アッセンボォ
「ホンモノの霧雨を探さないといけないのはわかったけど……ヒイロくんは、既に下車の判定受けてるんじゃないの? 外に出て、びゅんびゅん飛び回ってるよね?」
右斜め上を見つめた月檻は、霧の手を使った俺の縦横無尽な動きを再現し、指をくるくると回す。
「いや、恐らく、下車の判定はかなり緩くなっている。あんな風に、明らかに乗車を放棄しているかのような動きを取ったり、他の列席者の手で朧車から叩き落とされて意識を失うとかでなければ問題ない筈だ」
「わざと、判定を曖昧にしてるってこと? 根拠は?」
「巫蠱継承の儀の元ネタは蠱毒だ。蠱毒ってのは隔絶された空間で、最後の一匹になるまで続けられる。本来、死ぬ前に外へ逃げられるってのは失敗扱いだ。『死』という呪法にとって重要な要因が抜け落ちるからな……犬神然り、死穢然り、呪法ってのは命で贖えられるもんだ」
「だから、儀への貢献もせずに……要は、死ぬことなく半ばでの離脱を許可するようなルールはおかしいってこと?」
「あぁ、たぶん、儀の参加者は生きては出られないような仕組みが存在している。例えば、三条家に飼われている魔人が空ける便利な穴で、外へ出ようとした瞬間に車内へ戻されている……とかな」
真っ青な顔をした寮長は目を丸くする。
「さ、最初から生きて外に出す気がないなら、なんでわざわざ途中離脱が出来るみたいなルールを設けてるんだ……?」
「三条、藤原、西園寺、徳大寺は親縁同士ですよ。儀に参加する者同士が深い縁で結ばれている場合も考えられる。だとすれば、『殺さなくても済む』という要素は儀を執り行なうにおいて、心理的なブレーキを外す一因と成り得ますからね」
「…………」
物言えず、寮長は青い顔で押し黙る。
「推測は推測だが、俺は下車の判定をまだ受けていないと思っている。既に下車の判定を受けていて儀から除外されているのであれば、キリウはここまで躍起になって俺の排除に勤しんだりはしない」
「まぁ、確かに、先にレイとカオウを狙うか……で、そのレイは?」
「わからない。機を窺っているにしても、ここまで事態が動いていて顔を出さないのは不自然だ。身動きがとれない状況に置かれている可能性が高い」
「キリウが車内にいるってことはそっちの線か、あるいは思いがけない別要因か……いずれにしても、ホンモノの霧雨を辿った方が早そう」
月檻は俺の推測に同意を示し、地響きが響いた。
ラピスの猛撃を苦にもせず、ライゼリュートは立ち上がる。
「あー、もうハイハイはおしまいみたい……重点的に親指と小指狙ってたのマズったかも」
速射を止めたラピスは冷や汗を流す。
その姿を視た月檻は、素早く口を開いた。
「オッケー、分かれよ。ヒイロくんとラピスでライゼリュートを止めて。私は、どこかの朧車の中にいるであろうホンモノの霧雨を探す」
「ナチュラルにわたしをハブるのやめないか!?」
「寮長は俺たちと一緒に来てくれ! 寮長がいるのといないとのじゃ戦闘持続力に差が出る。月檻、捜索ならラピスも――」
「不要」
ひらりと身を翻した月檻は、飛んできた朧車へ飛び移るなり、その縁に指をかけ窓から内部へ飛び込む。
言葉少なに即断しているが、実際、月檻の判断は正しい。
相手は魔人、三人でも少ないくらいだ。何人揃えようとも万全を期すことが出来ない相手ではあるが、寡は衆に敵せずの定石から外れることはない。
森林で獲物を追うことに長けたエルフであれば、足跡や行動パターンの分析から霧雨を追うことは容易なため、霧雨の捜索にはラピスが適任であるとも考えたが、霧雨との接敵時に近接戦闘を強いられる閉所の朧車においてはリスクが高すぎる。
そこまで考えて、即断即決した月檻はさすがと言わざるを得ない。
思考を続けながら駆けていた俺は、既にライゼリュートへと走らせていた朧車の先頭車両へと向かい水の矢を生成する。
「ラピス、いっせーのせッ!! で撃つぞッ!! 良いか!? いっせ――」
荒れ狂う暴風が顔の横を通り過ぎる。
思わず、片腕で顔を庇った俺の横で射形を取っていたラピスは、指の間に挟んだ太矢を自身の後方へと放りながら掴み取るを繰り返し、あたかもマジシャンが手の内でカードを生み出すかのように矢の生成を延々と続けながら撃ち続ける。
先程よりも、一発一発の威力を高めている。
全身そのものがしなやかな長弓のごとく、一切のブレもなく、美しい射形を保ったラピスの一矢一矢は轟音を立てながら飛来し、その反動で生じた魔力波によって俺をよろめかせながらライゼリュートに大穴を空ける。
