補足
純文学っぽい小説を読んだとき「何が面白かったのかよくわからない」と思う方への本人解説的な文章です。
読むかどうかはお任せします。
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普段こういう補足があるときは活動報告などに書くのですが、文庫本の解説や後書きのように作品内に付け足してみようと思いました。
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私は「読書家」を自認しておらず、世間で褒めそやされている一般書籍を読んでもぴんとこないことも多い人です。
読書遍歴が話題にのぼったときにたまに言うのですが、父が星新一の全作品を持っていて
(たまに間違えて2冊買ってしまっているものもあり、大人はとんでもないことをすると子ども心に思った私ですが、大人になってからAmazonのカートに何度も同じ本を入れ、気づかずに買うというミラクルをやらかしてからは「私は父を超えた」と思うようになりました。ちなみに翻訳ファンタジー小説の50巻あたりと戦記漫画の10巻めあたりだったので、引き取り手がなかったです。誰かに差し上げてもただただドギツイ布教になりますから)
母が三浦綾子・遠藤周作を揃えていたので、童話や青い鳥文庫(大草原の小さな家シリーズ)・岩波文庫(ナルニア物語)を読み終わった頃に読み始めたのがその辺でした。
その後母が氷室冴子を買ってきて、少女小説やラノベを読むようになり、「絵がついてる方が良いのでは?」ともっぱらそちらを読むようになりました。
新潮文庫などを手にしたのは、たまたま読んだ少女小説家が日本ファンタジーノベル大賞出身で、他にどんな小説があるのだろう、と「後宮小説」を読んでみたときくらいかなと思います(大変面白かったです)。
十代の読書といえばそんな感じでしたが、
高校の図書室でやけにビブリオバトル仕掛けてくるタイプの後輩に遭遇してイライラし、有栖川有栖をはじめとした新本格派?のミステリーはあらかた読みました。しかし後輩が心酔しきっていた京極夏彦はいまだに一冊も読んだことがありません。文庫本の厚さが話題にのぼるたび、私は読んだことないのが人に知られないようにいつもそっと横を向いて話に加わらないようにしています。
後輩は一般書籍を乱読し、図書室の購入雑誌に「ダ・ヴィンチ」を加えさせるような本読み的「意識の高い」タイプでした。
一方で、図書室には先輩もいまして、私が勧められて読んだのは「漫画家マリナ」と「炎の蜃気楼」です。
漫画家マリナはすでに一昔前になっている頃でしたが、ミラージュはバリバリの現役でした。
私は「ミラージュに書かれていた松本城を見たい」という理由で当地の国立大A判定で受験に行きましたが、「松本城が木造二階建てのミニチュアにしか見えなかった」という理由で試験をサボって帰ってきた実績があります(後期入試で別の国立大に受かりました)。
いえ、コアなファンではないです。
話が逸れまくりましたが、そんなわけで私は読書家を名乗るほど本を読んできたつもりはなく、一般書籍や純文学に強いつもりもまったくありません。
(注:しかし私は「本を読まないんだよね!」と高らかに言うクリエイターは、「読んだことを誇って自慢げに話す」ひとよりなお信用ならんと思っています。見たり読んだりの蓄積のない中から創作するスタイルを魅力的とは思わない)
なんなら著名な作家の短編集を読んでも面白さがさっぱりわからず、どこにオチがあったのかもわからないまま「これそのまま写してどっかの新人賞に投稿しても一次通らないんじゃない?」などと思うこともあります。思うだけで実際にはしませんんん。
そもそも私の母は娘の話をよく聞いてくれる人だったと思うのですが「オチは?」とだいたい聞かれていました。
小学一年生頃にはもうよくわかっていたので、若干創作でもオチを考えてから「今日学校であったこと」を話すようになっていました。若干どころか大部分創作でも母には「オチ」があることが重要だったので、まあまあ満足げに話を聞いてくれました。
「女の話にはオチがない」
という話を見聞きするたびに、「オチを求められないまま成長する人生もあるのか」と思ったものです。
夫にその話をすると「英才教育だ」と言われますが、割と肯定的に受け止めているようなので、私は自分の子どもにも「話す前にもう少し筋を組み立てるように」「オチを用意するように」と言っています。小学生くらいになったら「今日学校でお化けを見た」という話をするときも、プロットを組んでオチをつけてから話すようになっているかもしれません。
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さて、そんなわけでようやく自作解説です。
「うつくしい本だと思っていた」は他サイトで公開したところ、初速ジャンル3位でしたが、純文学風(本人イメージ)で書いているので、「どこが面白いのかわからん」と思う方もいると思います。
私が思うに、これはこの「子どもがいない様子の、読書好き夫婦の短い会話」を楽しむというのがひとつ。楽しかったですか? 正直微妙ですか?
では「『エアコンをエアーコンディショナーと言うと村上春樹っぽい』みたいな感覚で、吉本ばななや江國香織っぽいことを言う」という奥さんの言動にクスッとすれば良いかも? あれ、まだ微妙ですか。そうかも。
ちなみに書いた私が言いたいのはただ一つ、「尾崎翠の破壊力」ですね!
だいたい、「気だるげな(いい女風)女性作家」とか、少女小説読みなら実物読んだことなくても必ず名前は目にしたことがある吉屋信子とか、雨の朝のしめやかな空気の中にいろんなイメージを喚起させるワードがある中で、
「実家を離れ、三人の青年と暮らす少女の物語を吉屋信子に匹敵する女性作家が描く」「うつくしい料理写真に詩のような言葉を添えるインスタグラマー推薦」
尾崎翠「第七官界彷徨」
なんて言われたら、どんな素敵な小説かと思いますよね。絶対思いますよ。
それがまさか、
青年のひとりは部屋で土鍋で人糞を煮ているとか、
ヒロインが落ち込んでると膝にのせて接吻してくれる青年もいるけど、その背景にはずっと肥やしの匂いが漂っているとか、
煮詰めた肥やしで発情した苔の恋愛は順調で部屋が花粉でむせかえるようだ! 熱い肥やしと冷たい肥やしをちゃんぽんで与えたらどうなるだろう? 大根はやめて恋愛期に入った苔の鉢を部屋に並べよう。苔の花粉でむせっぽいばかりの恋愛部屋だ! と語っている青年いるとか、
ヒロインはといえば、
「そんな話は聞きたいとは思っていないの。苔の発情に関してはこっそり部屋に忍びこんで勝手に論文読んでるから十分よ!」
って思っているけどその背後にはやっぱりずっと肥やしの匂いが漂っているとか。
料理描写? 「肥やしで育てた大根をおしたしにしてくれ」と言われたヒロインが「まだ一方が肥やしに浸かっているんだけど、どこでどう洗ってからどう料理にしようかな〜ん〜(目逸らし)」という描写等ありました。
想像を絶しました。
奇書だ。
翠ちゃんのセンス、キレッキレすぎる。
という感動が私の書きたかったことなんですが、読んだ方からは「純文学っぽかった」とか「夫婦の会話が良いです」という感想を頂けたので小説を書くのって楽しいなと思いました。
(本文中敬称略・一部フィクション)




