現世の再開
蒸気魔導機関車は走り続ける。
眼前、相対する俺と霧雨は決意を剥き出し拮抗させる。
「…………」
「…………」
両者、向かい合い――
「ライゼリュートッ!!」
「アルスハリヤアッ!!」
同時、頼みの綱を惹いた。
下方から、大音響がぶち撒けられる。
弐号車の下部に開いた画から猛烈な勢いで迫り上がった施無畏印、四両編成の機関車は折れ曲がりながら大空へ打ち上げられる。
四方八方へ、水飛沫を撒き散らされる。
鳴った汽笛、蒸気が噴き上がる。
壱号車の機関室にしがみついた俺の前で、足首から先を画へ沈ませ全身を固定した霧雨は煙草を咥えたまま――右手を振り下ろす。
音、風、熱ッ!!
上空に開いた漏斗形の穴から降ってくる与願印。
10メートル超はありそうな巨大な印相を前にして、強制開眼を終えている俺は機関室を蹴り上げる。
「ヒーロッ!! なにを考えているかは知らないが、ヤツらは僕たちを殺す絶好の機会を一度は不意にしたッ!! だが、二度目はないぞ、わかってるなッ!?」
「わかってるから必死こいてんだよッ!!」
がなり立てるアルスハリヤの説法を無視し、両脚に魔力線を走らせた俺は導体を九鬼正宗へ叩き込む。
導体、接続――『操作:重力』、『変化:重力』。
発動、重力制御。
殺気。
駆け出した俺の行く先を塞ぐようにして、円柱状の画から霧雨が現出する。
「残念、こちらの領空は徳大寺管轄だぁ」
「誰が上へ逃げるって言ったよ」
一瞬、思考が遅れた霧雨の前で。
俺は、生成した光剣を蒸気ドームへと突き刺した。
「ダイエットは苦手でね」
ニヤリと、俺は笑う。
「軽くするのは、俺じゃねぇよ」
「なにを……」
夥しい数の魔力線が両腕へとかき集められる。
「デケェもんにはデケェもんをぶち当てるのがァッ!! 礼儀だろうがアァッ!!」
重力制御で軽くなった蒸気魔導機関車は、俺が突き刺した刃先を中心に振り回されて廻転し――
「各駅停車しまぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああすッ!!」
肆号車のケツが、降下する与願印へとぶち当てられる。
轟――音。
粉々に吹き飛んだ肆号車は、手のひらの形にへこんで削り取られ、真鍮、銅管、炭素鋼が宙空へとばら撒かれる。
「あんた」
必死で九鬼正宗にしがみついている俺へと霧雨は笑いかける。
「心底、芸術品だ」
「三条燈色主催、三条燈色展示の展覧会へようこそ」
笑い返した俺の上へと、穴、穴、穴……ぎゅうっと空間を雑巾みたいに絞って、蟻地獄を思わせる漏斗状の穴が開いた。
そのどれもから、数多の印相が降り注ぐ。
「だからこそ、ぼかぁ、貴方に敗北を認めましょう」
逆さまになった壱号車から参号車。
ひっくり返っている霧雨は、足の先を埋めたまま全身を固定させ、逆側の世界から上へと紫煙をくゆらせる。
「ぼくは、貴方の心を折ることが出来なかった……けれど、いや、だからこそ、ぼくは貴方の存在を認めることが出来なぃ……死んでくれ……死んでくれよ、三条燈色……ぼくの前からいなくなれ……垣間見える追憶ごと……」
彼女は、微笑を浮かべ煙草の先端を差し向ける。
「消えろ……」
空間を押し出しながら。
無限にも思える印相の数々は迫りくり――強制開眼――可能性と可能性の合間を潜り抜け、印と印の狭間を見抜いた俺は、突き刺さった九鬼正宗を起点として半回転し、腰後ろから伸ばした霧手で全身を固定する。
右と左。
パチンコの要領で、突き刺した右と左の霧手を使って自身を引き絞り――放つ。
反動により、前方へと吹っ飛ぶ。
降り注ぐ手印。
雲の切れ間から覗く黄金の払暁浴びながら、施無畏印、智拳印、与願印、来迎印、降魔印、法界定印、帝釈天印、転法輪印、阿弥陀定印、普賢菩薩、摩利支天、毘沙門天、九品往生、降三世明王……降りしきる。
右へ、左へ。
速度は保ったまま右、左と、霧手を突き刺しては方向を変える。
緋色。
疾走する蒸気魔導機関車の上を漂う緋色の線を追いかけ、ただひたすらに生存の一択を選び続ける。
一手でも誤れば即死。
そんな状況下で、俺は、選択、選択、選択……ッ!!
突き刺しては加速、突き刺しては回避、突き刺しては加速、突き刺しては回避……最悪の選択を捨てて、最善の選択を拾う。
迫る、迫る、迫る……ッ!!
追い縋る俺を凝視し、後方へ跳んだ霧雨は驚愕で顔を歪め――肉薄する。
「よぉ」
俺は笑う。
「お前、意外と綺麗な肌してんな」
霧雨は笑って――刹那――俺は抜き打ちを浴びせる。
刀剣の光が煌めく。
殺った。
俺は確信し――空振る。
「…………ッ!?」
折れている光剣を見つめ、俺は、霧手を使って朧車の上へと戻る。
半ばから折れた光剣を見下ろし思考する。
霧雨じゃない……ライゼリュート……いや、違う、アイツの手口ではない……だったら、現在のは……。
俺は、ゆっくりと顔を上げる。
穴。
その先に佇んでいる人影を見て、俺は、ゆっくりと口を開いた。
「俺に払暁叙事を介して過去を見せた三条家の人間……霧雨は払暁叙事を開いてはいない……ライゼリュートの権能を理解し、1000年にも及ぶ『悔悟』で現世へ縛り付け、払暁叙事としての特性を把握し『自然開眼』を遂げている……そして、この三条家に纏わる物語を知っている人間……」
俺は、微笑を浮かべる。
「俺の知る限り、その人物はひとりしかいない」
その視線の先で――
「陽……」
「式神さん」
藤原陽は、俺を見下ろしていた
「あいも変わらず……かくれんぼがお上手で」
彼女は、ただ、悲しげに笑った。




