせせら笑うかのように境目がこじ開けられる。
勝利を確信したキリウは笑い――とんっと――蹴り飛ばされた。
「…………あ?」
驚愕。
朧車から落ちていくキリウは、目を見開き、自分を蹴り落とした主犯を見つめる。
「忠臣は二君を持たず」
キリウが見上げた先で。
主犯は、悲しそうに笑った。
「貴女の言いつけを忘れた日は一日もないわ、キリウ」
キリウを救い出そうとしたライゼリュートの手は、絶え間なく撃ち放たれた俺の水矢に弾き飛ばされて。
ひとり、キリウは落ちていき――水柱が上がった。




