忍・忍・忍者
「悪いわね、ヒイロさん」
エイデルガルトは、常日頃から端正な顔立ちで笑みを作る。
「敵地に潜伏するのも忍の常々……忠臣は二君に仕えずと言うでしょう?」
「そいつはおかしな話だな」
俺は、光剣を肩に担いで笑む。
「お前の主君はカオウの筈だろ? 俺のことを見張ってたのもキリウではなくカオウだった筈だ。にもかかわらず、なぜ、カオウを裏切ってキリウについた? そのあたりのストーリーテリングをご披露願いたいね」
「至極簡単なことよ、わたしの主人は徳大寺霧雨だもの。幼少の頃、キリウから『カオウの言うことを聞け』と厳命されてはいたけれど、この大事、本来の主人の側につくのも自然の帰結といったところでしょう?」
『エイデルガルト……』
ちらりと、エイデルガルトは画面に映るカオウへと目をやる。
「さすがね、カオウ。深酒した翌日に、遠目で目を細めてみたらわからないレベルとまで言われたわたしの変装術を見破るなんて……」
「相手を褒めるのか貶すのか、どっちかにしろよ」
「そーだそーだー!!」
俺の後ろに隠れたスノウは、拳を突き上げ謎の加勢をしてくれる。
画面内にいるカオウは、エイデルガルトへと視線を注ぐ。
『エイデルガルト、お願いだから考え直して……キリウさんを救うには、キリウさんが望むことを達してはいけないんだよ。貴女ならわかるでしょう?』
「カオウ、素が出てるわよ。最早、肉体を持たない貴女は、本物の電気人形として生きることを決めたのだからルールに従いなさい……キリウ」
エイデルガルトは眼前の空間へと呼びかける。
「来て。計画通りに陽と合流し『漂白』を発動させ長和六年の禍を再現して。この場に集った藤原、西園寺、三条の面々を滅ぼし巫蠱継承の儀を成就と導くことで、貴女が次代の三条として実権を握るのよ。そうすれば、貴女の願いは叶う」
朧車の天井に円が開いて。
その画から、本物の徳大寺霧雨は姿を現した。
「カオウ……やはりぃ、坊っちゃんの側につきましたかぁ」
『あたりめーだろーが、ボケナスぅ♡ カオーちゃんは正義をこよなく愛する純朴可憐な少女だぞぉ♡ 長和六年の禍だかなんだかしんねーけど、現界、異界、この周辺が丸ごと吹っ飛んだら何万人死ぬと思ってんだ♡』
「くっくっく……あいも変わらずぅ、ムカつくしゃべりかたぁ。知性、品性、感性、下劣と言う他なぃ……あんたぁ、結局、西園寺華扇の劣化コピーでしかないんだ……だからねぇ、いい加減」
煙が立ち昇る煙草でカオウを指し、キリウはゆっくりと目を細める。
「あの子を穢すのはやめろ」
『はー? 穢すも何も、処女懐胎しそうなくらい乙女なカオーちゃんなんてもんは、頭ん中、お花畑のあんたの頭ん中にしかいねーっつうの♡ 良いか、よく聞けよ、最初からコレがカオーちゃんなんだよ♡ お前が逃げてた数年間、カオーちゃんはカオーちゃんらしさを目指して頑張ってたんだよ。三条の電気人形でいた間、出来なかったことを全部やろうと思ってこの複製を作ってんだよ。複製元のVtuberの口が悪かったのはお生憎様、でもな、カオーちゃんが、あのノートPCを使って憧れたのはこの姿なんだよ』
画面の中から。
カオウは、必死に訴えかける。
『だから、現在、ココにいるのはッ!! キリウさんが目指した西園寺華扇そのものだよッ!!』
「違う」
煙で出来た真っ白なカーテンの裏側から。
キリウは声を漏らした。
「ぼかぁ……救えなかった……」
キリウの両目がエイデルガルトへと向いた。
