真を穿ち、虚を突く
飛来する寝殿造り。
その家屋の中へと飛び込んだ俺は斜めっている床を駆け抜け、梁を避けながら外へと飛び出し天を埋める肉へと呼びかける。
「ヘイヘーイ、ピッチャービビってるぅ~!?」
投擲。
投擲、投擲、投擲ッ!!
次から次へと放られてくる建物、地面から引っこ抜かれた竪穴式住居が、一、二、三……ジャイロ回転で迫りくる。手の甲を地面に擦り付けながら、黒い肉塊は器用なアンダースローで左近陣座を投じる。
「全然、ピッチャービビってねぇッ!!」
「うろちょろしてるネズミにビビるわけないだろ」
ぐんっと、前傾姿勢で加速する。
蒼白の魔力を足裏から放射した俺は、壁面と壁面の間をすり抜け、半回転しながら壁を蹴って僅かな隙間へ身を滑り込ませる。
もう半回転してから右手、左手と着地、そのまま腹筋の力で上体を跳ね上げながら飛来してきた破片を跳ね除ける。
「で?」
縦横無尽。
平安京を跳ね回りながら逃げ惑う俺を眺め、逆さまの状態であぐらしているアルスハリヤは眉をひそめる。
「まさか、君のとっておきってのは、平安京を会場にして開催される雅でやんごとなきベースボール大会じゃあるまいね。ジャイロかかった上の句に逃げ惑いながら返す下の句なんて典雅とは程遠そうだが」
「じゃかましい! 試すにしても勇気がいるんだよ!」
「蛮勇は君の得意とするところだろ。やれ」
思い切り踏ん張って、ブレーキをかける。
地面に残る足の痕、スリップ音を響かせながら後ろ向きから前向きへ、振り返った俺は眼前へ迫る神宮を眺める。
轟音を立てながら神宮は迫り――弾け飛ぶ。
「…………」
天を覆っている肉。
ライゼリュートは俺へと神宮を投げつけた後、自身から生やした黄金の印相で自分が投げた神宮を破壊する。
「ライゼリュート……?」
困惑する屍の前で、俺はニヤリと笑う。
「おいおい、随分とお粗末な記憶力だな。人を呪わば穴二つ、空いた穴の場所が脳みそだったか? 俺の声は聞こえなくとも、ライゼリュートの声は聞こえてたんだろ? なら、コイツのお目当てが『俺』だってことくらいはわかる筈だが」
俺がそう言った直後、カバネも合点がいったのか舌打ちをする。
笑いながら、俺は両手を広げる。
「イッツ・ア・無敵タ~イム」
無敵と化した俺は、人差し指を使って魔人を招く。
「さぁ、どっからでもかかってき――」
ドゴォッン!!
真上から降ってきた手のひらが俺を叩き潰す。
「……………………」
地面に出来た手のひら形のくぼみに埋まった俺は、両手両足をピーンと広げたうつ伏せの状態で黙り込む。
「……………………」
「バカだろ。ライゼリュートは君を殺さなければ良いだけで、君が死なない程度に痛めつけることなんて造作もないぞ。バカだろ。そもそも、君は陽の式で記録の再現にしか過ぎないんだから現状において死という概念も存在しない。バカだろ」
「……………………」
むくっと、俺は起き上がる。
「俺を怒らせたな、ライゼリュートォッ!! だが、俺は人間の出来てる優しい男だからなァッ!! 今、謝れば許し――」
ドゴォッン!!
真上から降ってきた手のひらが俺を叩き潰す。
「……………………」
「謝った方が良いぞ」
「……………ごめんなさい」
許してもらえたのか、手のひらが退けられる。
「で?」
えーんと泣いている俺の横で、呆れ顔のアルスハリヤはささやく。
「君の持ってる策は、賢策か? 愚策か?」
「その質問、意味あるか?」
すっと、泣き顔を崩した俺はつぶやく。
「賢策だよ」
「兄様ッ!!」
俺が時間を稼いでいる間に。
俺からの伝言を受け取って、こちらへ向かってきていた陽は、祈るように両手を組んで兄を見上げる。
「陽様……」
「もう……もう、おやめください……これ以上はもう……ふたりで、京を出ましょう……そして、その御方を葬って差し上げなければ……櫻……櫻を一緒に見ると約束したではないですか……」
「…………」
ぽろぽろと、涙を零しながら。
袖でぐしぐしと顔をこすった陽は、求めるように俺へと立てた小指を向ける。
無言で。
微笑んだ俺は、彼女へと頷きを返した。
「兄様」
陽は笑った。
「お家へ帰りましょう」
道具としてではなく人間として。
「帰りましょう」
笑った。
ゆっくりと、ライゼリュートの動きが止まる。
力なく垂れ下がったカバネの手から七宝夜桜が落ちて、肉塊の表面をなぞるようにして地へと落ちる。
「おれは……おれは、もう逸しました……人間として逸脱したのだ……貴女のことも……この子の……光の代替品として視ていた……同じ……つまるところ、同じなんだ……貴女を道具として視ていた魔神、道長、その他の人間と同様……利用……利用していたのだ……」
自分の髪を掻きむしり、カバネは苦悩を示した。
「己を……己だけを救おうとしていた……心のどこかでは、光はもう死んでいる、取り戻すことは出来ないと思っていた……だから、楽な方へ楽な方へと流れた……赤の他人である貴女との家族ごっこに精を出し、光の代替とし、心の安寧を取り戻そうとした……家族のため家族のためと言いながら……己を……己のみを救うためだけに……星と夭を殺した……ッ!!」
側頭部の皮膚を指先で削ぎ取った彼は、自分の爪の間に満ちる悪を凝視し――陽は静かに問いかけた。
「それでも、何時か、櫻は咲くのでしょう?」
ふっと、カバネは顔を上げる。
色を帯びた眼差しで、彼は彼女を見つめる。
「何時か、きっと、櫻の蕾は膨らんで花開く……咲くのですよ、櫻は……春が……春がやって来る……人間は……人間は、貴方様が思うよりも、ずっと、ずーっと美しくなんてない……傲慢で、身勝手で、ずる賢くて、幾年月を賭しても争うことを止めはしない……人間を人間とも思わず道具として使う……でも、櫻は咲くのですよ……誰も彼もが悪に手を染め、誰も彼もが雑に人を殺し、誰も彼もが楽に己を愛したとしても……櫻は咲く……それで……それで良いではないですか……汚くても、醜くても、悪しみ合っていても……櫻は咲いて家族が集う……こんな陽たちにも、帰り着く場所が在る……」
一粒、また一粒。
紅に染まった夜天の下、地獄の大口の前で陽は涙を零した。
「帰りましょう……あにさま、帰りましょう……陽たちの家へ……何時か、あの櫻が芽吹く天の下へ……人間として、人間を遂げるために……」
泣きながら、異天の姫君は笑った。
「帰りましょう」
指が。
指が伸びる。
「おれは……おれは……この期に及んでも、おれは……」
なにもかもを失って、人間へ至った男は顔を歪めて唇を噛み締める。
「かえりたい……」
笑顔の陽は、彼へと手を差し伸ばし――
「ダメぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」
その胸の中心から、長刀の剣先が突き出た。
絶叫したレイの前で、こふっと血を吐いた陽は膝をつく。
「言ったろう」
返り血で真っ赤に染まった光栄は、ネズミみたいに目を細めてチューチューと笑った。
「昔から虚をつくのが得意だと」
引き抜かれ、赤黒い血で潤った刀身が大火を映した。




