下策、上策
刃と刃、硬質な音が響き渡る。
俺の振るった鉈と屍の振るった刀とが、宙空でかち合っては弾けて火花が散った。上段、中段、下段、ありとあらゆる方向から迫りくる斬撃を叩き落し、カバネは滑るようにして後退する。
横抱きにした遺骸を下ろし、カバネは腰後ろに刃を隠して構える。
「おいおい、たったの数合で御役御免かよ。業物ってのは羨ましい限りだね」
俺は、刃が欠けたナタを見遣る。
下方より昇った悲鳴と劫火は、昼を呼びながら夜を燃やしていた。
下から上へ、完成しているグラデーション……赤、紫、青、黒、世界を下半分と上半分に分けた時、その入り混じる中間には魔人が空けた『画』が大口を開いている。
その漏斗を中心として、俺と屍は相対する。
「手も口も出せない予定ではあったんだけどな」
俺は、鉈の腹でぽんぽんと肩を叩く。
「人生において、予定外ってのは予定内だ」
「…………」
俺を見ているようで見ていない。
ぼんやりと『俺』ではなく『鉈』を捉えているカバネには、俺の姿が視えているわけではないのだろう。払暁叙事を持たない彼の目には、実体を持たない陽の式神がひとりでに音を発し鉈を振るっているように視えている筈だ。
実際、この平安の世に実在しているわけではない俺は、ありとあらゆる絶望を煮詰めた現状へと干渉することは出来ない。飽くまでも、現在、過去、未来の情報が保存されている三界三世の魔眼……払暁叙事から陽が『三条燈色』の個人情報を抽出し、阿尾舎法を使い再現している事象に過ぎないからだ。
要は、俺は、自身で行動しているようで行動していない。
そして、この『三条燈色の再現』が行われているということは、陽は払暁叙事の強制開眼を続けているということを示している。
――十五秒。恐らく、数分の暇を頂ければ再度開くことも出来まする
俺の顕現から、優に五分は経過している。
陽の身になにかあったとしか考えられない……だとすれば、俺は、ココで何時までもカバネを相手取っているわけにもいかない。
「カバネ、聞け」
俺は、彼へと目を向ける。
「俺はお前の選択に干渉する気はない……いや、干渉することは出来ない。泣こうが喚こうが、俺はこの世に干渉することは出来ない。ライゼリュートを使って、俺をこの平安へ送ったクソッタレの思惑もなんとなく把握した。俺もお前も、この平安という世において、誰も救うことは出来ないだろう。その上で。その上で、俺はお前を理解する。陽の式として、干渉者ではなく観測者として、三条屍という存在とその行動を観測したことによってわかったことはある」
目と目が合って――俺は口を開いた。
「俺たちは、まだ間に合うよ」
「なにを言っているのかはわからぬが、なにを言わんとしているのかはわかる」
カバネは笑う。
「善を説いて全を救えとのたまうのだろう?」
風が吹く。
この世への干渉権を得た俺の前髪が揺れる。
生者と屍者の端境にて、隔たりが呼吸する。
「今更、説法など要するかよ。おれはおれを生きる。よもや、道具などまっぴらだ。光を……無垢な幼子を甚振り利用し虐げた現世のどこに救う価値がある? どこに救う人間がいる? どこに救う意味があるというか? おれに救えとのたまうなら、まずはおまえがおれを救ってみたらどうだ?」
少女の遺骸を前に。
心と刃を隠したカバネは、泣きそうな顔で口角を上げる。
「よもや、逸した。逸したのだよ。おれは、光や陽のように『全』を救う人間で在りたいと願った。その願いを踏み躙ったのは『全』だ。この世の全てが悪い。肉には悪が宿る。呪だよ。呪法は生得だ。誰も彼もが誰も彼もを呪いながら生き続ける他ない。堕ちるところまで生きて、たったひとつの『壱』のために『全』を穢そう。それを世と人が『悪』と呼ぶのならば、俺は喜んで悪へ堕ちよう」
きらめく。
世界に空いた大穴の中央で、七宝夜桜は咲かなかった櫻の花弁を広げる。
「おれは、陽を救う」
「全も壱も救えるとは思わないか」
「笑止」
悪は言った。
「全に救う価値などない」
瞬間――足元から生え伸びた黄金の多面多臂、膨大な量の刀剣と羂索が溢れ出し、印、印、印……忽然と出現するは九品来迎印、上品上生、上品中生、上品下生、中品上生、中品中生、中品下生、下品上生、下品中世、下品下生、黒い肉塊が割れて後光が世界を照らした。
追い縋る御仏の印相。
肉塊の上を滑り落ちる俺はナタを振るいながら印相を引き裂いて、こちらへ向かってきた紙ぺらの鳥群へと捕まり空を舞った。
「陽の式か!! 陽は、現在、どうなってる!?」
鳥を模した式は、俺の問いに答えることはなかった。
返事はなかったが、俺は、その式へと伝言を託し手放した。
急降下した俺は地上へと着地すると同時に転がり、降ってきた巨大な印相を躱してからナタを振るって黒い腕を切り払った。
「アルスハリヤッ!!」
「あぁ、あぁ、そうがなり立てなくても、モーニングコールは頼んじゃいないさ。君になにを言っても無駄だろうが、幾度も口にしようか、君がなにをしたところで結果は変わらない。足繁く、映画館に通ったところでエンディングがすげ変わるわけもない」
斬る。
斬る、斬る、斬る。
危地へ飛び込んでいった俺は、巻き込まれそうになった幼子を救い、安全地へと下ろしてから降ってきた巨腕を躱した。
「ヒーロくん、眼を見たか、極意書は死んだが払暁叙事は開いたままだった。『最愛の兄との再会』という強烈な感情による惹起……恐らく、死後硬直のようなものだろう。しかし、何時、閉じてもおかしくない。急げよ」
「…………」
「悔いるなよ、どう足掻いたところで、藤原陽による極意書の救出は間に合わなかった。あの衰弱具合では、まともに動かせないと判断した君らは正しい。むしろ、予想だにしない兄妹の再会を果たせただけでも儲けものだ……結果はどうあれ、ね」
アルスハリヤの持論に反論しようとした俺目掛け、掌が振り払われ、仰け反って避ける。
「アルスハリヤ、まずはライゼリュートをどうにかするぞッ!! あのカス魔人の顔面にぶぶ漬けを叩きつけるッ!!」
「陽とかいう童は良いのか」
「俺は、二兎を追って三兎をも得るタイプの上手でね」
「わかった、わかったよ、君は君で僕は僕……パートナー同士の相互理解はとても大切だからね。で、君のことなのだから策はあるのだろう?」
「あぁ、とっておきのがな! 名付けて、コードネーム『出たとこ勝負』!!」
「やれやれ、行き当たりばったりもココまで来れば上等だ」
呆れたアルスハリヤは肩を竦め、俺は、ライゼリュートへと突っ込んでいった。




