崇拝の本能
「華扇の情報が正しければ、巫蠱継承の儀は『平安異京』で行われるらしい」
トーキョーの街を練り歩きながら。
フードを深くかぶって顔を隠した俺は、シルフィエルへ話しかける。
「避けられませんか?」
人混みの間を縫うというよりは、人々は無意識でシルフィエルを避けて歩く。
休日のシブヤに集った若者の群れを抜けながら、俺たちはスクランブル交差点の信号で立ち止まる。
「あぁ、恐らく、儀の成立は避けられない……ココまで丁寧に前提条件を整えたってことは、すべてはキリウの思惑通りに進んでる。俺たちが三条家を襲撃するのは予想外だったんだろうが、そのタイミングが三条家当主の死と重なってしまったことで、それを予期して動いていたキリウの簒奪劇に巻き込まれることになった」
「むしろ、教主様との邂逅が死の引き金になったと考えた方が自然では?」
「確かにな……まるで、俺を待っていたかのように彼女は死んだ。直接、顔を合わせることなく誰か人を挟めば、平和裏に俺が三条家当主になる道もあったかもしれないな」
ちかちかと、信号が点滅する。
青信号になって、人の群れは移動を始め俺も歩行を再開する。
「いずれにせよ、現況への即応が必要な状況ですか……残余は?」
「13時間」
「随分と早い」
「儀は、三条家当主が死亡した直後、四家のいずれかの直系が他三家の集まった場で宣言することで開始される。そこからカウントスタートだ。本来、儀には七十二時間の間隔が設けられるが、俺たちは三条家から脱出するのに時間を費やしちまったからな……猶予がそれしかない」
「では、次の動きは?」
「儀の参加には、四人の列席者を集める必要がある」
画面を弄りながら、突進してきた歩行者は急に顔を上げ――ぎょっとした表情でシルフィエルを凝視し、大量の汗を流しながらわたわたと道を譲る。
「……いちいち、威圧すんな」
「失礼いたしました。四人……教主様を含め、私、ハイネ、ニンニク臭女で?」
「いや、師匠と劉だ」
「キリウを含め儀の列席者が見逃すとは思いませんが……」
「あぁ、その上で師匠と劉に招待状を送る。俺が列席者の獲得のために動いていることをアピールして安心させてやらないとな……儀に参加する気配がないと勘違いされて、レイやキリウに妙な動きをされても困る。Qの動きも気にかかるし、これ以上、シルフィエルたちは使えない」
「では、クリス・エッセ・アイズベルト? シャル・フォン・マージラインですか?」
「その辺りが来てくれれば御の字だが、まず無理だな、三条家の人員を動員されれば連絡路は潰される。まぁ、片っ端から声はかけてみるが13時間の縛りはキツいな」
「キリウたちに同行する列席者は?」
ビルとビルの間に覗く曇天。
束の間、見上げていた俺は、裏通りから表通りへ、再度、人の流れへと身を投じる。
「レイはスノウ、カオウはエイデルガルト、キリウはライゼリュート……ココまでは確定だな。レイとカオウが持っている枠は気にしなくて良い。藤原と西園寺の後援者が口出ししてきて、まともな面子は呼べないだろう。恐らく、早々にキリウの手で葬られる」
「では、キリウは?」
「…………」
「想定が?」
「あぁ、たぶん、キリウの裏には誰かがいる……ライゼリュートが付き従う『理由』が付随している筈だ……」
「では、それでキリウの枠は残り一枠」
「キリウは、残りの一枠は空けておく筈だ。思惑通りに進んでいれば、今頃、裏で話は進んでる。儀の最中に列席者の移動が行われた場合、判定がどうなるかわからない以上、空き枠を作っておくのは当然」
「ならば、警戒しておくべきはキリウの裏にいる『正体不明』のみですか」
「正直、現時点では予測もつかない……残り13時間で候補を絞り出すのも不可能だ」
「では?」
「残りの時間はライゼリュート対策に充てる」
KEEP OUTの貼られた廃ビルの入り口。
浮浪者に成りすましていた神聖百合帝国の『孤烏』のふたりが、段ボール箱を払い除けてKEEP OUTのテープを上げる。
「どうぞ」
「お疲れ」
俺は、三階の途中の階段に存在する次元扉へ入る。
北緯34度50分27秒、東経135度80分70秒。
異様なまでに人気のない平野には、桃色のコスモスが咲き誇っている。
俺は、布詔戸言を唱えながら、眼前の崩れ落ちた石鳥居を囲んでいる注連縄を指でなぞって揺らした。次いで、幾重にも折られて連なっている奉書紙を一気に広げてから称辞を奏上する。
藤原宮跡。
南北約4.8キロメートル、南西約5.2キロメートルにも及ぶ都城。かつての政治の中枢機関、天皇が住んでいた藤原京が中心部に置かれており、平安京に遷都するまでの16年間、この地で三代の天皇が律令国家体制を押し進めた。
巨大なこの地には、原野が広がっている。
朝と夜の境目が、天香具山と秋空の繋ぎ目に覗いている。
遠景には霞がかった橙と藍の山間が潜み、そこに三万もの人々が暮らしていた隆盛の名残りはなく、寂寞の只中に取り残されていた。
ただ、その平野には秋桜が咲き誇っている。
献饌は、事前に済ませておいた。