こくりと頷いて、視線を受けた彼女は俺たちへと向き直る。
「行っていいわよ、キリウ。わたしが食い止める」
「…………」
煙草を吹かしながら。
片手をズボンのポケットに突っ込んだキリウは跳躍し、やって来た朧車へと飛び乗るや否や進行を始める。
「ゆけ、主人!!」
「ご命令、しかと承ったわァッ!!」
スノウの命令を受け、既に動き出していた俺は突っ込み――眼前へと飛び込んできたエイデルガルトに投げられる。
朧車の天面へと叩きつけられた俺の息が止まり、息をつく間もなく、エイデルガルトのカカトが降ってくる。横へ転がり避けた瞬間に穴が開き、朧車から転がり落ちそうになった俺は慌てて剣先を機関車の側面へ突き刺した。
九鬼正宗を足場にして上方へ上がり、下から突き上がる掌底、仰け反って躱してから前蹴りを放つも掴まれる。
「お触り厳禁脚ッ!!」
俺は、適当な技名を叫びながら回転し、蹴り、あっさりと俺の足首を受け止めたエイデルガルトはそのまま背負投げの体勢へ移行し――束ねた木の枝が折れるような音がして、俺の足首がぷらんぷらんと揺れる。
おいおい、折るのかよ、やり過ぎだろッ!! 少しは手加減しろよッ!!
激痛に苛まれながら再度回転、逆脚で側頭部を狙うもまたしても足首を掴まれる。
「一度あった手が二度あったとしたら結果は同じになると思わない?」
エイデルガルトは、再び、背負投げの体勢となり――
「思わない」
笑った俺は、伸ばした霧手でエイデルガルトの両足を払った。
駆け走る朧車上で支点を失った二体は、当然、後方へと吹っ飛んでいく。
凄まじい速さで吹き飛ばされながら、エイデルガルトは俺の足を四の字で固めて折ると同時に背後からのチョークスリーパーへと転じる。
「脊椎損傷の修復には時間がかかるでしょう?」
「いや、お前、もう良いだろッ!! やり過ぎだやり過ぎッ!! 少しは温情をもっ――」
怒涛の勢いで、突っ込んできた朧車がエイデルガルトに直撃する。
どこから見つけてきたのか、制帽をかぶっている月檻はひらりと朧車から降車し、飛び続けていた俺を回収してから別の朧車へと着地する。
「やっほ、苦戦中?」
「俺の両足が鯉のぼりみたいにパタパタしてるの見える? そういうこと」
どこかへ弾き飛ばされたエイデルガルトを探してみるが、その姿は見当たらず、申し訳なさを感じながらも捜索を諦める。
「追い詰めたと思ったら、あの人、急に消えちゃったけど?」
「今、思えば、ライゼリュートの権能を使ってるキリウを捕まえるのは至難の業だったな……あそこにいるよ」
三条櫻へ到達したライゼリュートは、キリウの指示を仰ぐかのように止まる。
そして、長和六年の禍の再現が始まる。
「んじゃあ」
頭の後ろで両手を組んだ月檻は俺の手を握る。
「逃げよっか? 阻止、失敗しちゃったみたいだし?」
「…………」
ライゼリュートの権能が――発動する。
世界に切れ目が入る。
折れ目のついたセピア色の写真みたいな光景が眼前に広がった。
天に地に。
真っ黒な境目が現れて、そこから赤色の液体が溢れ始める。
「坊っちゃん」
俺たちにはもう止められないと理解したのか。
俺の真横に開いた画から、ねっとりとしたキリウの声が届いた。
「悪の勝ちだ」
切れ目は、広がって広がって広がって――爆炎がライゼリュートを包み込む。
上半身の大半が吹っ飛んだライゼリュートは動きを止める。
驚愕。
「残念」
こちらへ振り返ったキリウは、驚きで目を見開き――俺は笑った。
「正義の勝ちだ」




