並走する助言
ライゼリュートは動かない。
恐らく、ニセ霧雨と陽は、並行世界の三条燈色の登場という想定外への対応を考えあぐねている。巫蠱継承の儀もココに至るまでの現況も霧雨の策謀の範疇にあり、その一手一手が妙手であったことから考えて、ホンモノの霧雨の指示もなしに現況への対応を即決し損ねているのだろう。
その気になれば、ライゼリュートは三条櫻へと到達出来る。
月檻、ラピス、寮長も抑えており、時間的な制限も生じていないのだから、様子を見るのは当然とも言える。
機関車内に潜伏しているホンモノの霧雨が月檻の存在に気づいた、もしくは、月檻と交戦中であるがために指示を出せず、交信が途絶えている状況にあるのだろうと推測はつく。
しかし、ライゼリュートが動くのも時間の問題だ。
今直ぐにでも、俺は、並行世界のヒイロたちをまとめて攻勢に出なければならない。
「今、なんて言った?」
けれど、俺は、そう尋ねざるを得なかった。
「月檻桜を殺せ」
車椅子のヒイロは繰り返し、俺たちは殺気立つ。
「この状況でふざけるのも大概にしろ、余計なオフザケしてる場合じゃねーってことは、そのお粗末なオツムでもわかるだろーが」
「お粗末なオツムでもオツムはオツムだ。貴様らの頭蓋骨の中身は空っぽで、オツムひとつ入っていないようだがな」
杖ヒイロの切り返しに、車椅子のヒイロは皮肉たっぷりに答える。
そして、車椅子は――ひとりでに動き始める。
俺を含めた五人のヒイロは身動ぎし、車椅子のヒイロが片手を挙げると止まる。
「良い、彼らを怖がらせるな。恐らく、彼らはまだ君に逢っていないか、君に逢わない選択肢のいずれかだ」
「なぁ、すまないが質問させてくれ」
着物ヒイロは片手を挙げる。
「なんで、あんたは両腕両足と片目を修復しないんだ? アルスハリヤと同体になっている俺たちは魔人なんだから余裕で――」
「「はぁ!? アルスハリヤと同体になってるだぁ!?」」
弓ヒイロと杖ヒイロは同時に驚愕の声を上げる。
彼らは視線を交わし、杖ヒイロは腰後ろの杖を展開して高々と頭上へ上げる。
「気になってはいたが、なんで、あんたらは杖を……ヒュギエイアを持っていないんだ? 九鬼正宗はアルスハリヤとの決戦時に折れて使い物にならなくなっただろ? そもそも、俺と同体になったのはフェアレディの筈だ」
「「「「はぁ!? フェアレディだぁ!?」」」」
杖ヒイロ以外の四人は、思わず大声を上げる。
侃々諤々の辻褄合わせが始まろうとし、両手を前後に揺らした俺は騒ぎを収める。
「わかった、ひとりひとり、ひとりひとり行こう。こんなことしてる場合じゃないが、もうこうなったらライゼリュートが動くまでの間は情報共有に回す。ただし、一切のツッコミは無しだ」
そして、俺は自分が経た道のりを話した。
何人かのヒイロにとっては青ざめるくらいに境遇が異なるらしかったが、彼らは『一切のツッコミは無し』というルールを守って黙り込む。
続いて、弓ヒイロは指を挙げる。
「ご存知の通り、俺はラピスと結婚してる。アルスハリヤは師匠が倒したが、その後、あの最悪のシナリオは避けられなかった。現在は、エスティルパメント大先生の庇護と師事を受けながら、幽世渡世と行動を共にしフェアレディの行方を追ってる」
次に、杖ヒイロは杖を光らせた。
「割愛するが、俺はアルスハリヤじゃなくフェアレディと同体になった。アルスハリヤはアティ先生と一緒に打倒し、現在は彼女の師事を受けてる。フーリィと百合ーズを結成し、一緒に魔法士狩りを追ってる最中だ」
拳ヒイロが続く。
「ほぼほぼ、この世界のヒイロと同じ道を辿ってきたが、三寮戦ではクリスではなくリウが黄の寮の死神として一緒に戦った。その縁で彼女から師事を受けてたが、ルート上の自死を防げず形見分けとしてこの手袋を貰い受けた」
間髪を容れず、着物ヒイロは口を開く。