「寮長、こいつ!! 寮長、こいつぅ!! いっせーのせ、で撃つって言ったのに!! いっせーのせ、で撃つって言ったのに!!」
「こらー!! ダメだろ、いっせーのせで撃つって言ったのにぃ!! 長耳エルフ後輩、ダメだろ、こらー!!」
「現在のヒイロは、有効射程距離外の無能でしょ」
「「…………」」
「座ってたら?」
無慈悲な正論を受けて、俺と寮長はその場にちょこんと体育座りになる。
空を駆ける朧車はライゼリュートを猛追し、待ち望んでいた有効射程距離が近付いてきた俺は起立し――ぶん投げられる。
魔力を盗まれた感覚……既に宙空にあった俺は寮長に投げられたことを自覚し――眼前で、ラピスと寮長の乗っている朧車が横合いから突っ込んできたライゼリュートと衝突し、くの字に曲がりながら吹っ飛んでいく様を眺める。
「な……ッ!!」
逆さまになって落ちながら、俺は、確かに二体に増えたライゼリュートを視る。
「なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
衝撃覚めやらぬまま、俺は霧手を伸ばし、ニセ霧雨を乗せたライゼリュートの肩を掴んで飛翔、縦横無尽に空を走っている朧車のうちの一台へと飛び移り――愕然と目を見張る。
「おいおい……」
一、二、三、四、五……。
瞬きしている間に、ライゼリュートは五体に増えていた。
三条櫻を目指しているオリジナルの一体を除いて、ラピスと寮長が乗っている朧車と月檻の乗っている朧車、それぞれへ二体ずつが向かっていく。
「そんなんありかよ……」
巨大な画が開く。
そこから這い出してきた新しいライゼリュートは、水飛沫を派手に上げながらこちらへと向かってくる。
「ア◯ンジャーズ!!」
俺を見下ろしたニセ霧雨は、仁王立ちで大声を張り上げる。
「アッセンブルッ!!」
「敵側がそれやるのは非道にも程があるだろッ!!」
「やれやれぇ……ぼくから視たら、ぼっちゃんこそ敵側ですけどねぇ。主観的な意見はよして頂きたぃ」
「まぁ、落ち着けヒイロくん」
アルスハリヤは、水蒸気をくゆらせながら俺の肩を叩く。
「ライゼリュートは並行世界を移動出来るし、並行世界から事物や事象、存在すらも招き寄せられる。それは既知の権能、この程度、可能であることは容易に推定出来た筈だ。驚くようなことじゃあない。それに、三条櫻に到達し長和六年の禍を再現出来るのは、払暁叙事を持っている藤原陽だけだ。つまり、ニセ霧雨に憑いている藤原陽だけを注視すれば良い。他はただの飾り、クリスマスツリーのオーナメントみたいなもんさ」
「でも、アレ、並行世界のライゼリュートなんだから、一体一体がライゼリュート相当の能力を持ってるんだよな……?」
「……………………」
「黙るんじゃねぇッ!! 気まずそうに眼を逸らすのはやめろッ!! 今度、気休めの慰め言葉を俺にギフトして来たら殺すからなァ!?」
余裕綽々で、陽とニセ霧雨を乗せたライゼリュートは三条櫻へ向かう。
追い詰められた俺は、だらだらと脂汗を流す。
考えろ……考えろ考えろ考えろッ!! まともな勝ちの目はないのは百も承知!! 原作でも、ライゼリュートは並行世界の自分を召喚していたが、その数が増す度にHPは二分の一、四分の一……と減少するデメリットが適用されていた!! であれば、同様に!? いや、確証がないし、いずれにせよあの数を同時に相手取るのは無理筋!! 寡は衆に敵せず!! 寡は衆に敵せず、だ!!
味方!! この苦境を共有しても逃げ出さない!! 信用に値し俺と同等の能力を持つ味方を呼――『ふ、ふつぎょうじょじのしぜんかいがんのじょうけんは……で……しぜん……ひつようなときにひらきまする……』――俺は目を見開く。
「あぁ、そうか……俺は既に満たしている……」
ふらりと、立ち上がった俺は己の顔を掴む。
ゆっくり。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと……閉じ込めていた追憶をなぞり、仕舞っていた過去を開けて、ひとつひとつ丁寧になぞっていく。
そして。
――開いた。
「ヒイローズ」
次から次へと。
ライゼリュートの開けた画からやって来た並行世界の三条燈色たちは、白日の元に姿を晒し、俺の下へ集い並び立った。
六人の三条燈色の中心で、俺は静かに顔を上げた。
「アッセンボォ……」
燈色に光る目で、俺は、敵を見据えた。