肉の割れ目を指で押し広げるかのようにして、水音を立てながら大岩に洋梨型の縦穴が開いた。
「次元扉ではないのですか」
「三条家お得意の秘匿義務ってヤツだよ。国への報告義務を無視して裂け目の状態でキープしてるらしい。献饌と祝詞が復号鍵になってる」
「事前情報がなければまるでわからない……西園寺華扇の提案を呑んでおいて正解でしたね」
俺たちは裂け目を抜ける。
現れたのは、水に覆われた世界、そして、みっつの櫻……平安異京。
「……ランドマークにするとしたら櫻か」
俺は、櫻の樹を見上げる。
「あそこに弾丸を籠める」
「弾丸?」
「強力な魔力に反応する罠だ。あそこまで行けるか?」
「お任せを」
俺をお姫様抱っこしたシルフィエルは、尾で引き金を引いて――跳躍――一足飛びで櫻の根本にまでやって来る。
「……おかしい」
ぼそりと、シルフィエルはつぶやく。
「なにかがズレているような……この感覚は……」
「妙なのか?」
「異界と現界の分け隔てに問題があるのかもしれません。たまに、こういった場が現れることもあります。直ぐには実害は出ないかと」
「儀は、この場を指定されている。なにか特別な意味合いを持つのかもしれない。いずれにせよ、仕掛けを施すには適した場所ってわけだ」
俺は、ニヤリと笑う。
「この周辺一体に、視えない浮遊地雷を仕掛ける。前々から、不可視の矢の応用を考えてたんだけどな……お披露目には丁度良い頃合いだろ」
「なるほど、一定以上の魔力を感知した瞬間に爆発する地雷ですか」
「あぁ、目印がないとわからなくなるからな……この周辺での戦闘を想定し、片っ端から仕掛けておく」
ばぁんと、俺は、自分の側頭部に突きつけた指鉄砲を撃つ仕草を見せる。
「自分で自分に向かって引き金を引かせる」
「良い手ですね。まず、一見ではわからない。ライゼリュートの権能には集中力が要するし、魔力の発生は避けられないから歯止めがかかる。助勢が来たと思わせることが出来ればなお良い」
「内側からの力には弱いが外側からの力には強い不可視の殻を生成する。殻は魔法が発動した際に発生する魔力波は通す構造にしておく。そして、殻の内部には魔力を感知した瞬間に起爆するコンポジション爆薬を仕込む」
「トリメチレントリニトロアミンですか。軍用で一般的には出回ってはいない、導体は入手出来ますか?」
「月檻さんというアナキストの知り合いがおりまして……出掛けに用意してもらい、既にこのように」
俺は、月檻から預かった導体を見せる。
「そこを頼れば、月檻桜に儀の存在を知られることになりそうですが……」
「…………」
「承知しました」
承知しないで。
儀の存在を月檻に悟られることも致し方なし……という俺の考えを読み取って、真顔のシルフィエルは会釈する。
「ライゼリュートを仕留めることは不可能でしょうね」
「あぁ、そこまでは求めてはいない。クイーン・ウォッチの時とは状況が違うからな。閉鎖空間でもなければ殺し切るのは不可能だ。足止めに使う」
「…………」
「まぁ、勝ち目はほぼないだろうな。根本的に、ライゼリュートの権能への対策を講じることは出来ない」
苦笑して、俺は肩を竦める。
「七椿の時もそうだった。偶然と偶然が噛み合って、奇跡的に生き延びてるだけだ。魔人の身になったって言っても、肉体的にそういう存在に至ったってだけで、アルスハリヤの権能が使えるわけでもないしな」
霧の国からの召喚術なんてのは、一部を除けば、アルスハリヤ派の眷属ですら使える初歩中の初歩。本来のアルスハリヤの権能や魔眼が使えれば、ライゼリュートとも対等に渡り合えたんだろうが……ないものねだりをしても意味はない。
原作ゲームでも示されていたが、本来、魔人と戦うという行為は異常なのだ。
月檻桜でもなければ、ただの自殺行為にしか過ぎず、アルスハリヤと同体になっていなければ俺はとっくの昔に死んでいる。
「俺が死んだ後のことはわかってるな?」
「はい、承知しております」
「まぁ、月檻ならどうにかするだろ……」
引き金。
シルフィエルの補助を受けながら、俺は、コンポジション爆薬入りの不可視の殻を次々と設置していく。
「……愚考ながら」
「愚考ならやめて」
「現在でなくても良いのでは? 一時、身を隠し用意が整った後に――」
「宝物にするって言ってたんだよ」
手を止めずに、俺は、ぼそりとつぶやく。
「俺と……スノウと……撮った写真を宝物にするって言ってた」
俺は、シルフィエルへと振り返る。
「笑ってたよ、あの子は」
「…………」
「楽しかったんだろうな……本来のあの子は、ああいう風に笑う……年相応な、ひとりの女の子だった……あの子が幼い時にかけられた呪いは……未だにその身を蝕んでいる……あの子は、まだ、あの遊園地で待っているんだ……暗がりで、ひとり、泣きながら……誰かが……誰かが迎えに行ってやらないといけない……」
拳を握り、俺は言う。
「たとえ、ここで死んだとしても、俺がライゼリュートを倒す」
言葉少なに、俺は、己へ誓いを立てる。
「そして、三条の呪いを断ち切る」
静かに。
膝をついたシルフィエルは――頭を垂れた。




