十二 対 六
十二体のライゼリュートと六人のヒイロがぶつかり合う。
弓ヒイロが背の後ろの長弓を取り出した瞬間、左薬指に嵌まった指輪は発光を始め、彼の横にはエルフたちの幻影が立ち並び一斉掃射を始める。
杖ヒイロは機械式の短杖を展開して長杖へと変え、マスクをかぶるなり朧車から朧車へと乗り移って噴霧式のガスをライゼリュートへと浴びせる。
拳ヒイロは襲いかかる朧車の勢いを流して投げつけ、そのままライゼリュートの顔面へと叩きつけてなぎ倒す。
着物ヒイロは大小を両手に持って引き金を引き、その刀を振るう度に空間上には桜の花びらの形をした魔力片が生まれて魔人を粉微塵にする。
汚いヒイロは朧車を駆け上がりながら双腕を縦横無尽に払い、四分割されたライゼリュートの肉片から肉片へと跳んでいく。
――月檻桜を殺せ
不気味な忠告を残した車椅子のヒイロは、ひとりでに動き始めた車椅子を前進させ、不可視のナニカを操作して六体のライゼリュートを押し留める。
なし崩し戦隊ヒイローズのお陰で進路を切り開いた俺は、三条櫻へと猛進していたライゼリュートへと追い付き――抜刀――朧車の先頭に立った俺の一閃は見事に魔人の両目を切り開いて前進を止める。
大きく、汽笛が鳴った。
高速で飛翔する朧車に起立している俺の前髪は突風ではためき、魔力光と戦闘音で満ちた戦場の景色が流れ去る。
腰元で刀を構える。
俺が生成した透明な線路に従って朧車はUターンし、蛇身のごとく曲がりうねりながら、先頭車両をライゼリュートへと向ける。
「将を射んと欲すれば!?」
「言わずもがなァッ!!」
アルスハリヤの叫声を耳に受けながら、俺は、たたらを踏んでいるライゼリュートへ迫り――気配、振り向きざまに刀を振るった。
身が沈む。
俺の初撃は外され、くんっとしなった足先が俺の側頭部を狙う。
力を抜いて後方へと倒れた俺の眼前を蹴脚が通り過ぎていき、片手をついて受け身をとった俺はそのまま後転し距離をとる。
上段へ脚を上げたまま。
偽キリウは、不敵な笑みを浮かべる。
「おやおやぁ、ぼくの脚とのキスは受け取り拒否ですかねぇ?」
「その靴底には地面がお似合いだよ」
俺は、笑顔で親指を下に向ける。
将たる偽キリウを失い、馬ことライゼリュートは進行を止めていた。
俺は、図体ばかりデカい魔人を親指で指す。
「良いのか、ママの帰りを待ってるぞ?」
「常に傍にいてやることが最良の子育てとは言えないでしょぉ?」
「その演技、というか変装、もうしてる意味もねーだろ。とっとと正体を晒せよ。大方、予想はついてるが」
手で柵を作り。
偽キリウは、咥えたタバコに火を点ける。
「……霧雨に勝ちを譲ってはくれませんかねぇ?」
「なら、俺にレイの命運と三条家を譲れ」
「藤原黎の役目は既に終わったぁ……ゆえに、連れて帰ってもらっても構いませんよ。彼女は巫蠱継承の儀を開始するための引き金を引いて、払暁叙事を巡る三条の物語を貴方に見せつけた。我々の計画通りに事を為してくれた彼女にはもう利用価値はなぃ。現在の彼女は、中身を虫に食われた果実みたいなもんだぁ……さも価値あるように見えるが、その実はない」
くつくつと、偽キリウは笑った。
「お兄様だけはお兄様だけはと媚びるが、その実、あの子がやったことはあんたを窮地に陥れることだけだ。昔から、なにひとつとして変わっちゃいませんよぉ。三条家の繰糸に操られ、踊り続ける電気人形ぉ……あの子はねぇ、三条に来た時から、一度足りとも己の意思でなにかを決めたことはなぃ。自分で選んでいるように視えてもそれは見せかけで、実際のところは三条の益になることのみを選び続けるぅ。そう、カオウみたいにねぇ。耳にタコが出来るくらいに、あの子の口からは『三条』が出てきたんじゃありませんかぁ? ねぇ?」