「俺は、こんな巫蠱継承の儀なんて起こらずに三条家の当主になった。夏休みにお嬢の別荘には行ってない。雇っている三上ミカさんと一緒に、神殿光都の大老連の予言を追っている最中だ。三上ミカさんってのは、この世界のヒイロが三条家本邸で一瞬だけすれ違った風神雷神像の魔道触媒器の使い手で間違いない」
汚いヒイロは、ぼそぼそとしゃべり始める。
「俺は……ヒロを救えなかった。あぁ、三条緋路だ。お嬢から話を聞いてたロザリー・フォン・マージラインとは逢っていない。現在は、根源混沌の魔法士のところに身を寄せていて、明日には最終決戦が行われる予定だった」
そして。
俺たちの視線は、車椅子のヒイロへと注がれる。
「……不思議なことなど、なにひとつとしてない」
注目を集めた車椅子のヒイロは、ゲホゲホと咳をしながら言った。
「ココは、俺たちのよく知るエスコの世界だ。エスコには数多くの選択肢があった。ラピス、レイ、ミュール、そして四人目の彼女、more more more……数え切れないほどの可能性があり、その数だけ世界は分岐していた。そうであれば、コレだけ異なるヒイロが別々の道を歩んできたとしてもなんらおかしいところはない。ライゼリュートの存在も加味してみれば、『エスコ世界には、多元宇宙論が適用される』と推測するのは自然の帰結と言えることだろう」
「だが」
代表して、俺は言った。
「だが、あんたは、その中でも異質だ……現在、この場に集まったヒイロの中で『月檻桜を殺せ』と宣ったのは、唯一、あんたひとりだ」
「沈黙は金、雄弁が銀……語れば、お前たちの世界は裁断される。枝葉末節として処理されて終わりだ。しかし、コレだけは言える」
車椅子に乗った男は、残った片目を光らせる。
「月檻桜を殺せるのは現在だけだ」
「…………」
黙した俺を眺め、車椅子のヒイロは苦笑する。
「言っても無駄だと言うのはわかる。この車椅子に乗ったヒイロはイカれている、もしくは、この車椅子に乗ったヒイロがやって来た世界の月檻桜がおかしいとお前は判断するだろう。俺は俺を理解するよ、橘樹。お前は、あのジャングルジムの天辺から、律儀にあの子との約束を守り続けるのだろう」
キィと音を立て、また、車椅子が動いた。
車椅子のヒイロは笑いながら手を挙げて、俺たちの眼には視えないなにかを掣肘する。
「わかっている、これ以上は危険であるし無意味だということは……君に従うよ」
車椅子のヒイロは、背後へとそうささやいて俺へ向き直る。
「考えろ、なぜ、月檻桜は肝心要の場面でいつも傍にいない。なぜ、主人公であるにもかかわらず、魔人とは戦いもせず裏舞台へ引っ込んでいる? どうして、君に……三条燈色にすべてを任せる? 現在、なんの理由があって、ライゼリュートとの戦闘に参加してない?」
「ホンモノのキリウを追うためだ」
「なぜ、ラピスに追わせない? もしくは、君でもミュールでも良かった筈だ」
「キリウの戦闘能力を加味して考えれば――」
「その判断に加味されてるのは」
車椅子のヒイロは静かに言った。
「キリウの戦闘能力だけか?」
「…………」
「盲信的な、お前の、月檻桜への信頼は……加味されてはいないのか?」
「…………」
「時間切れだ」
偽キリウは判断を下し、猛烈な勢いで三条櫻への猛進を始める。
その両足が立てる水飛沫の音を聞きながら、俺は、車椅子に乗った『俺の可能性』を見つめる。
「選べ、現在、ココで……ライゼリュートを見逃し月檻桜を殺すか、月檻桜を見逃しライゼリュートを倒すか」
車椅子が、軋み音を立てる。
「選べ」
やって来た朧車へと飛び移った俺は、引き金を引いてライゼリュートへの猛追を始める。
その姿を見て、車椅子に座った白髪の俺はつぶやく。
「……先輩」
俺の耳は、彼の言葉を聞き取った。
「俺は、やっぱり、あのジャングルジムからは下りられなかったよ……」
なし崩し的に、並行世界のヒイロたちは並行世界のライゼリュートたちとの戦闘へと突入する。
耳元で轟音が鳴って、すべては置き去りになった。