ふらふらと。
朧車の上を歩き回りながら、偽キリウは俺のことを指した。
「でもねぇ、彼女にも擁護出来る部分はある。なんせ、なにもかも性急で無理に進めているように思えたでしょぉ? それにも理由がありますからねぇ……たとえば、こんな風な理由が」
画が開いた。
そこから飛び出してきたスノウを受け止めた偽キリウは、これみよがしにサバイバルナイフを首元へ突きつける。
「ヒイロ様」
捕らえられていた時から、自身がどのように使われるのかわかっていたのだろう。
素早く状況を把握したスノウは、真っ直ぐに俺を見つめて微笑む。
「レイ様をお願いします」
勢いよく頭を振ったスノウは、サバイバルナイフの刃先へと自身の首を叩きつ――ピタリと動きが止まる。
「うっ……ぐっ……!!」
「無駄無駄ァ……自死は認められなぃ。呪法で縛ってますよぉ」
「…………」
己を睨めつけるスノウを見て、偽キリウはひゅーっと口笛を鳴らした。
「抵抗は品切れ? 『私ごと斬って』とか、マンガのヒロインみたいなことは言ったりしてくれはしないんですかぁ?」
「ハ、あのバカ主人がそんな大層なマネ出来るわけねーでしょうが。斬れるならとっくに斬ってますよ、何年、あのアホを想ってきたと思ってんだタコナス。悲劇のヒロインごっこしてる暇あったら、その呪法とやらを破って自分の舌を噛み切る努力に思考を回した方がマシですよ」
マシンガントークで気圧したスノウは、ジト目で俺を睨みつける。
「おい、こら、そこのバカ主人。このぷりてぃKAWAIIスノウちゃんを斬殺する覚悟もねーんなら、とっとと、このセンスない香水を使ってるバカの魔の手から助けてくださいよ。レイ様も控えてるんですから、ちゃっちゃっとやれ、ちゃっちゃっと」
「いや、お前、うるさいよ。人質の癖にしゃべりすぎだろ。今、必死こいて考えてんだろ。助けるサイドだって、お前、こう視えても大変なんだぞ。てか、今晩のメニューどうする?」
「ピーマンの肉詰め。冷凍したひき肉あるし、冷蔵庫にピーマン余ってたでしょ」
「オーライ」
苦笑して、俺は、偽キリウを見つめる。
「ってことだ」
ぱちぱちぱちと、偽キリウは拍手する。
「いやはや、スンバラシイKIZUNA。称賛に値しますねぇ。しかしながら、おふたりの間でラブトークが繰り広げられたところで現況は変わらずぅ……これから、ぼかぁ、彼女を人質に取って貴方の行動を制限し、悠々自適とライゼリュートの元へと戻り長和六年の禍を再現しますが……どうなさるおつもりでぇ?」
俺は、スノウを見つめる。
俺の目を見たスノウは――微笑を浮かべた。
「そうさなぁ」
笑いながら、俺は布教空間からノートパソコンを引っ張り出し、ゆっくりと開いて起動した。
「こうする」
画面上に表示されたカオウは叫ぶ。
『エイデルガルトッ!!』
偽キリウは、振り返ることはしなかった。
ただ、驚愕し、意識に間隙が生まれる。
それで十分だった。
スノウは偽キリウへと肘打ちを喰らわせて腕の隙間から脱し、姿勢を低くして駆けていた俺は九鬼正宗を下段から上段へと斬り上げる。
仰け反って避けた彼女の顔から、薄い人皮のマスクが剥がれ落ちる。
「…………」
片手で顔を覆って隠した偽キリウは、無言で俯いたままこちらへ対峙した。
「お化粧も落ちたところだし、シルエットクイズの答えを口にしても良いよな?」
そして、俺は、その正体をささやく。
「エイデルガルト」
「残念。正解は」
声色がガラリと変わり、彼方より飛来した水をかぶった彼女は顔を上げる。
「水も滴る良い忍者」
エイデルガルト・忍・シュミットは、何時ものように恬然と笑った。




